便所を改良しようか、汲み取り式は臭いしな
さて、この時代の便所は水洗式ではなく当然汲み取り式だ。
辰の刻(おおよそ午前8時)ぐらいになると、便所の糞便を肥取りが買い求めていく時間で、野菜果物が入ったたらいを担いできてはその野菜果物を置いていき、肥を汲み取っては肥の入った肥桶を担いで肥え取りがせわしなく動く時間だ。
桶は棒で担いだり、大八車に乗せたり、牛馬で運ぶ場合もある。
江戸周辺の農家は、下肥として肥料に使うために、江戸の街へ来て、時には現金と、時には野菜果物などと交換して便所の便壺へ汲み取りに来るわけさ。
下肥買いが来ると周囲はめちゃくちゃ臭くなり、そのため、この時間は吉原は糞尿の匂いで包まれ、店では香を炊いたりして匂いをごまかす。
若い衆と呼ばれる男達が店内を忙しく走り回り、掃除をする時間でもある。
太夫が大門まで見送る際に茶や粥などをすすってくると、帰りにはこの時間になって寝るときには糞尿の匂いに悩まされることも在る。
江戸の庶民の賃貸住宅である長屋は、住んでいる住人である店子〈たなこ〉の排泄物は大家に所有権があるため、排泄物の引き取り代金はすべて大家のものになるんだがな。
うちの建物でも当然同じで、肥の引取代金は俺がまとめてもらうわけだ。
その金額はなかなかのもので肥桶一杯で大根50本とかだな。
ちなみに、排泄物にもランクがあったそうで、食生活が上等な金持ちの大名や大商人、うちみたいな大見世の便所のものは、貧乏長屋のものより値段が高い。
まあ、いいものを食べていればそれだけ肥としても効果が高いんだろう。
それから、この時代になると、ケツ拭きに紙を使うようになる。
浅草紙と呼ばれる再生紙で墨などがついた古紙を水に浸して叩き漉いたものだ。
無論、浅草紙は、紙としては粗悪品で、文などを書くには使えないが、比較的値段も安く、落とし紙要するにトイレットペーパーとして重宝した。
ちなみに、普通の長屋などでは紙は備え付けではないので便所にいくときに個人で浅草紙を持参しないといけないが。
まあ、安いといっても1枚1文(約20円ほど)したんだがな。
とはいえ、これは江戸のような人口の多い都市部に限ったことで農村部ではワラや葉っぱ、木のかわのクソベラなどを使っていたが。
全国的に紙を使用するようになるのは明治時代以降だ。
長屋のトイレは男女共用ので外の通路に有った。
10世帯ほどが暮らす長屋でも便所は2つが普通で、ドアは上半分開いているから上から覗き見るのは簡単だった。
なんで、便所が家のなかにある家と言うのは憧れだったんだ。
ちなみに家のなかに便所が在るのは、武家屋敷や商家、うちのような大見世など、ごく一部の金持ちだけだ。
「しかし、汲み取り式のこの臭さはきついよな」
現代人だと特にきつい。
「確か水洗じゃなくても臭くない、バイオトイレとか
コンポストトイレと言われる便所があったよな」
バイオトイレというのは生ゴミを堆肥化するコンポスターと同じように、糞便を落とす便槽の中にオガクズなどを詰め込んであり、排泄された糞尿を、オガクズなどとともに攪拌して好気性微生物を活発化させ、分解・堆肥化させるものだ。
この時代では全て手動でやるしか無いが、大便などの有機物をオガクズの中に住み込んでいる好気性のバクテリアが分解発酵することで、臭いが少ない堆肥を生成する事ができる。
好気性微生物は酸素が必要なので、便槽内のおがくずなどの撹拌が必要ではあるが水洗式でないために、水を必要とせず、設置も比較的簡単で撹拌を手回し・足漕ぎ等の人力で賄い、加熱も行なわずに自然の状態で分解・堆肥化を図る事はできる。
「と言うか樋箱(ひばこ)におがくず敷き詰めたほうが早い気もするなこれ」
樋箱と言うのは漆器製のおまるのようなもので、将軍家や貴族などではこの江戸時代でも使われており、樋箱は下部が引き出しになっており、排泄物が溜まったらそれを捨てる方式になっている。
「とすると、洋式便座みたいに座ってできるようにして、
下におがくずを入れる箱を入れておけばいいのか?」
とりあえず大工と相談して、便所の個室は新たに4つ作り、洋式っぽい便座のしたに引き出せる大きめの四角い箱を入れて、そこにおがくずを敷き詰め、基本それは一日1回新しいものへ交換し、もとの汲み取り式便槽の方にし尿を全て汲み取ってから足こぎで撹拌できる装置を追加させて、そこへ大小便をした後のおがくずを入れて、好気性微生物による発酵を進めさせるようにする。
基本小便部屋と大便部屋もわける。
撹拌そのものは、下男などに適当に時間をおいてやらせればいいだろう。
おがくずは今現在吉原も建設ラッシュなので、大工に声をかけてもらえばいいだろう。
彼らにとってもおがくずはそのままだとごみだからな。
こうすれば大便や小便の匂いは最低限に抑えられるし、発酵させた物は堆肥としても優れものなはずだ。
実際に導入してみたが結構評判いいぞ。
「これはなかなか良うござんすな」
「だろ」
「着物の裾の汚れもつかへんようになりましたし
臭くもほとんどなくなりましたしええことでありんす」
樋箱を見習ってきぬかけ、要するに着物の後ろ側の裾を引っ掛けられる取っ手のようなものをつけたから、座ったときに裾が床について困ることもなくなるだろう。
男も座ってするのが普通だから床に飛び散ることもなかろうな。
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