三津凛

第1話

歳の離れた弟や妹は、兄弟というよりも自分の子供みたいな感覚に近くなる。


そんなことを15歳も下の弟を持つ友人が言っていたのを聞いた時、僕は微妙な気持ちになった。当の友人は女性で、件の弟とも一度だけ顔を合わせる機会があった。2人の溶け合うような奇妙な距離感に、僕は益々微妙な気持ちになったものだった。

彼女の膝にまとわりつく幼い弟の瞳には明らかに異性に対する媚が含まれていて、それをあやす彼女の指にも弟に対するような粗雑な色は微塵もなかった。けれど一方で、最初の彼女の言葉がこの奇妙な距離感の出所を言い当てているような気がしたのも事実だった。どちらかというと険のある女性だった友人が、何度も擦られてすっかり角の取れた石鹸のように丸く収まっていたのを覚えている。

半分親子みたいなもの。

僕はじゃれ合う2人を見てははあ、と鼻を鳴らした。

なんというか、ラファエルの聖母子像みたいな淡い光景だなあと思った。


あの友人のことは二度と思い出すことはなかっただろうに、こうして思い出しているのは僕にも歳の離れた妹ができたからだった。あの友人兄弟よりもさらに隔たって20歳も歳下なのだ。

大学生になった自分にまさか妹ができるとは思わなかった。

けれど特に僕の生活は変わらず、あの友人みたいに特別な愛着も感じず、むしろ家庭内が繊細な壊れ物を抱えたように神経質になっているのが腹ただしいくらいだった。

だからますます、あの友人と弟の媚態を見せられたような何とも言えない雰囲気が奇異なものに思われた。

危なっかしく歩いたり、たどたどしく話すようになれば少しは可愛いく思えるのかしらん、と綿毛のように腕の中に小さく収まった妹を覗き込みながら僕は思った。

骨の感じられない、ぶよぶよした生暖かい皮膚だけが張り付くようで僕は赤ん坊が苦手だった。古事記に出てくる蛭子という骨のないぐにゃぐにゃとした赤ん坊を思い出す。

蛭子は結局間引かれてしまったのだっけ、自分でも不吉なことを考えたものだとその時思った。


糸が切れるように、妹は1歳になる前に突然死んだ。

僕にとっては数ヶ月間過ごしただけでも、妹にとっては一生のうちの半分くらいは僕と居たことになると思えば、胸に何かが来るようだった。

けれど、時間はあくまで淡々と流れていった。飽きることなく一定のリズムで落ちて来る雨粒のように。それから、何かが擦り切れて減っていくように、その妹のことも次第に思い出さなくなっていった。

今では本当に妹がいたのかすら、あまり信じられなくなっている。


血は水よりも濃いというけれど、若かった僕だったらそんなこと嗤っただろうと思う。

少しだけ照れ臭い気持ちで仏壇に酒を供えた。その様子を不思議そうな顔つきで見つめる娘に、僕は困ったように笑って言った。


「亡くなった妹が、今日で20歳になってたことを思い出してね」

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三津凛 @mitsurin12

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