五話 誰かにとってのDEADline・中上
粗末な柵で申し訳程度に囲われ、立ち並ぶ家屋は両手で数えられる程度でまだ新しく、大した作りではない。
まだ入植が始まり、時が経っていないのだろう。
私達が案内されたのは、どこにでもある開拓村というやつだ。
「意外ですかな」
「正直に言わせていただければ」
グレゴリウス氏の事だから、誰も知らない山奥の小屋にでも住んでいるのかと思っていた。
すでに日が暮れ始め、村は赤く染まるが、一日の仕事を終えた男達の品のない声が、恐らく村唯一の酒場から聞こえてくる。
この光景と、グレゴリウス氏の印象がまったく噛み合わない。
「貴方のような剣士に、見ていただきたい物があるのですよ」
グレゴリウス氏の言葉は常に丁寧だが、言葉を交わしている気がしない。
私の言葉とは繋がらず、彼の言葉は結局の所、自分の中で完結していた。
徹底的に他人には興味がないのだろう。
今も背後で喚く爺と、それを聞くマゾーガに興味を示す素振りもない。
「いいか、お前はお嬢様の迷惑になってはいけないんだぞ! もし、お前がお嬢様の害になるようなら、僕が追い出してやるからな!」
「わかってる。 おでは、フードを取らない」
マゾーガは本質的に善良だ。
比喩抜きに小指で捻り潰せる、きゃんきゃんと喚く爺を相手に嫌な顔をせず、丁寧に言葉を返している。
今も身体に合わない、フード付きのマントを窮屈そうに着込み、顔を隠しており、これなら……まぁ頑張れば隠れるだろう。 隠れるといいと思う。
「当たり前だ! いいか、村の中でお前は僕達の下男という設定でだな」
「ああ、わかっている」
「いや、お前はわかってないね。 お嬢様の旅に勝手に着いてきたお荷物だ。 これからも着いて来る気なら、お前は下男として働かなくてはならないんだ!」
「ああ」
マゾーガの声に、揺らぎはない。
しかし、
「まったくお嬢様はどうして、お前のような」
「爺」
「は、はい!?」
思ったよりも自分の口から飛び出した声は、厳しかった。
「私はお前の事は嫌いじゃあない。 だから、嫌いにさせないでくれ」
素直に割り切れるものでないのだろう。
オークとの戦いの歴史は、人類の歴史そのものだ。
オークに滅ぼされた国は数知れず、そして人間に滅ぼされたオークの国も数知れず。
いまさら互いが天を分け合えるとは、どんなに楽観的に考えても思わない。
だが、それとこれとは話は別だ。
「今の爺は、不愉快だ」
抵抗する気のない、抵抗出来ない立場の相手をなぶる爺の姿は、醜い。
「なっ!? こっ、こっ、こっ、これはお嬢様の! おっ、お嬢様に嫌われてしまった……」
膝から崩れ落ちる爺。
……お前は心まで打たれ弱いな。
「い、いや、ゾフィアは嫌いにさせないでくれ、と言った。 お前は、嫌われてはいない」
そんな爺の肩に、マゾーガは手をかけ、言葉をかけてた。
「……本当かな?」
「あ、ああ…多分」
「……お前、いい奴だな」
将来、美人局にでも合うんじゃないだろうか。
爺があまりにちょろ過ぎる。
「だけど、勘違いするなよ! お嬢様の『第一の!』従者は、この僕だからな!」
「もちろん、わかってる。 おでは、ただの同行者だ。 よろしく頼む、G」
「あ、ああ、よろしくな、マゾーガ……。 あと僕の名前は」
「従者の方々のお話は終わったようですな」
堅い握手を交わし合う二人に、視線を送る事もなく、グレゴリウス氏は言葉を発した。
そこに待たされた苛立ちも、ひとかけらの興味も読み取れない。
「申し訳ありません、お待たせしました」
「いえ、行きましょうか」
歩き出そうとするグレゴリウス氏の手を、これまで一言も発しなかったチィルダが引く。
歩き出そうとするチィルダが無表情のまま、爺とマゾーガをじっと見ていたのが、不思議と私の印象に残った。
案内された家は、無味乾燥という言葉が相応しい。
他と大して変わらない急造の小屋のような家に入れば、壁一面には大量の本が詰め込まれている。
掃除はなされているようだが、あらためて読まれた様子もなく、女のいる所帯だというのに、花瓶一つない。
テーブルと、最低限の生活用品以外は、そこには無かった。
「チィルダ」
「はい」
旅の疲れを癒やす間もなく、グレゴリウス氏はチィルダに声をかける。
そして、チィルダは壁際の床に手をかけると、床板をばりばりと引っ剥がした。
床板に指を貫通させ、引っ剥がすとは見た目通りの少女ではないらしい。
「こちらへ」
ここにきて初めてグレゴリウス氏の言葉に、僅かな震えが混ざった。
それが一体、何から来るものかわからないまま、グレゴリウス氏はチィルダに手を引かれ、剥がした床板に隠されていた階段を降りて行く。
「お、お嬢様……」
弱気な爺に、私は声をかけた。
「爺はここで待っていろ」
「そんな! ぼ、僕はお嬢様の従者です! こ、こっ、怖いですけど着いて行きますから!」
ああ、私はいつも言葉が足りないなあ。
「飯を作って待っててくれ。 そろそろお前の味が恋しいよ」
一日二日だが、死ぬほど不味い保存食や、塩を振って焼いただけの物も爺が手をかければ、驚くほど美味くなる。
だが、やはりしっかりとした調理器具を使って作る料理とは、さすがに違う。
「構いませんか。 これでも爺の料理はなかなかの物です」
「ご随意に」
興味がなさげなグレゴリウス氏に、私は密かに笑った。
「爺、あの鉄面皮を引っ剥がすような物を美味い飯を作れ」
爺の耳元で、囁くように言う。
「期待してる」
「はいっ!」
子供が玩具を見せびらかすような、そんな気持ちを私は今、抱いていた。
私が不味い保存食では満足出来なくなってしまった責任を爺に取らせるとして、だ。
「はてさて」
「人間はこういう時、オークが出るか、悪魔が出るか、とでも言うのか?」
「ほう」
マゾーガの言葉に、私は面白みを感じる。
鬼が出るか、蛇が出るかと言ったのは前の世。
しかし、今の世にも似たような言い回しがあり、オークの世界も大して変わらないらしい。
「オークの言い回しでは人が出るか、悪魔が出るか、となるのか?」
「ああ」
オークにとって、人は悪魔と並ぶ恐ろしい物の代名詞らしい。
ずっと殺し、殺されてきた間柄だ。
そういう物なのだろう。
「人が出ようと、オークが出ようと」
「救いようが、ないな」
危難に心浮き立つのは、どうしようもない武芸者の性は、マゾーガの言う通り、救いようがないものだ。
私は確かに闘争の空気を感じて、喜んでいた。
「まぁしかし」
それはもう少しだけ、先の話だろう。
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