十七話 戦うな、マゾーガ 下下上

 僕なんてちっぽけな存在を取り囲む敵。

 誰もが僕に突きを殺意を向け、士気は十分だろう。

 精鋭のオークが三十、戦力差が三十倍と考えると笑えてすらくる。


「ソフィアさんなら、こんな時」


 考えるまでもない。

 蛮声を張り上げ、僕に向かって来るオーク達。

 彼らに対して、僕は口端を吊り上げた。

 なるべく不敵に、僕の考える最強に近付くために、僕は笑う。

 怖い、という気持ちはある。


「だけどさあ」


 かかっているのは、仲間の今後。

 なら負けてはいられない。

 僕より強いマゾーガを助けるだなんて、烏滸がましい話だ。

 マゾーガはきっと一人でも選べる。

 だけど、それにはあと少しの時間がいるんだろう。


「さあて……行ってみようか!」


 時間稼ぎなら、何とかなると信じよう。

 踏み込みは浅く、それでも勇者の力はオーク達よりも速い。

 思わず、という様子で斬りかかってくるオークの剣を潜り抜け、僕は腕と肩の鎧の繋ぎ目に短刀を突き入れた。

 彼らには逃げてもらわなければならない以上、足は狙えない。

 僕達以外から攻撃された時、頑張って自力で逃げてもらわなきやいけないんだ。

 数で負け、その上ハンデもつけなきゃいけないとは、これまたしんどい話だ。

 だけど、僕は想像する。


「これがソフィアさんなら」


 肩口から短刀を抜く。

 傷口を抉られたオークが、反射的に苦痛のうめきを漏らし、筋肉に力を籠めた。

 その抵抗がコンマ一秒以下の停滞を生み出し、全体の動きを大きく歪める。


「もっと速く」


 動きはなるべく小さく、最低限に。

 振り返ると、短い手斧を振り上げ、今にも僕の頭を打ち砕こうとするオークの姿があった。

 自動車の前に飛び出してきた猫のように、身体が反射的に動きを止めようとする。

 だけど、それ以上に僕の中に焼き付いた光景が、

 身体を突き動かしてくれた。

 左手の細身の剣で斧を弾けば、もうそこは安全地帯になり、身体がするりと勝手に滑り込んだ。

 異世界に来てからずっと、慢心と呼ぶのも恥ずかしい醜態を晒していた『俺』を打ち砕いたソフィアさんの剣。

 太陽を直接見たような、そんな鮮烈な剣だ。

 僕が見たその全てが、僕の中にある。

 短刀を突き入れ、引き抜く。

 浅かったのか、組かかってこようとするオークを蹴り返す。


「無様だなあ」


 今の動きは、相手を見ていなかった。

 刺した瞬間、満足していたせいで蹴りが遅れた。

 これがソフィアさんなら……そもそも全員斬ってるな。

 いかん、このイメージはいらない!?


「気を取り直して!」


 マゾーガのイメージも今はいらない。

 相手が粉々になるか、ホームランされたボールみたいに相手が吹き飛んでいくイメージしかないし。

 必要なのは、ソフィアさんのイメージを僕の動きに変える事だ。

 蹴り倒したオークが起き上がる前に、僕は前に飛びこむ。

 近くのオークを無視して、自分から包囲網に飛び込む行動は頭で考えれば間抜け以外の何物でもないだろう。


「ふっ!」


 だけど、完全に虚をついたらしく、ただ真っ直ぐに突きこんだだけの短刀を、オークは避けられなかった。

 先手を取り続けなければいけない。

 合理的という言葉を無視した愚策でも構わない。

 でも先手を取り続ければ、


「僕の方が、強い」


 そうでなくちゃいけない。

 僕は、心のどこかで勇者の力を信じていないのだと思う。

 ソフィアさんにぼこぼこにされ、魔王に負けた。

 そんな頼りにならない勇者の力より今、必要で僕の中にはっきりと焼き付いたソフィアさんの剣と、マゾーガの力の方がよほど信じられる。

 見ずともわかる。

 正面から一人、彼を目隠しにしてその後ろから一人が、僕の大言への怒りを隠す事なく走り寄ってきた。

 突進の勢いを殺す事なく、叩き付けるようにして放たれる斬撃は強烈の一言。

 だけど、マゾーガの一撃はもっと重い。

 マゾーガの力の中にある技は、もっと練り込まれているんだ。

 ただの力任せの無様な一撃なんて、恐れる理由がない。


「フンッ!」


 右手一本で振るった剣は、オークが全力で振るった一撃をしっかりと弾き返す。

 その後ろから仲間ごと貫く勢いで突っ込んできたオークは、柄を短く切った手槍を持っている。

 柄と刃の接合部には、オークの言葉が書き込まれているのが、不思議とよく見えた。


「甘い」


 左手の短刀を、手槍に添える。

 勢いを変えてやるだけで、オークの身体が勝手に流れていき、隙だらけの肘に手早く短刀を突き刺した。


「ふう……」


 まだいける。

 だけど、そんな僕に対してオーク達は動きを止めていた。

 どうしたんだろう、なんだか戸惑った空気だ。


「よくわかんないけど、来ないならこっちから行く」


 遠巻きにこちらを伺っているオーク達に、僕は正面から突っ込む。

 残りは何人だ、とは考えない。

 油断はしない、と思いながら、棒立ちのオークに剣を突きこんだ。


「調子に乗るな、小僧!」


「まだまだ調子に乗れるほど、僕は強くない」


 鉄の噛み合う音が響く。

 仲間のオークを庇ったバリーは。やはり大した腕だ。

 受け流そうとしても、巧みに力を拮抗させてくる。

 剛よく柔を断つ、されど柔ある剛は更に強い。

 つばぜり合いに持ち込まれ、下がるにも下がれないし、突破も出来そうにない。

 困った、と思った時に助けがきた。

 マゾーガではない。

 彼女はまだ迷っている。


「ウオオオオオ!」


 バリーに庇われたオークが突きを放ってきて、このままじゃまともに食らう、と身体が判断した瞬間、すでに動けていた。

 突きを潜るようにして避け、肩にオークの身体を乗せる。

 相手の勢いをそのままに、身体を跳ね上げ空に浮かす。

 バリーの剣は、仲間が邪魔で触れないだろう。

 かたや僕に遠慮する義理はない。

 全力で空に浮いたオークを蹴り飛ばし、バリーごとふきとばす。


「ぐおっ!?」


 倒れ込んだ二人の腕を、まとめて縫い付けてやれは、これでおしまいだ。


「まだ僕の、勇者の相手になる者はあるか!」


 僕は勝利者だ。

 そう頑張って思い込みながら、僕は辺りを見回した。

 出てくる相手は、いなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る