5ココネの家には女神がいる。

どういうこと…?

「つまり、アナタが見ていたのは、起こるであろう未来だったわけでスヨ。言ったでショウ。ワタシにはアナタの魂の本源が必要だったのデス」

…公園だった。

ココネは自販機に背中をあずけ、うなだれるように座っていた。

体は動かせない。表情はまるで蝋人形ろうにんぎょうのように固まって、生気のない目が地面を凝視ぎょうししている。

ブキミウサギはすぐ前方にたち、人形のようなココネを見おろしていた。紳士風の格好で、杖を肘にかけている。その手は開かれて、そこになにかのっている。白と黒が混ざるような、ビー玉みたいな代物しろものだった。

…わたし、どうしちゃったの? なんで、自分のことが見えてるの?

「アナタは見えているわけではアリマセン。肉体をうしなったことで、周囲の空間を感知しているだけデス」

…肉体をうしなった? じゃあわたし、死んじゃったの?

「イイエ。それは正確ではありませんネ。肉体は生きてイマス。ただ魂が抜かれたせいで、動くことができないだけでスヨ」

…魂? もしかしてその、ビー玉みたいなやつが?

「ビー玉とはなんでしょう? まあ、それがワタシの手にしているコレを指しているのならば、そうですヨ。コレがアナタの魂です。それも極上の、レアーズにふさわしい魂です」

…レアーズ?

「さきほどもお教えしましタガ、稀有けうであり大変貴重な魂の保持者を言います。神すら持たぬ、たぐいまれな能力を持つ。つまり、アナタですよウチカドココネ…ワタシが探していた運命剪定士フォーチュナーの霊級を持つ、レアーズ…」

…フォーチュナー?

「そうデス、フォーチュナー! その力は時のゆくさきを察知し、時の流動を選択することすら可能とする! つまり、未来を、みずからの選択により運命すらも隷属れいぞくさせる、究極の霊級です! アナタにはその資質があった。ゆえにいままでアナタが見ていたのは、のビジョンだったと言うことデス」

…わたしが視た、起こりうる未来。

それが、真実だった。

わたしはずっと、

ブキミウサギはわたしも知らなかった能力を求めて、わたしを襲って、わたしの魂を利用して、わたしが視ることが可能な未来を見ていた。

わたしはある意味ずっと、

「イイエ。夢ではなく未来デス。つまりじっさいに起きるだろう未来デス。なのでこれからワタシは、敗北するだろう未来への道筋を、そっくり造り変えなければなりマセン」

…それを? そのためにわたしを?

「そうデスよ。おかげサマでようやく敵の正体がわかりまシタ。イソムラソヨギ、そして豆腐の女神ソフラ。魔物のなかで噂になっていましてネ…悪行あくぎょうを許さない、まるで勇者気取りのふたりがいると。そして彼らは無敗…負けなし、最強のニンゲンと女神…なるほど、ワタシの負けた未来が視れたのは、行幸ぎょうこうと言っていいでショウネ。さらにアナタのもくわわり、ほぼ完璧な情報が得られマシタ。これでワタシに負けはナイ…さらにフォーチュナーの霊級を手にしたワタシに、敵など存在しない! !」

ちょ…ちょっと! わたしずっとこのままなの?

「ええ、モチロン。ですがアナタの肉体を維持しなければなりマセン。肉体が滅びれば、まもなく魂も回帰してしまいますカラネ。だから、手足を落とし、肉体を生かし続ける魔術によって、ずっとワタシのものにしてあげますヨ。だからもう、逃げられナイ…」

わたしは抵抗ていこうすら許されなかった。体がうごくわけではないから、逃げることも、そもそもことなどできない。

「さあ、では、いきまショウか…あまりグズグズしていると、ソフラさんが邪魔をしにきてしまいますカラネ?」

ブキミウサギは――

「あ…と、そうそう。わたしはブキミウサギではありませんヨ? 名を、ジャッカ・ロープともうします」

ジャッカ・ロープはうやうやしく頭をさげながら、その顔を醜悪しゅうあくに歪めた。

わたしはただのビー玉になっている。そういえば手足の感覚がない。寒いとかの感覚もない。魂というのがなんなのか、ハッキリとは知らないけど、なにもできない自覚だけはしっかりと持っていた。

ジャッカ・ロープはわたしの体に手を伸ばした。わたしは人形のように保存されるのか…それからずっと、彼の気がすむまで、未来を占う水晶玉のように生かされるのだろう。

こんなときでもわたしが望んだのは、普通がいい、ということだった。

カノリンの歌が流れている。彼女が歌声にのせて伝えてくるのは、普通だからこそ特別だということ。普通だからこそ胸を張っていいということ。なに者かになってしまえば、それからずっと、なに者であるかを続けなければならない。普通以上でいなければならない。

だから彼女は歌う。普通が特別だと。普通はいつでも、なんにでもなれる境界線ボーダーラインだから、本当になりたいなにかが見つかるまで、普通でいいのだと。普通でいることが一番難しいのだと。欲がでればなにかを追い求めてしまうから、普通でいることが難しいのだ。

普通だからこそなんでもできる。

つまり、普通が最強なんだってさ。

ジャッカ・ロープの手がわたしの体をつかんだそのとき、このブキミウサギはギクリと体を震わせたようだった。

「この…音楽はどこから?」

それ? たぶん着メロじゃないかな? ああ、だからカノリンの歌が聞こえてたのか。ケータイから鳴ってるんだよ。

「ケータイ…? この、ポケットに入っている…コレか?」

魂になってしまったからか、恐怖とかもなかったわたしは、あっけらかんと言った。

でもジャッカ・ロープが明らかな動揺どうようを見せた。どこか悔しそうだった。

「こんな…こんな未来はなかったハズだ! ワタシが視たのはこんな未来ではナイ! なぜ!」

「そうでしょうね」

優しい声がジャッカ・ロープの言葉にこたえた。ギクリといった感じでジャッカ・ロープの体がこわばるのがわかる。カノリンの歌声を縫うようにして、優しい声が続ける。

「あなたは、考えもしなかったのですか? レアーズの存在はほかにもあるのだということを」

「女神…ソフラ…」

ソフラさんだ。ソフラさんはグラウンドのほうからゆっくりと歩いてきていた。格好は夢で見たのと一緒だった。女神の神々しさをあらわすような、純白のいでたち。

「わたしを知っているということは、ココネさんの霊級を利用したのですね。ところで、なぜわたしがココネさんのご実家で、働いていたのだと思いますか?」

…そうか。ソフラさんはわたしの力に気づいていたんだ。だからきっと、監視するためにうちにパートで働くことにしたんだ。

「ココネさん違いますよ? わたしはあなたをお守りするために、あなたのご実家で働くことにしたのです。すぐ近くにいて守ることができるように」

「守るデスか? いやしかし、すこし遅かったのではないでショウか…すでにウチカドココネは我が手中にある。そしてあなたの出方でかたも、完璧に把握はあくしているんです。あなたにはなにもデキナイ! ピョピョピョ――!」

ソフラさんはそこで、やれやれといった感じのため息を吐いた。

と、ソフラさんが白い光に包まれた。全身からほとばしる、威光いこうともいうべき膨大ぼうだいなアニミスの輝き。魂になったわたしには、その大きさが理解できた。ジャッカ・ロープの魔力など、とうてい敵わないだろうアニミスだ。

じっさいそのアニミスを感じて、ジャッカ・ロープはあとずさりした。緊張が手のひらから伝わってくる。だがジャッカ・ロープは負け惜しみの笑みを浮かべていた。

「お忘れではないデスか? ウチカドココネの魂は、ワタシが握っている」

「それを選択するのならば、わたしは保身などしません。一瞬であなたを回帰かいきさせます。そのためにどんなばつがくだろうとも、ココネさんをお守りします…いいですね?」

カッ! とソフラさんの眼光がするどくなり、どうじにアニミスがさらなる高揚こうようを見せた。

もはやその力の差は歴然れきぜんかつ絶対的だった。ジャッカ・ロープからすれば、絶望的だと言えると思う。

ジャッカ・ロープはあとずさりどころではなく、完全な逃げ腰にすらなっていた。

「は…こ…こんな…」

「わたしは女神です。全力をもってすれば、あなたをただの魔力に帰すことなど造作もありません。ですが、それを許されてはいないのです。まあそれはどちらかと言えば、定めというよりこだわりに近いかもしれませんけど」

…? さすがにわたしにも、言葉の最後の意味はわからなかった。ジャッカ・ロープも同様に、なにかを言ったりはしない。意味がわからないのだ。

すると、ソフラさんがニッコリと笑った。あふれていたアニミスもおさまっていく。わたしはきょとんと――感覚だけ――したけど、それはやっぱりジャッカ・ロープもだった。

「…ところで、わたしが不意討ちもせず、あなたのまえに姿をあらわしたのはなぜでしょう?」

「な…ナンです…って?」

ジャッカ・ロープがポカンとした。

次の瞬間、わたしはべつの手に包まれていた。その人物はくちで「さささっ」とか言いながら、わたしの体のまえに移動する。

ジャッカ・ロープはソフラさんから目を離せず、なにが起きているのか気づいてない。

わたしが、わたしのくちに入れられる。そして、声がした。

「…ご飯ですよー」



「ソヨギさん!」

ウチカドココネは意識を取り戻し、隣にいるソヨギを見あげた。

黒いダウンにスウェットに白いバッシュ。いつものソヨギがたっていた。ソヨギはジャッカ・ロープを見据みすえて、ココネに手を貸してきた。たちあがる。

「…ハジメマシテ。ソヨギっす」

「わたし的にはまったく初めてじゃないんですが」

「…なるほど。ストーキングされてた?」

「なんで!? そういう意味じゃないですよ!」

「…あそこに完全無欠のストーカーさんがいます。あ、切らなきゃ」

ソヨギはソフラを見てから、ケータイを取りだした。ピッと終話ボタンを押すと、ココネのケータイが鳴りやんだ。

「ソヨギさんが鳴らしてたんですか」

「ええまあ…かけるだけなら通話料かからないんで。そして奇妙な歌声に導かれ、白き奇人はあらわれた…」

「ソヨギさまっ! ぜんぶ聞こえてますからねぇっ!?」

「…めんどい。おっと」

いきなりソヨギがふらりとした。ココネは反射的に支えようと動いたが、ソヨギはすぐにもとに戻る。

と、ガッ! となにかが自販機に突き刺さった。ココネの顔の、二センチくらい横に、仕込み杖があった。その刀身にソヨギの肩が触れている。どうやらソヨギが攻撃をそらした感があった。ココネは事情を知って、いいいっ!? となった。

「いいいっ!?」

「これもかわすノカ! イソムラソヨギイィィィィィ!」

「いやただのたちくらみ…聞いてます?」

仕込み杖が引き抜かれ、ジャッカ・ロープが突きを放った。ココネはソヨギにどんっと押されて、派手に転んだ。すかさずソフラに抱えられて、十メートルほどの距離を跳んでいる。

「ソフラさんソヨギさんが!」

「大丈夫です。ココネさん、わたしたちがどういう存在かを、もうご存知ですよね?」

「はい…豆腐の女神と、普通じゃない普通のひとです」

「ふふっ♪ そうなのです。ソヨギさまは普通ではありませんよ?」

まるでソフラはそれが自慢であるかのようだった。

「なぜあたらない!」

ジャッカ・ロープのイラだちを聞いて見ると、二回目の攻撃もソヨギはかわしたようだった。自販機にふたつ目の穴が開く。

ジャッカ・ロープはうしろに跳んだ。ソヨギに距離をつくるのは、意味がないことを知っているはずだから、とっさの行動だったろう。

るのと体感するのとデハ、まったく違いまスヨ…そういうことでシタカ」

「…あったか~いに恨みでもあるんすか? 緑茶ファンとコンポタファンが号泣の惨劇さんげき…」

ソヨギはとりあえず自販機が心配なようである。二回もあったか~いに仕込み杖が刺さったのは、おなじ軌道だったからだろう。

とにかく、ジャッカ・ロープは確信したようだった。杖を握る手に力をこめ、わなわなと震わせている。

「アナタもレアーズだったノデス。しかもフォーチュナーの霊級を持っており、ミールディアンでもある」

『ミールディアン?』

ココネの疑問がソヨギのつぶやきに重なった。ソフラが『食材からアニミスと魔力を抽出ちゅうしゅつすることができる霊級です』と、こっそり教えてくれた。

ちなみにソヨギはすでに知っているらしい。なんで知らないフリをするのかと言えば、そういうニンゲンなのだろうと思うしかなかった。異世界のいろんなことが、めんどうくさいのだろう。

「…ピョピョピョ…そんなひとたちに、ワタシが敵うわけがありマセンネ」

「…俺はただのニンゲンです。勝てます。ふぁいと」

ココネはなんか言おうとして、すぐにやめた。ツッコミで疲れたくない。

まあだが、ソヨギのやることが、彼の考えだとすると、これは挑発なのではないかと思えた。なぜならソフラは殺さないし、ジャッカ・ロープを放ってはおけない。

もしくはソフラが殺さないように戦えばいいとは思うが、どうやら女神はソヨギにご執心しゅうしんのようで、キラキラした目で見守っているようだった。自分で動くつもりはないらしい。ソヨギのやることぜんぶを見ていたいって感じだろうか。ココネはバスケ部の先輩を見守る、同級生を思いだした。

「勝てまスカ? こんなワタシでも?」

「やってみるといいすよ。頑張ってあっさりきますから。ガンバります」

「ピョピョピョ! なるほどアナタは、変わったニンゲンらしい!」

ジャッカ・ロープはかまえた。超速突進――ではなく、仕込み杖をかまえて走りだす。走力はニンゲンのそれとは比べものにならない。ソヨギとの間合いをほぼ一瞬でつめた。

ぴゅんっ! と仕込み杖が横に振られる。しかしソヨギはうしろにさがり、切っ先ぎりぎりそとにいる。ジャッカ・ロープは仕込み杖を返す。だがソヨギは腰を落としてかわした。仕込み杖が上段からおろされた。ソヨギは体を横に向けてかわす。したからの斬りあげは、さらに横に移動してかわした。

「ソフラさん…」

「大丈夫です。ソヨギさまにはあたりません。わたしにはソヨギさまがどのように世界を見ているのかはわかりませんが、ソヨギさまがひと太刀たちでも受けたことはありません。ソヨギさまはソヨギさまを知る神々、魔族たちからは、神欺の才覚トリックスターとすら呼ばれております。ご本人は普通であると豪語ごうごしますが、ソヨギさまは、普通でありえないのです」

…だからか、普通だけど普通じゃない。

ソヨギはジャッカ・ロープの動きすべてに対応してみせた。必要最小限の動作ですべての攻撃をかわしてみせる。あせるのはとうぜん、ソヨギにしかけているほうだろう。

「クソッ! クソッ! クソッ! こうなることはわかっていたノデス! あなたを殺せなければぜんぶが無為むいに終わることが、わかっていたんでスヨ!」

「…マジすか。でもあきらめちゃダメっす。希望はあります。ふぁいと」

「だからさくをろうしたノダ! 未来のわかるフォーチュナーを利用したのだ! なのになんでこうなるンダあぁぁぁぁっ!」

「なんでですかね? 生きるってフシギ」

茶化すような軽いくちぶりで、ソヨギはかわす。表情はないと言っていいくらいに余裕があった。超速突進の軌道を事前に予測し、あたらない位置に移動するのと一緒で、ソヨギにはきっとすべてが見えている。

だからおそらくはこの戦いの終わりも見えている。

「ピョオォォォォ!」

ジャッカ・ロープの渾身こんしんの突き。だがソヨギは横にかわす。

が、いままでとは違う動きだった。ジャッカ・ロープの突きだした腕にからめるようにして、自分の腕も伸ばしている。ソヨギの手がジャッカ・ロープの鼻先にあった。そして、シュウゥゥゥゥゥゥゥ…。

握っているなんかのスプレーを噴射ふんしゃした。ココネは痴漢撃退スプレーを思いだしたが、効果はまったく違うものだった。

「くあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なんだこれ…なんだコレあぁぁぁぁぁぁ!」

ジャッカ・ロープが狂ったように暴れだした。鼻が曲がったような絶叫にくわえ、鼻を押さえて顔を掻きむしる。尋常じんじょうな暴れかたではなく、体に火でもつけられたかのようなあわてようだった。

「…なんかいろいろっす。ぺっ」

ソヨギはスタスタとジャッカ・ロープに近づいて、ぺっと足をひっかけた。ジャッカ・ロープはなすすべなく、背中から地面に倒れる――すると、ヒュッと喉が鳴ったかと思うと、そのまま動かなくなった。

…あたりはシンと静まりかえっている。ソヨギがペコリと頭をさげた。

ココネはポカンとする。え、終わり? さっきまで視ていた未来では、もっとスゴいことをやっていた。クレーターができたり、ゴアンッとかドオンッとか、とにかくスゴかったのだ。なのに――え? 終わり?

「え? 終わり?」

ココネは信じられなくてソフラに聞いた。ソフラはニッコリしながらこくりとうなずく。

「はい。そのようですね。ソヨギさま、連絡を」

「…ワン切りします。ピロピロー。切ります」

ソヨギはケータイでどこかにかけて、すぐにしまった。通話料が気になるのだろう。

とりあえずソフラと一緒にジャッカ・ロープを見にいく。ジャッカ・ロープは両目を閉じて、まるで眠っているかのようだった。スピーとか、鼻づまりの寝息みたいなのをもらしている。

「あのこれ、どういう状態なんですか?」

「…不動化反射っすね」

「ふどうかはんしゃ?」

知らない。聞いたこともない。とりあえずソヨギは説明する気はないようなので、サクッとケータイで調べる。

ウサギとかにあるものらしい。ウサギをあお向けにすると気絶するのだそうだ。固まるとかも書いてある。猫が首を持たれてダランとしちゃうのも、そんな反射運動のようだった。

「…いや、ウサギじゃないですよコレ」

「ウサギさんですよ。ほら、耳長いし」

「いや、違いますって。だって二足歩行だし」

「でも目が赤いっす。ウサギ」

「ちなみに不動化反射は背骨のつくりに理由があるみたいなんですよ。メチャクチャ骨格ニンゲンじゃないですか」

「よく見てください。じゃっかん猫背です。いや、ウサギ背です」

「ウサギ背なんて言葉ないですよ!」

「とにかくウサギなんで、転んだから寝ちゃった感じですね」

「…さっきのスプレーは?」

「これはニラとかニンニクとかのいろんな配合スプレー。ウサギは鼻で呼吸するんで、キライな匂いがあればイチコロです。弱点」

「このブキミウサギはくちでぜぇはぁ言ったりしますけど」

「なるほど。くちが鼻みたいな?」

「それこそ怪物じゃないですか!」

「そっすね。ウサギモンスター略してウサモンさんですからね」

「あ、違っ、そうじゃなくてですね…」

ダメだ。会話がダメだ。なんかとにかく、いろいろダメだ…もういいや。ココネはあきらめた。

そんなことをしていると、一台のワンボックスが公園の階段のうえに停車した。バタンッとドアが開閉して、ふたりの人物がおりてくる。夜なのにグラサンをかけた、スーツ姿のふたり組である。

「お疲れさまです。ソヨギさま、ソフラさま」

敬礼したりするふたりに向かって、ソフラがていねいなお辞儀をした。

「はい。ご苦労さまです。こちらがラビリオン属、名はジャッカ・ロープというそうです。ソヨギさまが戦闘しましたから、二三日にさんにちは目覚めないかと思います」

「ほう、それはそれは…さすがはソヨギさまの手腕ですな」

「…さまづけが嫌なんですが」

はっはっはっと笑うふたりに向かって、ソヨギはげんなりとした言葉をかける。だがふたりはまるっきり聞いてない感じで、ジャッカ・ロープを持ちあげた。そのまま失礼しますと頭をさげ、車に移動していった。車が発進して、どこかへとジャッカ・ロープを運んでいくようだった。

「終わりましたねソヨギさま」

「…じゃ、おやすみっす」

「ちょっと待ってください!」

そそくさとたち去ろうとするソヨギを捕まえて、ココネはふたりに向かって聞いた。エルシアのことやあちらの世界のこと、アニミスや魔力、女神と魔物のこと。霊級とレアーズのこと――ふたりのこと。

「わたしたちはあちらの世界が起こす事件の解決人みたいなものですね。おもに魔物専属のようになっていますけど。いわば稼業です」

「…俺の稼業は厨房バイトなんですが?」

「ソヨギさま、それは仮の姿です。世界を守るためにはソヨギさまの力が必要なのですから。それに、しっかりおバイト代をいただいているではないですか」

「…いくら口座を変えても勝手に振り込まれるんですが? 金貸しの詐欺っぽくてマジ怖い…」

ソヨギは本当に怖いようで、ちょっと震えたりしている。

ココネはだが、そんなことだろうとは思っていた。あのグラサンふたりにしろ、なにか組織のようなものがあって、ふたりはチームなのだ。連行されたジャッカ・ロープがどうなるのかが気になるが、それはそれとして問題なのは、ふたりはなにで動くだろうか。お金を渡せば事件解決してくれるのだろうか。

「ココネさん?」

じっと考えながら見つめていると、ソフラが心配そうに聞いてきた。ココネはだが、言葉が見つからずにその手をとった。ソヨギの手も。

「わたし、バイトしてて、お金ちょっとは貯めてます。本当はカノリンのツアーチケットのために貯めてました。でも、、困ってるひとがいたら助けるために使うと思うんです」

「どういうことですか?」

「…予感がイヤな感じっす。さいな――らー…」

ココネはうむを言わさず、ふたりの手をひいて走りだした。グラウンドを迂回するようにして、ある場所に走る。

「ソヨギさんが黙ってますけど、ウィーヴがあるんです」

「…ドキドキ」

「あ、ほら、ドキドキしてるでしょ? そのウィーヴに困ってるモンスターがいるんですよ。タートス属のメィカーさんてひと――モンスターが」

「…ギクギク」

「ソヨギさま、また隠しごとをしていたんですね。でもココネさんはどうして?」

「はい、わたしが視た未来では、すでにジャッカ・ロープが襲撃してるんです。わたしを襲うまえに見つけていたみたいで。だから、助けてください」

「なるほど…なんとお優しい! いいですねソヨギさま?」

「…めんどい」

とりあえずソヨギの意見は無視して、ココネはふたりをつれて走った。

「…報酬は?」

「今回にかぎってはナシということにしましょう。ココネさんもせっかく貯めているのなら、使う必要はありませんよ?」

「…報酬」

ソヨギはなんだか食いさがる感じだが、ソフラは自業自得ですと、ぴしゃりと言った。

ココネはふたりをつれながら、なんとなく空を見る。エルシアのはじっこだけが見える。ココネの日常にこっそり入ってきた、異質な世界である。

一番こっそりしていたのは女神だろう。ココネの家にはパートタイマーの――


――ココネの家には女神がいる。


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厨房バイトと女神がやってる裏稼業 狗守 要 @youqube

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