工房を作って化粧水を作ろうと思ったら問題発生、髪の毛を石鹸で洗っちゃダメだろ

 さて、とりあえず白粉はキカラスウリの粉のものに置き換えるということで落ち着いた。

白粉代が高くなる分を見世が持つ金を埋めるために、石鹸を数多く作ってうちの見世に在籍している遊女以外の遊女や商店などに売るため、専用の工房を作るために土地を新しく取得した。


 これで俺の持ってる土地と建物は置屋(遊女などが普段寝泊まりしたり待機したりする遊郭の本店)揚屋(1階が宴会場の付いた遊郭の別邸)劇場、工房の4つになったな。

置屋や揚屋での風呂のサービスはあくまでも私的なものとしてる。

本当は湯屋も持ちそっちでサービスしたいが、まだちょっと厳しいか。


「まあそれより、スキンケア用の化粧水をなんとかするのが先か」


 睡眠時間の確保や食材に関する質の向上、白粉の種類に関しての変更などでうちの遊女の肌はきれいになってると思う。


 だが、鉛白粉などに比べて光沢で負ける植物性の白粉を使うようになったし、保湿や美白、白粉のノリを良くするために化粧水があるに越したことはない。

江戸時代に使われていた化粧水はヘチマ水が有名だな。


 それ以外では蒸留器を使った草花の精油(アロマオイル)も使われている。

らんびきと呼ばれる手軽な大きさの蒸留器が日本に入ってきたのもつい最近のことだが、精油をつけると肌の保湿にくわえ良い香りもするから香水代わりにもなる。


 話を戻すと、へちま水は秋にヘチマの実が完熟したころ、ヘチマの蔓を切り、根側の切り口を容器に差し込んでおくとたまる液体。

化粧水として用いるほか、民間薬としては飲み薬や塗り薬としても用いられる。

へちま水は、単純に、へちまの根や茎を切った切り口からにじみ出てくる水を採取し、そのままつけたり、他のものと配合したりする。

現代だとグリセリンなどを混ぜたりするようだな。


 へちまの根っこの汁には、紫外線などのダメージから肌を守る「ブリオール酸」が多く、葉や茎の汁には肌のキメを整える「サポニン」が豊富に含まれている。

場所によって成分が異なるため、用途に合わせてそれぞれ利用されたらしい。


 その他にもヘチマで有名なのはヘチマタワシがあるな、晩秋に茶色くなった果実を、水にさらして軟部組織を腐敗させて除き、固い繊維だけにして、タワシを作るんだ。

硬すぎず柔らかすぎずで結構肌を洗うのにはいいんだぜ。


 ヘチマは室町時代ぐらいに日本に伝わったらしいが、いまの江戸時代の有名な産地は三河だな。

木綿とかも大陸から伝わって三河から広まったりしたんだが気候的にむいてるのかね。


 しかし今は春だからな、とりあえず種を入手して、庭先に植え秋に収穫するにしても、まだ半年ほど時間がかかる。


「とりあえずつてを頼ってヘチマの種は手に入れておくかね」


 小間物店の店主あたりに頼めば手に入るだろう。


「とりあえずはその間に使う化粧水だが……」


 その他に化粧水として使われる植物はいくつかある。

トウキはセリ科の植物の根を乾燥させて煎じたもの

シャクヤクの根も使え、これ等には血行を促進する作用がある。


美白目的であればハトムギの種皮をむいた種子であるヨクイニン、桑の木の根のソウハクヒやユキノシタの葉なども使われ、特にユキノシタには紫外線で傷ついた細胞の修復作用もあるらしい。


「常緑の草でもあるしユキノシタの葉っぱで化粧水を作るか」


 方法は簡単、蒸留酒である焼酎と煮沸消毒した水とユキノシタの葉っぱをこれまた煮沸消毒した瓶に入れて、蓋をして一晩寝かせる。

他の材料でも同じように作れるぜ。

アルコールによってエキスが十分染み出たら、また煮沸消毒した水でエキスを薄め化粧水として使う。


「本当は抽出に一月くらい時間をかけた方がいいらしいが

 とりあえずは一晩でもそれなりに出てるみたいだしいいか」


 この時代の化粧品は京都や大阪などの上方で一括して作られていて、江戸で作られているものは殆ど無い。

なんせ江戸はちょっと前までなんにもなかった田舎だからな。

だから化粧水が欲しければ自分で作ったほうが早いんだ。


 翌日、ユキノシタエキスを使った化粧水を配ろうと広間に降りていった。


「おはようござんす、戒斗様」


「おお、楓、おはよう、って今日は髪洗いの日だったか」


 広間で楓がたらいにお湯をためて髪の毛を洗っている。


 現在では、入浴や洗髪は基本毎日行う事が多いだろう。

頭をシャンプーやコンディショナーで毎日、下手すれば朝夜洗髪する女性も少なくないようだな。


 しかし、この髪を洗うという習慣は昔はあまりなかった。

というか毎日シャンプーする習慣は、1980年くらいからの話でそのまえはそんなに髪の毛を洗ったりしなかった。


 日本でシャンプーが登場したのは1910年ごろ、これは当時ほぼ普及せずに終わる。

1930年代資生堂、ライオン、花王がシャンプーを発売して、多少売れるが一般的に普及するまではいたらず、その後30年近くたった1960年代からようやく少しずつ普及していった。

その時の洗髪頻度が、週に1回くらいくらいだ。


 そもそも、洗髪の習慣自体が昔はなかったという話もある。

平安時代は、米のとぎ汁、あるいは糠を湯に溶いたもので髪全体を濡らし、櫛でとかし、その後小豆粉を炒ったものを髪全体につけ、櫛でとかしただけで、水などで髪を洗うのは1年に1回程度だったらしい。

これは戦国時代ぐらいまで変わらなかったらしいな。


 それが江戸時代になると、月1~2回洗髪するようになる。

主に家の縁側、勝手の土間、井戸端など水が飛び散っても大丈夫な所で洗っていたようだ。

なんでそんなに回数が少ないかというと。


 江戸では特に水質の良い水が超貴重だった。

 ドライヤーがない時代、長い髪を乾かすにはものすごく時間がかかる


などの理由だ。


特にこの時代は髪をほどけば床につくという長さだからな。


 ちなみに湯屋では洗髪禁止、髪を洗うには大量の水が必要だし、このころの髪の毛は油でまとめているので洗うためのお湯は油まみれになるからな。


 そして問題なのが


「で、お前さん、髪を洗うのになんで石鹸使ってんの?」


「え、まずかったんでやんすか?

 これを使うと肌がつるつるになるんで

 きっと髪もと思ったんでやんすが」


「あー、まあ、そう考えても仕方ないが

 髪の毛には使ったら不味いんだよ……」


 俺の言葉に目を見開いて楓が驚く。


「ええー?!」


「まあ、やっちまったもんはしゃーない。

 とりあえず髪の毛から石鹸が落ちるように

 ちゃんとすすいでちょっと待ってろ」


「あい……」


 石鹸はアルカリ性なので、髪のキューティクルを強制的に開かせてしまい、さらに石鹸は洗い落とすのが大変なので、毛髪の表面に石鹸カスが残りやすく、そのためにすすぎ時に強くきしみ、毛髪を傷め、感触や光沢を損ない、くしの通りも悪くなる可能性が高い。

また石鹸の場合は必要以上に油脂を落としてしまうので、皮膚が乾燥しやすくなる。


 それを防止するために弱酸性の液体で中和する必要がある。

そのために酢を水で薄めてリンスを作る。

小さなたらいいっぱいのお湯に、おちょこ一杯のお酢を加えるだけだ。

これだけでナチュラルなリンスが出来上がる。


「またせたな、十分石鹸は落ちたか?」


「あい、でもなんか髪がごわごわな気がしやんす」


「ああ大丈夫だ、今度は俺の持ってきた水で

 髪の毛を十分湿らせてくれ」


「あい、わかりやんした」


 薄めたお酢のリンスを髪の毛にまんべんなくつけて浸透させれば、キューティクルも閉じてしっとりとした髪の毛に戻る。


「じゃあ、髪の毛をもう一度洗ってくれ」


「あい」


 こうしてリンスも髪の毛に浸透したら洗い流しておけば大丈夫だろう。

手ぬぐいで優しく髪をはさむようにして水分を取る。

あとは髪を伸ばした状態で火鉢の熱に当てて髪を乾かす。

この時代における洗髪は乾燥もくわえるとそれこそ一日がかりだったりする。


「じゃ後は、髪の油を足してやらんとな」


「あい」


 炒りごまをすり鉢でよくすって、手ぬぐいでくるみ、しっかり結んで漏れ出てこないようになったら、 それを頭皮や束にした髪の毛に軽く叩くようにポンポンと当てていく。

こうすればゴマの油分が浸透して抜けすぎた油を補充するし、ゴマに含まれているビタミンEが頭皮を若返らせ、白髪や抜け毛の予防にもなる。

さらに馬油を頭皮につけて頭皮マッサージをしてやる。

こうすれば頭皮の血行も良くなり、髪にハリも戻るはずだ。


「ま、こんなもんだろう」


「ありがとうございやす。

 なんだかすごくきれいになった気がしやすよ」


「あとは髪のパサつきを取るか」


「まだやるんでやんすか?」


「これで終わりだよ」


 緑茶に含まれる成分のカテキンには、キューティクルを整える働きがある。

出がらしの茶葉を一度煮出して人肌くらいまで冷まし、髪全体にかける。


「後は手ぐしで髪をとかしてくれ」


「あい、なんかキシキシとする感じがしやすが?」


「其れが、髪の毛がととのえられてる証拠だよ」


「ほんに?」


「ああ、本当だ」


「それは嬉しいでありんすな」


 翌日、石鹸でシャンプーし、薄めたお酢でリンスし、ごま油でトリートメントしたうえで、緑茶でピーリングした楓の髪の毛はとてもツヤツヤ髪になっていた。

それを見た藤乃たちに俺が詰め寄られたのは言うまでもない。


「戒斗様?楓ばかり髪の手入れをするのははずるいでありんせんか?」


「ああ、分かった分かった、藤乃たちにもやってやるからそう怒るな」


「ほんにかえ?」


「ああ、本当だ」


 結局俺は現役で働いてる連中の髪を全員石鹸でシャンプーし、薄めたお酢でリンスし、ごま油と馬油でトリートメントしたうえで頭皮マッサージをして、緑茶でピーリングし、ユキノシタの化粧水でスキンケアもした。


「なんや、顔や髪が若返ったような気がしやんすなぁ」


 藤乃がしみじみという。

髪だけでなく本当に顔もツヤツヤになった感じがするな。

ユキノシタの化粧水のおかげかね。

それとも頭皮マッサージは頭部全体の血行も良くするからか?


「ああ、それはよかったな」


「戒斗坊ちゃん?髪は女の命でありんすえ?」


 いや、それはわかるが全員分やるのは大変なんだが。

今度禿にでもやり方を教えるか。

それともいっその事、髪洗い屋でも開くか?

それはそれで儲けになると思うしな。

そんなことを考えていたら母さんがやってきた。


「ちょいと戒斗、私にもやってくれないのかい?」


「へ、何を?」


「髪の手入れだよ」


「俺が母さんの?」


「そりゃそうだよ、わたしだっていつまでも綺麗でいたいからねぇ」


「はいはい、たまには親孝行もしないとな」


 そんな感じで母さんの髪のお手入れもしたら、三十路の遣り手やらまだ客を取ってない新造や禿やらまでが押し寄せてきた。


「戒斗様、わっちもきれいになりたいでありんすよ」


「桃香よ、お前もか」


「ダメでありんすか」


 ジュリアス・シーザーのような心境になった俺だが、目をうるませる桃香に罪悪感を抱く。

どっちにしろ新造や禿も太夫とともに道中を歩くわけだし綺麗にしておいて損はないだろう。


「わかったわかった、お前たちも太夫と一緒の外を歩くわけだしみんなやってやるぜ」


 うちにいる女の髪の手入れをやり終わる頃には俺が死にそうになっていたのは言うまでもない。

とりあえず、下女やあまり客が取れてないやつにもやり方は覚えてもらうことにしよう。

そうでないと俺が死ぬ、間違いなく死ぬ、過労でな。

前世で過労死して、今回も過労死なんて洒落にならん。

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