創作について全裸になって向き合ってみた

中田祐三

第1話

昔、かつて文芸サークルに入っていた友人の言葉が妙に心に残っている。


『創作っていうのはさ、自分の頭の中を絵なり、文章で表現するってことだからさ恥ずかしいよな』


 そうかもしれない。 誰か昔の人が言っていた言葉も思い出す。


『娼婦は裸しかさらさないが表現者は心の奥底まで見せようとする』


 これも至言だ。 初めて聞いたときにふわりと腑に落ちた。


 ならば創作界隈の底辺で蠢いている自分もここらで一度創作というものに向き合わなければならないじゃないだろうか? 


 …そう思えたんだ。


 


 時刻は夜の八時。 部屋の電気は消した。 その中で俺は一人たたず

んでいる。


 しばしの瞑目。 決心はとうについていた。


 ただ『これから』をどうやって向き合うか…それだけを考えていたが、迷いは捨てた。


 いま俺は全てを捨てて裸で挑むのだ。


 まずは余計なものを剥いでいくとしよう。


 トレーナー、そしてその下のインナー。 ズボンはすでに装備から外している。


 そして一度大きく息を吸ったあとにトランクスを投げ捨てた。


 …………。


 しばしの沈黙。


 窓から入ってくる風が表皮を撫でていく。


 全てを捨てるとはこういうことか。


 余計なものを脱ぎ捨てたことで全身で感じられる。


 12月の寒さ。 夜風が容赦なく体温をなぎ払っていく感覚。 今まで感じたことのない環境によって身体がそれに耐えようと毛穴が閉じ、同時に血管が収縮していく肉体。


 そしてビキビキと硬質化していく両乳首。



 それは喘ぐように、何かを求めるように脂肪の下で恥ずかしがり屋さんのように隠れていたそれらが浮かび上がっていく。


 むっ、右よりも左の方が硬質化していくスピードがやや遅い。


 なるほど、心臓に近い分だけ硬質化がわずかに鈍いようだ。


 実際に体感してみれば何十時間も考えた水で薄めたような想像の感覚を超スピードでリアルに上書きしていく。


 全身に歓喜の感情が駆けめぐる。


 これこそが現実(リアル)なのだと。


 さて静動状態の感覚は理解した。


 次の段階へと進もう。


「むう…はあっ!」


 墨汁を垂らしたように暗い部屋の中で拳を突き出す。

 

 ぷるりとおっぱいが揺れた。 


 だがこれは想像通りだ。 同時にかならずしも想像するということだけが決して無駄ではないことをリアルに証明する。


「はあっ!…はあっ!はっ!はっ!はっ!…プルっ…」



「うん?はあーーーっ!……プルン!」


 なんだこの感覚は? 拳を突き出せば突き出すほどに一泊遅れて妙な音が下から聞こえてくる。


 その意味を知るために一心不乱に拳を突き出し続ける。


「そうか…そういうことだったのか」


 新たなる発見をみて、俺は目を閉じる。


 自分のやったことが無意味ではないことを理解して。


 もう一度拳をまっすぐに穿つ。 今度は腰の回転を意識して…するとどうだろう。


「はあっ!!……ぷるんっ!」


 予想通りに音は鳴った。 大事なことは腰の回転だったのだ。


 俺が上半身だけではなく全身をつかうことによって下半身の上部、そして真ん中に位置する『俺自身』が揺れることによってその音は鳴っていたのだ。


 再度それをくりかえす。 先ほどと同じように、一心不乱に…いやこれはまさに一チン不乱だ。


「はあ、はあ、はあ…ふふっ、まさかこんなことが起こるとは…な」


 自身の顔も見えない真っ暗闇で俺は確かに笑った。 


 口角をあげて、不敵に、でも喜びをこめて。


 時として人は頭で考えすぎてしまう。 それが時として自己の成長や理解を損ねてしまうことがある。


 それを俺はあらためて理解した。 いやもしかしたら今までは理解したフリだったのかもしれない。

 

 だが俺はそれに気づいた。 頭ではなく……そう、心で。


 なんと蒙昧だったのだろうか。 こんなことに気づかずに30年近くを過ごしていたのだ。


 こんなことならば、小学校の時のプールの時間帯にこそこそと隠れず堂々とさらけ出していればよかったのではないか?


 中学の臨海学校で同級生たちと風呂に入るときに股間をこそこそと隠さずにいればよかったのではないか?


 いや、今からでも遅くはない。


 この真理に気づいた今からでも街中を裸(フルモンティ)で駆け抜けてみんなに啓蒙していくべきではないか?


 そう今では廃れたストリーキングだ。 そうすることによって俺はストーリーキングにだってなれるかもしれない。


 ……いや、やめておこう。


 まだそれを実行する為にはまだ俺の実力も名声も足りないだろう。


 真理を実行したところでイカれた社畜の暴走と一笑に付されるだろう。


 文字通りの一蹴だ。 特に下側の俺自身を蹴られてしまったら二重の意味で立ち上がることなどできない。


 まだそれは早い。 早すぎるのだ。 


 だからこそ、その義挙はいずれ来る時のための楽しみとしておこう。


 これがもしあと十年も若かったのなら血気に逸って決起していたことだろう。


「みんなーー見て見て~!ほらほら!見て、見て~!」


「キャーーーー変態!」


 ということになるしな。


 そう考えれば真理に気づくことに遅いということはないのかもしれない。


 年齢を重ねて衰えていくことにある種の恐れと焦りを覚えていたが、肉体は衰えても精神は成長していく。 


 それを磨くことを忘れていなければ。

 

 それにしてもいまこの場で裸(ネイキッド)でいることは玉石を磨くことと同義だったのではないだろうか?


 最初はいい年齢の大人としての品格を捨てる行為なのではないだろうかと考えて悩んだこともあるが、断言しよう。


 そのときの自分にこの言葉を送れる。


 背負っていた物を捨てると言うことは同時に身軽になることなのだと。


 それにしてもだ。 この数時間で俺はなんと成長したのだろう。


 成長するにはわずかのきっかけで十分なのだ。

 

 だがそうするにはそれを支える精神の土壌と根腐れさせずに維持する意志が必要不可欠だが。


 おっと、もう一つ忘れていたよ。


 生まれてから一瞬だって離れたことのない相棒に下を向いて感謝を示す。


 極寒の風にまみれて縮み込んでいる大切な相棒であり、もう一人の俺に握手の代わりに優しく先端を摘んで上下させる。


 そうだ成長にはかけがえのない仲間が必要だということを忘れていたよ。


 すまないな、ムスコよ。


 再び視線をあげた俺の前には朝日が見える。


 スランプというあまりに長い夜を乗り越えて、赤々と燃え上がる朝日が窓辺に反射して…うん? 反射? 妙にチラツくこの赤い光はなんだ?




「いやね、部屋を暗くして全裸で踊っている男がいるって通報がありましてね」


「ああ、そうなんですか、すいません風呂に入ろうと思ってたんですが、うっかり部屋に買ったばかりの石鹸をわすれていましてね、それを探していたんですよ」


 放り投げたトランクスとインナーだけを装着した状態で俺はやってきた警察官(ポリスメン)に虚偽の報告をする。


「ああ、そういうことですか、まあ自分の家とはいえ格好には気をつけてくださいね、それでは私たちはこれで…」


「ええ、お仕事ご苦労様です」


 張り付けた笑顔で制服の職業公務員を見送りながら、もう一つの成長を俺は甘受している。


 どうやら張り切りすぎてしまったようだ。


 窓辺で創作に向かい合っているところをご近所に通報されてしまった。


 だが創作の下僕として成長した俺にとってはその場で即興作り話(フリースタイル)で警官を煙にまく。

 

 このわずかな時間でよどみなく、かつ無理のない物語を作り出すことなど今の俺には造作もない。


 遠ざかる赤灯を見送りながら俺は再び全裸となる。


 創作に向き合う時間はもう終わった。


 あとはこの満足感と共に風呂に入り、熱き血潮と共に苦境を耐え抜いた相棒をゆっくりとのばしてあげるとしよう。


 人生は長い。 死ぬまで続く。 もしかしたら今日死ぬとしても俺は創作に向きあい続けるだろう。


 やがて確実に来る死を今は忘れて、せめてもの我が相棒と創作の底辺から空を見上げ続けることになるであろう自分を労るために俺は風呂場へと進むのだった。

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