十七話 戦うな、マゾーガ 下下下

 やった。

 やってやったわけだ。

 さて、どうしようか……?

 こう、あれだよね。 これがゲームなら、ボスを倒した瞬間に終わるわけだけど、実際にやったらやったで、何をどうしたらいいんでしょうか!?

 ボスのバリーを倒したはいいものの、昆虫採集の虫みたいに腕を地面に縫い止められて動けずにいる。

「覚えてやがれー!」とか言いながら、逃げてくれれば、済むんだろうが、それも厳しいだろう。

 しかも、他のオークも再び格好いいポーズを決めた(右半身を引いて、左手を思い切り突き出すポーズだ。 突きを全身で放てそうだけだけど、他に動きを取りにくい)僕に怯えているのか、近付いてはこない。

 そのくせ仲間を見捨てる気はないらしく、僕の隙を虎視眈々と伺っていた。


「ど、どうしよう」


 口の中で呟いてみるけど、物事は進展せず。

 もう格好いい勇者タイムは終わったんで、誰か助けてくださいー!?

 もう限界ですってばー!?


「小僧……」


「は、はいぃ!」


 渋いバリトンvoiceに、つい声が裏返る所だった。

 怒りを圧し殺したような、どこか淋しさを含んだ声。


「リョウジって、言ったか」


 自分を縫い付けている刀身に、バリーは手を伸ばした。


「どうして、俺らを殺さねえ」


 ぱりん、と硝子でも割るかのように、あっさりとバリーの握った鉄の剣がへし折れる。

 なにそれオークこわい。


「え、えーと、やっぱりマゾーガの大切な人達だし、殺したらいけないかな、と思って……」


 僕の考えた格好いい勇者タイムは終わり、あっさりとへたれの地金が出た。

 腕に穴を空けられながら、バリーは平然と立ち上がる。

 ぼたぼたと流れる血に、周りのオークが慌てて駆けつけようとするけど、それも制してバリーは僕に真剣な表情を向ける。

 そこに敵意はなくて、ただただ真剣さがあった。

 その意思に応えるのに、武器はいらないと思い、僕は剣を下げる。


「リョウジ、てめえは姫様に何をさせるつもりだ。 場合によっちゃどんな手を使ってでも、てめえを殺すぜ」


「さっき言った通りです」


 彼の厳しい視線を前に、僕はいっそ落ち着いていた。

 真剣に、彼らは真剣にマゾーガの幸せを願っていた。

 その一点だけでは、きっと僕達はわかり合える。

 わかっている事に怯える必要はない。


「マゾーガに考える時間をください。 それだけです」


「姫様がてめえの敵になると決めた時はどうする?」


「その時は……まあ宴会でもして、お互いの無事を祈りましょう」


 他ならぬマゾーガの選択だ。

 ソフィアさんのように自分の欲望で動かないで、誰かの幸せのために選ぶと信じられる。

 それが僕達の敵になるとしても、だ。


「……リョウジ、最後に聞く」


「はい」


 これ以上ない、と思っていた真剣さが、更に増した。

 バリーだけではない。

 周りのオーク達全てが真剣に、歴戦のスパイだってビビって全てを話してしまいそうなくらいの意思が、僕に叩きつけられる。

 上手く唾が飲み込めない。


「お前……」


 だけど、ここは引く場面じゃないのはわかっている。

 逃げ出したくなる気持ちを、ぐっと堪えてバリーの言葉を待った。


「姫様の事をどう思ってるんだ……!」


「大切な人です!」


 心の底から、それだけは言える。

 僕の心を救ってくれた人がルーなら、僕が迷わずにいられたのはマゾーガのお陰だ。

 日雇いの工事現場では黙って付き添ってくれた優しさ、何かを成す時の迷いない背中は、僕の憧れだ。

 僕の勇者、それがマゾーガへの想いだ。


「……そうか」


 あれ、真面目に答えたのに、なんだかオーク達がお通夜みたいな雰囲気になってる。

 何か間違えたんだろうか。

 僕が内心、首を捻っていると、バリーではなく若いオークが近付いてきた。


「………………………………」


「な、なんですか?」


「じ」


 マゾーガによく似たオーク訛り、精悍な顔つきだけど今は怨念すら感じる表情だ。


「じあわせにしてやっでぐれ……!」


「は、はいぃぃぃぃ!?」


 血を吐くような、今にも血涙を流しそうな声で彼は頭を下げた。


「頼む!」


「姫様を、幸せにじでやってぐれ!」


「もげろ!」


「お前になら、まがせられる……」


 などと……何か一つおかしかったな?

 まぁいいか。

 オーク達が僕に頭を下げ……泣いている奴までいる。

 ああ、そうか。

 どこの馬の骨ともわからないぼんくら勇者に、大切な姫様を預けるんだ。

 彼らが不安になる気持ちはよくわかる。


「任せてください!」


 何を言ってるのやら、と思いながらも、僕はなるべく堂々と言い切った。


「僕が必ずマゾーガを守りますから!」


 自分より強い相手を守るなんて冗談でしかないし、マゾーガは大人しく守られているタマでもない。

 嘘は嘘だけど、でもこういう嘘ならきっと許されるだろう。


「ぢぐしょう!」


「今日ば、もう帰って飲むぞ!」


「もげろ!」


「もげろ!」


「もげろ!」


「あれぇ!?」


 なにこのもげろコール。

 何故か肩を組みながら帰っていくオーク達を、僕は見送るしかない。

 どういうことなんですか、これ。


「リョウジ……」


「あ、マゾーガ。 何がどうなってるの!?」


 僕の質問には答えず、マゾーガも真剣な表情で、腹を空かせたライオンみたいな表情で僕を睨み付けている。


「本気、か?」


「本気かってなにが?」


「ぞ、ぞの……おでが、た、大切とか」


「え、うん。 マゾーガは大切な人だよ」


 お世話になった恩人だし、今も殴られたりしないと信じられるから、こんなおっかない顔をしたマゾーガの前で逃げずにいられるわけだし。


「し、しかし、お前にはルーテシアが、だな」


「え? それとこれとは関係ないよ」


 ルーは恋人、マゾーガは恩人だ。

 何の関係があるんだろう。


「ルーも大事だけど、マゾーガも大切な人だ」


 鼠を前にしても全力を尽くすライオンみたいな感じから、唐突にマゾーガはあちこちを見回し始めた。

 なんだろう、挙動不審だ。


「……お、お前がそこまで、言うなら、考えておぐ」


「え、何を?」


「う、うるざい!」


「ぐぼぁ!?」


 マゾーガの腰の入ったボディブローが……どういう事なの……。


「姫様」


「……バリー」


 地面に倒れ伏した僕を無視して、マゾーガとバリーは向かい合う。


「あっしにも立場ってもんがありやすが……しばらく街には戻らんでくだせえ」


「わがった」


「……行くんですね?」


「オークとか、人間は関係ない。 やっぱりおでは、守るんだど、思う」


「難儀な生き方ですぜ」


「おでは、そでを選んだんだ」


 頭を下げようとしたマゾーガを、バリーは手で止めた。


「おっと、謝らんでくだせえ。 悪いと思うなら、姫様の子供の顔でも見せてくれりゃあ結構でさあ」


「バ、バリー!?」


「ははは、姫様のそんな可愛らしい顔が見れただけでも、来た甲斐がありやしたぜ!」


「お、お前は……!」


 バリーの底の抜けたような朗らかな笑い声に、マゾーガの苦笑が重なる。

 そこには一抹の淋しさかあった。


「では、お達者で」


「ああ……死ぬなよ。 お前には、おでの子を抱かせてやるんだからな」


「そいつは楽しみなことですな」


「……さらばた、バリー」


 マゾーガは背を向け、


「ええ、どうかお幸せに」


 バリーも背を向けた。

 マゾーガは歩き出す事はなく、バリーはただ前に進んだ。

 バリーが暗い森の中に消えるまで、マゾーガは身動き一つしなかった。


「リョウジ」


「うん」


「いぐぞ」


「うん」


 暗い森の中に消えたバリーと気のいいオーク達が、まるで復讐という暗い運命に飲み込まれて行くような、そんな不吉な予感を振り払うように、僕達は走り出すしかなかった。

 そしてマゾーガは一度も後ろを振り返る事がなくて、その大きなはずの背中がとても小さく見えた。

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