閑話 格差社会

 今回は僕も凄く頑張ったと思う。

 確かにゴブリンこそ倒さなかったけど、サポートとして全力を尽くしたと自信を持って言える。

 なのに、


「その時、あの恐るべしホブゴブリンの魔の手がマゾーガに襲いかかったのだ」


「う、うわぁ! それで? それで!?」


「ちょっとティータ、あまりしつこくしてはソフィア様が休めないではありませんか!」


 あの後、マゾーガに運ばれて村に戻ってきたソフィアさんは、村人の方々の必死の治療の甲斐もあって、何とか一命を取り留めた。

 ソフィアさんなんて一度は出血多量で心臓が止まっていたらしく、村長さんが治癒魔術が使えなければ死んでいただろう。

 僕はあの後、マゾーガに叩き起こされて、自分の足で歩いて戻ってきた。

 そして三日間、意識が戻らなかったソフィアさんなわけだけど、


「うむ、マゾーガの戦斧が唸りを上げ、ゴブリン共の魔手を打ち砕いたのだ!」


「す、すげー!」


「マゾーガすげー!」


 ベッドの上で上半身を起こしているソフィアさんは、寝間着を着て包帯があちこちに巻かれ、その周りには、沢山の子供達が集まっていて、他にも若い女の子達が更に外側に何人もいる。

 女の子達の表情には赤みが差し、いかにも「恋しちゃってます」という感じ。

 かたや僕の方と言えば、


「あ、りんご食べますか?」


「あ、ありがとうございます……」


 まさかの村長さんが付きっ切りだ。

 綺麗に剥かれたうさぎさんがキュート。

 見た目も福々しくて、話していて嫌みもないし、非常にいい人なわけだけど、かと言ってもう少しなんとかならないかなあ、と思ってしまう。

 一応、僕も動くなと言われ、ベッドに寝たきりなわけだけど、女の子は誰も寄ってこない。

 これが格差社会というやつなのか……!


「お姉ちゃん、それでマゾーガはどうしたの!?」


「ああ、それでな……ゴブリン共が作った罠は、いくらマゾーガと言えど破れなかった……」


 恐ろしいシーンでは如何にも怖いといった表情や声色を使い分けるソフィアさんの話は、横で聞いている僕も引き込まれる。

 八割くらい誇張している上、自分のやった事もほとんどマゾーガがやった事にしてるけど。

 聞いてるだけだと、ソフィアさんがマゾーガのお供くらいになっている。


「罠にかかったマゾーガを助けるため、勇敢にもゴブリン百匹の群れに飛び込んだのが、そこにいるリョウジだ!」


「へ?」


「迫り来るゴブリンを千切っては投げ、千切っては投げの大活躍は古の勇者もかくや、と言った様子だったな」


「すげー!」


「兄ちゃん、ただのもやしじゃないんだな!」


「そんな風に思われてたのか、僕!?」


 実際、もやしみたいなもんだけどさ!


「ははは、あの時のリョウジは……む、不味いな」


 ソフィアさんの視線が扉に向けられる。

 作りはしっかりしていて、隙間風一つ入らない部屋の作りで、食べ物も沢山出してもらえるし、村の人達に感謝されてるのがよくわかった。


「お嬢様、食事が……って」


 扉を開けて入ってきたGさんの顔は、一瞬にして赤く染まって、


「お嬢様は怪我人なんですよ! あなた達は何をしてるんですか!」


 全身で怒りながら、手にしたお盆は揺らさないという高等技術をGさんは見せてくれた。


「だ、だって……」


「だってじゃありません! 今すぐ出て行きなさい!」


「うー……」


 子供達が泣き出しそうな迫力だ。

 この人もこんな風に怒れるんだな。


「はあ……そうだ、皆。 今なら外にマゾーガがいるぞ」


「マジで!?」


「い、行こう!」


 ソフィアさんの一言で、子供達がバタバタと駆け出していく。

 子供達に囲まれて、困ったマゾーガが目に浮かぶ。


「あなた達も出て行ってください」


「で、でもソフィア様と……」


「出て行ってください!」


 残っていた女の子達もGさんの迫力に負けたのか、しぶしぶ外に出ていった。


「さて、では私も失礼しますよ」


「あっ、いえ、村長さんは別に!?」


「いえいえ、それではゆっくりくつろげないでしょうから」


 そう言い残すと、りんごのうさぎさんを残して村長さんも出ていく。

 ……美味しいな、このりんご。

 僕がしゃくしゃくとりんごをかじっていると、Gさんはソフィアさんのベッドの横にあった丸椅子に座った。


「ふう……さすがにちょっと疲れたな」


「なんで意識不明だったのに、起きたらすぐに人集めて話してるんですか」


「いや、ついな。 美しい乙女と可愛らしい童がいたら、少しでも楽しませてやるのが私の勤めだ」


「それは余裕のある時にやってください。 ……自分で食べられますか?」


「無理そうだな。 手に力が入らん」


 何だか非常に居心地が悪い。

 Gさんがスプーンを持ち、所謂「あーん」の体勢に入るのを見ながら、僕はりんごをかじった。


「お嬢様はいつもいつも無茶ばかりするんですから」


「仕方あるまい。 やらねばならぬ時があるのだから。 しかし、味付けが薄くないか」


「やらねばならぬ、をやるを自分でやる貴族の娘はいません! あと腸が傷付いてるんだから、薄めに決まってるでしょう」


「それはだな……肉が食べたいな」


「駄目です! 肉、肉ともう少し淑女としての自覚を持ってください!」


「むぅ」


 普段のソフィアさんとは違い、今は少し幼い印象を感じる。

 切れ長だと思っていたけど、よく見ると少し垂れ気味の目尻からは気の抜けた感じがして、もぐもぐと動く口元は健康的な桃色の唇が愛らしい。

 格好いいや、美人と思ってたけど、この人にも可愛い所があるんだなあ……。


「ん、どうした、リョウジ?」


 本人に知られたら殴られそうな事を考えていた、とは言えるはずもない。


「なんでもないです」


「ふむ」


 そして、やっぱりと言うべきか、Gさんを見る視線と僕を見る視線はまったく違う。

 今、僕を見るソフィアさんの視線には冷たいわけではないけど、力のある視線だ。


「まぁいい。 なら団子が食べたいぞ、爺」


「だーめーでーす!」


「このケチめ」


「これもお嬢様のためを思ってです!」


 などとやりながらも、食べさせるのは止まらない。

 男女の空気というよりは、お母さんとワガママな子供みたいな感じだよな、などと思いながら、僕はりんごを食べた。


「誰かお見舞いとかに来てくれないかな、僕に」


 向こうは二人だけの世界を作っていて、結構しんどい。

 友達の家に行ったら、その家のお母さんと友達が喧嘩を始めた気まずさに似ている。

 ああ、りんごが美味しい……。

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