第6話「桜吹雪の攻防」

「よし、ここから反撃開始だ!」


 天狗に向かって駆け出し、剣を振るう。対する天狗は葉っぱの団扇でオレの一撃を、いともたやすく弾き返した。


「な、なんだよ! ただの葉っぱじゃ……」


 そこに、ヴァイスが口を挟んでくる。


「《生命の根源》を武器に纏わせることで強化する。基本中の基本だ」


 あの、基本中の基本って、こっちは初耳なんですけど。もしかして、昨日の狼男にも剣が通らなかったのはそういうことなのか?


「ナオ!」


「くっ!」


 考え事をしている場合ではなかった。迫ってくる天狗から、咄嗟に飛び退いて距離を取る。セーラー服の袖に一直線に切れ込みが入った。次の攻撃が来る前に、オレは意識を剣に集中させ、《生命の根源》を流し込む。剣と一体化する感覚。ステムシェード、二回目のはずなのに、ずっと前から握り慣れていた武器のようにしっくりくる。追いついてきた天狗の団扇をオレはステムシェードで受け止める。


「よしっ!」


 戦える! つば競り合いになる前に押し返し、次の手を叩き込む。しばらく打ち合ってみて、《生命の根源》をたどることによって導かれるように自然に動けることに気付いた。《生還者》はつまるところ《生命の根源》の塊。ならば相手の動きも全部手に取るように察知できる。徐々に敵は受けの姿勢になり始めた。


「ヤハリ接近戦ハ分ガ悪イカ」


 天狗はそうつぶやき、大きく後ろに跳んだ。公園を囲むように並んだ桜の木。そのうちの一本の真下に着地する。


「なんだ?」


 そのまま天狗は跳び上がり、花の中に姿を消した。隠れた? いや、例えそこから他の木に移られたとしても《生命の根源》をたどれば探知できる。ざわ、と桜の花が揺れる。思った通り、天狗の目的は隠れることではなかった。


「……って、マジかよ!」


 暴風が起きて無数の桜の花びらが舞い上がった。それは公園の中に大きな渦を作る。オレを中心に囲むように。


「けど、これくらい……!」


 無理やり渦の外へ突破しようとした所に、一枚の花びらが渦から飛び出してきてオレの頬をかすった。鋭い痛みが走る。手を当ててみると、そこは切り傷になっていた。オレは突破を諦める。これ、花びらの一枚一枚が刃となっているんだ。飛び込めばズタズタになる。一方で渦はだんだんとオレに向かって半径を狭めている。まずい、何か策を考えないと。


「ナオ、話しておきたいことがある」


 ヴァイスは相変わらず平然とした口調だ。


「こんな時に、何!」


「シューツピリッツァーの奥義についてだ」


「奥義?」


 なんだよ、そんなのがあるなら早く言って欲しかったぞ。


「焦るな、今の主にはまだ使えぬ」


 む……期待させやがって。


「だがその構成については今の状況のヒントになるやもしれぬと思ってな」


「構成?」


「うむ。シューツピリッツァーの奥義『シューツピリッツ・アロー』は、水・炎・雷の三属性を一度に撃ち放つ必殺の技だ」


 水・炎・雷の三属性……そうか! 水はもう使える。ということは残り二つもそれぞれ別々に習得すればいいんだ! この場合、花びらを炎で焼き払えってこと……だな!? 桜の渦が迫る中、オレは意識を集中させる。そしてしばらくして、悟った。


「無理!」


 炎のイメージができない。考えてみれば当たり前だ。オレは水に浸かったことはあっても火に触れたことはない。炎とはどういう感じなのか、知っているようでいて実は知らなかったのだ。知らないものには、《生命の根源》を変換させることもできない。


「来るぞ、ナオ!」


「わっ!」


 慌ててしゃがみ込み頭をかばう。吹き荒れる花びらがセーラー服を切り刻んでいき、肌の露出した部分から傷が増えていく。ちょっと泣きそうになる痛さだ。こうなったらもう炎技は諦めよう。なんとか痛みから逃れようともがいて闇雲に剣を振り回してみる。しかし当然手ごたえはない。仮に数枚や数十枚はたき落としたところで、花びらは無数にあるのだから。残る札はやはり“水の矢”。しかし直接天狗に当てるには距離が遠すぎる。すぐに避けられるだろう。どうしたものかと考えながら、剣に力を溜める。もちろん花びらの攻撃は絶賛継続中だ。額をかすり、白い前髪がはらりと落ちる。早く……なんとかしないと……。


「溜まった!」


 オレは剣先を地面に向けたまま、ホッとして……その力を放出した。


「ひゃあっ!」


 あぁ、女の子みたいな声出しちゃった。水でぐちょぐちょになった土が泥となって、オレはそれを思いっきり引っ被ったのだ。


「ナオ!」


「自滅カ、好機ダナ」


 しかもどうもこの技、使うとしばらくの間は腰が抜けて動けなくなるようなのだ。今まで適当に舞っていた花びらが天狗の合図で一斉にこちらに向かってきても、オレは逃げることすらできなかった。


「斬リ刻メ!」


「あああああああっ!!!」


 集中砲火を受けたオレは、剣を握ったままその場に倒れ込んだ。


「サテ、《生命ノ根源》ヲ頂クトスルカ」


 下駄を鳴らして、天狗が近づいてくる。一歩、二歩、と。オレは地面に伏したまま、負けた時のことを考えていた。《生還者》は野放しになるだろう。だけどオレの主張はやっぱり変わらない。《生還者》が世界中に潜んでいようと、人が死ぬわけじゃないし、誰も気付かない。別に問題は無いと思っている。オレ自身もそのうち女の体に慣れるだろう。なにより戦わなくていいのだ。……はぁ、たった一回の戦闘でこんなに制服ボロボロにしちゃって。いじめにでも遭ったのかと親に疑われないだろうか。“終わり”を運ぶ下駄の音がすぐ近くまで来ていた。そっちに向かって、オレは話し掛けた。


「でもやっぱり、負けるのはなんか癪だ」


 そう、理由なんてたったそれだけでしかない。我ながら笑ってしまう。面倒事が大嫌いなオレが、それだけのためにわざわざより面倒を被る方を選んだんだから。オレは、密かに用意していた“二発目”を解き放った。


「ンナ……!」


 水の矢に貫かれた天狗は間抜けな顔をして消滅していった。よかった、成功した。奴はオレの《生命の根源》を奪うために近づく必要があった。一番確実に狙えるとしたらその時だ。だからオレはその直前の攻撃を耐える必要があった。泥をかぶったのは暴発じゃない。肌を傷から守るためだった。名付けて「泥パック作戦」! できればもう二度と使いたくない作戦だけど。


――――


 さて、決着が付いたのはいいが後始末はどうしてくれようか。地面に転がったまま考えていたところに、上から声が掛かった。


軽島かるじまさん、今のって……」


 顔を上げて「しまった」と思った。声の主、女にされた小崎おざきみかどはもうとっくに起きていたらしい。戦っているところを見られたようだ。もちろん本人は自分がさっきまで男だったことは覚えていない。ただオレの目にだけ、馴れ馴れしいイヤな男の顔が、彼女のキリっとした端整な顔立ちと同時に映し出される。


「すごい! 軽島さんって魔法少女だったんだね! カッコよかったよ!」


 訂正、姿が変わっても馴れ馴れしいのは変わらないらしい。それどころか、“同性”になったからなのか、戦闘前よりも距離が近い。オレにとってはあの男の顔が近寄ってくるということなのでちょっと引いてしまう。でもそれは言えないし……。


「あの、このことは秘密に……」


「もちろん! 任せてよ」


 大丈夫かな、口軽そうだけど。まあ、“魔法少女”という認識なら漏れてもまだそれほど問題ないだろう。オレは苦笑いで返し、投げ出していた鞄を回収して、


「さよならっ!」


 残りの力を振り絞ったダッシュで公園を後にした。

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変生!シューツピリッツァー qaz @qazdng

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