十九話 戦はまだ先に 下
自分が主役だと思った事はない。
家で、学校で、そして異世界で。
失敗ばかりして生きてきたし、主役を狙おうだなんて思った事もない。
異世界では主役だ主役だとおだてられ、豚の分際で木に登ろうとはしたけれど、そんな僕は周りからどう見られていたのだろうか。
それを考えられると、顔から火が出るようだ。
鉄と鉄がぶつかり合う音が等間隔に響く。
盛大に焚かれた篝火、踏み鳴らされる無数の足音。
騒ぎ過ぎて酒場を追い出された僕達は、結局また野原に戻ってきていた。
酒を大量に買い込み、野原に戻ってくる間だけは皆の動きが妙に揃っていたのが、おかしかった。
そんな野趣溢れた宴で剣舞をしよう、という流れになったのはどういうわけか。
最初はソフィアさんがするはずだったが、何故か僕にお鉢が回ってきてしまったのだ。
多分、面倒だったんだろう。
剣舞といっても僕が型を知っているはずもなく、腕自慢の兵隊さん達とリズムを合わせて打ち合っているだけなんだけど。
刃を潰した訓練用の剣が袈裟切りに放たれるのを、僕はゆっくりと弾き返した。
初めの頃は思いっきり弾き返していたせいで、剣が折れたりふき飛んだりで、周りの兵隊さん達に恐怖を味合わせていたけど、十人目ともなればさすがに慣れる。
相手の剣の横を叩くように、だけど次の動きを邪魔しないように。
強すぎず、弱すぎず、相手の技量を確かめながら打ち合うのは、ひどく気を使う作業だ。
今のドワイト家軍は訓練も初日の弱兵なわけだけど、これが鍛えられた兵隊さん達ならこうは上手くいかないだろう。
目の前の相手と剣を打ち合わせる事十三度、そろそろ終わらせる事に決めた。
力任せにふりおろされた剣は僕でもわかるくらいに腰がふらつき、力が全然乗っていないし、肩に力が入りすぎている。
打ち返すのは容易く、斬るのは更に容易い。
だけど五人ばかりと打ち合い、そろそろへたってきた数打ちの刀身はそろそろ限界らしく手元が怪しいし、弾き返すのは選べそうになかった。
「ふっ」
軽く息を吐き、相手の刀身を横から叩き勢いを殺し、剣をくるりと絡ませ跳ね上げる。
相手の手からすっぽりと抜けた剣が、くるくると回りながら宙を舞う。
しかし、これがソフィアさん相手なら刀身を叩かせてくれないだろうし、下手に絡ませたら逆に絡めとられかねない。
僕が主役を張るには、まだまだ遠いなあ。
「気付いて無さそうだな」
「リョウジだがら、仕方ない」
「何がですの?」
私とマゾーガ、ルーテシアは少し離れた所でリョウジの剣舞を見ていた。
さすがに脅かし過ぎて、私が混ざってしまえば盛り上がれないだろう、と一応は気をつかっているのだ。
「傭兵達はああやって酒の席で、自分達の序列を決める。 それに勝ち続けるという事は部隊の中で頭になるという事だ」
頭と言っても隊長になるわけではないが、それでも部隊に影響力を持つ事になる。
貴族のぼっちゃま方などが統率にしくじれば、そういう連中が勝手気ままに部隊を動かす事になるだろう。
「でもこの兵隊の方々は弱いのではなかったかしら?」
「ほとんどはそうだな」
「だだ何人かははそうでもない。 自分の腕にプライドを持ちすぎて、使いにくい連中も混ざっでいる」
新兵や数合わせの兵は周りで騒いでいるだけだが、自分の腕に自信がありすぎて命令を聞かないような連中も雇っているのだ。
そんな連中の鼻っ柱を叩き折ってやれば、使いやすくなるだろう、という計算をしており、それはマゾーガに任せようと思っていたのだが、
「……でも、今のリョウジは勇者の力を使ってませんわよね?」
「ないな」
あの目を見張るような速さはない。
だが、今のリョウジは粗こそあれ、力ではなく技で小器用に相手の剣を受け続けていた。
ルーテシアの声には兵士達の力量に対する不信感が、ありありと現れている。
しかし、命令への服従さえしっかりしていれば、小部隊の頭くらいにはなれる連中がごろごろしているのは確かだ。
「リョウジが強い……どうも納得いきませんわ」
まったくだ。
そう返そうと思ったが、そうは思わなかった者がいるようだった。
「リョウジは、強ぐなった」
静かだが、はっきりとした口調。
マゾーガの声にはリョウジへの深い信頼が感じられた。
……なんだ、この妙な気配は。
「……っ! わかってますわよ、リョウジが強い事くらい!」
「いいや、わがってない。 リョウジは、強くなろうとしていだ」
強ぐなっていく途中だ。
そう言葉を切ったマゾーガの態度に、ルーテシアは怒りを覚えたらしい。
こうまではっきりと自分の男をわかっていないと言われれば、そりゃあ怒るだろう。
私もルーテシアが剣を理解しているとは思っていないが、かと言って今のマゾーガのようにはっきりと言う気はない。
周りに気を使う質のマゾーガが、こういう態度を取るのは非常に珍しいな。
「リョウジは、お前のために強くなろうとしている。 それをわがってやらずに、どうずる」
「……そ、それは」
わかっている、と返すのは簡単だ。
しかし、自分でもリョウジの腕をわかっていなかったのは理解している。
だが、何も言えないのが悔しい。
そんな内心が、ルーテシアの顔色をころころと変えさせる。
そして、マゾーガには静かな怒りに似た何かを感じた。
「よし!」
「な、なんですの!?」
「私も剣舞してくるとしようそうしよう」
「……手加減は、じてやれ」
「ははは、勿論だ。 ではさらば!」
よくわからんが、妙な情念を感じる空間になどいてられるか。
私に仲裁など出来ん!
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