胸のしこりは意外と古くからある病気、治療法は確定されてないがまあなんとかしよう

 さて、トイレを汲み取り式のボットンからおがくずを使ったバイオトイレに切り替えたおかげで便所のにおいも大分ましになった。

まあ、腐葉土のようなにおいはするが今までよりは断然マシだ。

糞尿の中にうごめく白い蛆虫も見なくなったしな。


 工房で作って売り出してる各種の化粧水や洗髪による髪の手入れ業も遊女たちになかなかの評判だし、劇場で行ってる脱衣劇もなんだかんだでそれなりに金や宣伝になってる。

劇場が開いているときは旅芸人に貸して使用料をとったりもしてるけどな。


「まあ、今のところなかなか順調なんじゃないか、うん」


 遊郭の中を見回りながらそんなことを考えていたら、声をかけられた。


「若旦那、ちょっと時間を取っていただきたいのでありんすが

 ようござんすか?」


「おう、桜か、どうした?」


 桜はうちにいる遊女の仲でも結構古株の格子太夫。

藤乃ほどじゃないが人気は高い。

だがなんか深刻そうだな。


「ここでは話しづらいんで、わっちの部屋に行きやしょう」


「お、おう、わかったぜ」


 俺は桜の個室へ一緒に向かった。

そして、部屋に入ってから桜が言った。


「わっちの胸に岩(いわ)ができたのでありんす」


「なんだって?それは本当か」


「嘘を言っても意味などありんせんわ」


「そりゃ、そうだな、岩か」


「若旦那の知恵でなんとかなりんせんでしょうか?」


「いや、俺は医者でも神でもないんだが……

 まあ、考えてみよう」


 この時代乳房にできる、かたいしこりは岩(いわ)と呼ばれている、これが後に岩(がん)になって癌(がん)と呼ばれるようになったらしい。

乳がんだけでなく、乳房にしこりができる病気や症状は色々在るので、悪性腫瘍のガンだと限ったわけではないがな。

しかし、ガン自体は太古の昔からあり、古代エジプトのミイラにもガンらしい腫瘍が有ったり、古代ギリシャでは、乳癌の除去手術が行われていたらしい。


 しかし、医聖ヒポクラテスの「格言録」には、「癌に陥っている患者の場合は、いかなる治療も施さないほうが良い。手を加えれば患者はすぐに死んでしまうが、手を加えなければ長期にわたって持ちこたえるからである」と記されているらしいので、結局有効とされる治療手段はなかったようだ。


 日本の有名な歴史上の人物でもガンで死んだと考えられている人物は多く古くは平重盛がそうであると考えられ、毛利元就、武田信玄、上杉謙信、丹波長秀、徳川家康、伊達政宗、徳川家光、徳川光圀などはガンで死んだと考えられている。


 そして江戸時代にはレントゲンもないし、胃カメラも内視鏡もない。

体の内側にできるガンの腫瘍を発見するのは不可能に近く、最終的には死を待つしかなかっただろう。

男性の場合は塩のとりすぎとストレスでの胃がんや食道がんが多かったようだ。


 乳がんは例外的で乳房は外から触ってしこりを確認できる。

だから、“乳の岩”はそれこそ古代の人たちも簡単に発見することができたようだ。

だが、ガンの初期には明確な症状はなく“岩ができると何年かして死に至る”ということは漠然とわかっていても、どうすればよいかというのはわかっていなかった。


「桜、お前さんしょっぱいもんが好きか?」


「え、ああ、そうでありんすな」


 塩は塩化ナトリウムで取りすぎると、塩素が体の中で悪さをすると考えられている。

胃がんの原因になったりするのはこのためじゃないかね。

乳がんには関係ないかもしれないが。


「まあ、やってみよう。

 まずお前さんのくいもんから塩は減らすな」


「ふわっ?!」


「岩の原因の一つは塩の可能性が高いんでな」


「分かったでありんす」


 そしてもう一つは白粉に使っていた鉛に発がん性があるということだが、まあこれはキカラスウリの粉に替えたんで大丈夫だろう。


 癌の原因には穀物の食べ過ぎによる乳酸などによる血液のアシドーシスが関係して中和には重曹がいいらしいが、日本には天然重曹になる鉱石がない。

秩父の重曹泉からアルカリ性の温泉水を運ばせるか?

まあ、重曹がいいというのも、医学的根拠が示されているわけでもないが。


 まあ、とりあえず先にやるべきは腸内環境の改善だな。

本来ならリンゴや西洋人参、バナナなどが腸内の善玉菌を増やして、免疫を上げるのにいいらしいが、今の時代現代のような人参やリンゴ、バナナはない。

アガリスクやレイシに含まれるβ-D-グルカンなどの多糖類が癌にきくとされるのも同じ理由だな。

ま、それならしめじでもいいのだが季節的に手に入れるのは難しい。


 とすると水溶性食物繊維の多い、アルカリ性の食べ物だな。

ひじき、ワカメ、もずく、めかぶ、こんにゃくといったところか。

まあ、ところてんでもいいな。


「よし今日から、海藻とこんにゃくを毎日食うことにするぞ。

 そうすれば多分良くなるんじゃないかな?」


「そうなんでありんすか?」


「たぶん、だけどな」


 献立にこんにゃくの田楽味噌、刺身こんにゃくの酢味噌、もずくの三杯酢、ところてんなどをくわえるとしようか、整腸作用もあるし。


「後は悪い血を、出すようにしよう」


「悪い血でありんすか?」


 俺は陶器の湯呑みを10個ほど用意して桜に言った。


「上半身諸肌脱いで、うつ伏せで背中をだして床にねてくれ」


「あい、わかりんしたが……」


「心配すんな、そんな変なことはしない」


「わかりんした」


 俺がやろうとしてるのは吸玉とかカッピングと呼ばれている療法。

針や灸に比べるとマイナーだが、なかなか効果のある中国の整体治療法の一つだ。


 陶器やガラスのカップの中を火で燃やして真空状にし、それを背中の背骨沿いの筋にたくさん貼り付ける。

そのカップ内の気圧をさげることで、身体の中の老廃物を皮膚の表に吐き出すというものだ。

5~10分ほど置くと、吸い上げられた部分が赤くなったり黒くなったりする。


「うお、真っ黒だな、血行が結構悪くなってんぞお前」


「そうでありんしたか、そう言われてみれば

 何や体がかるうなったようがしますわ」


 血液の循環が滞ると、その部分の細胞組織は酸欠・栄養不足となって、二酸化炭素をはじめとする不要な悪いガスや老廃物が充満していく。

また、滞った血液の中には、さまざまな異物や有害物がひそんでいることが多く観察され、この汚れた体内環境が、病気の温床となることもある。


 カップを経穴(ツボ)に吸いつけると、押すのではなくすいあげることでのマッサージ効果や、皮膚などをゆるめて血流を巡らし、体内の二酸化炭素や有害なガスをカップの中に物理的に吸い取ってしまい、毛細血管を拡げ、滞った血液や老廃物を流れやすくする。


 その結果として、新鮮な酸素と栄養素をもった血液の循環を促し細胞組織に活力をよみがえらせることができるわけだ。


「ついでに悪い血を流してやるか」


 俺は足裏からふくらはぎ、太ももや尻のリンパ流しをしてやる。

まずは足裏でつま先からかかとへ、親指でリンパを流していきながら、土踏まずを強く押す。

ふくらはぎはくるぶしの下くぼみを押してから、ふくらはぎへ押し上げるようにリンパを流す。

さらにすねの骨に沿って下から上へリンパを流し、ふくらはぎから膝関節あたりへリンパを流す。

膝の裏のくぼみをグリグリと押し込めばリンパ管から血管へ老廃物が流れ込む。

太ももの内側、外側を両手で挟むように圧迫する


「ぎぃーやぁーイタタタ、痛い、痛いでやんすよそれ」


「おう、大分こってるし悪いもんが詰まってるな」


 膝の裏から詰まってるリンパを血管に流し込む。

太ももの脇やら腰の脇、腕から脇の下、耳から首への鎖骨などもリンパ流しをしてやる。

これで溜まってた疲労物質もぬけるんじゃないか。


「おお、なんや、足や腕がほそうなった

 きがしやす」


「おお、むくみが取れたからな」


「若旦那、ほんにありがとうでやんすよ」


「まあ、もう少しで年季も開けるし、頑張ってくれよ

 背中の様子や岩の様子を見て、後何回かやろうか」


「あいありがとうござんす」


 さて翌日、吸玉を施し、リンパ流しもした桜はとてもツヤツヤな顔になっていた。

悲壮感にあふれていた昨日とはだいぶ違うな。


 そしてこれまたそれを見た藤乃たちに俺が詰め寄られたのは言うまでもない。


「戒斗様?桜と同じことをわっちもしていただくでありんすよ」


「ああ、分かった分かった、藤乃たちにもやってやるからそう怒るな」


「ほんにかえ?」


「ああ、本当だ」


 結局俺は髪の手入れのときと同じく、現役で働いてる連中に吸玉とリンパ流しもした。


「なんや、脚や腕はほっそりしたし、肩や首のコリもとれんしたな。

 それにますます顔が若返ったような気がしやんすなぁ」


 藤乃がしみじみという。


「ああ、それはよかったな」


「戒斗坊ちゃん?

 わっちは太夫でありんすえ?

 美容に人一倍気を使うのは当然でありんすよ」


「お、おうわかってるって」


 いや、それはわかるが全員分やるのは大変なんだが。

やっぱり、今度禿にでもやり方を教えるか。

それともいっその事、あんま屋でも開くか?

それはそれで儲けになると思うしな。

そんなことを考えていたら母さんがやってきた。


「ちょいと戒斗、私にもやってくれないのかい?」


「へ、何を?」


「楓や藤乃にしたことだよ」


「はいはい、ではやらせていただきます」


 そんな感じで母さんや三十路の遣り手やらまだ客を取ってない新造や禿やらまでが押し寄せてきた。


「戒斗様、わっちもきれいになりたいでありんすよ」


「桃香よ、お前は多分若いから大丈夫だと思うぞ」


「だ、ダメでありんすか」


 涙目で目をうるませる桃香。


「あー、もうわかったわかった、

 みんなやってやるぜ」


 うちにいる女に吸玉やマッサージをやり終わる頃には俺が腕がつりそうになって死にそうになっていたのは言うまでもない。

ちなみに禿たち若い娘には吸玉はほとんど意味がなかったぜ。


 とりあえず、これも下女やあまり客が取れてないやつにもやり方は覚えてもらうことにしようかね。


 それよりも桜の岩が消えるといいな。

色々やったし”大丈夫”という安心感も有って多分消えると思うけどな。

病は気からって言うしな。

しかし、胸のしこりを何とかするはずなのになぜ美容エステのようになったのか?

女の美容にかける執念は恐ろしいもんだ全く。

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