一章
第5話「二体目の襲撃」
この世界は人知れず《
――――
この
「どう? 女子高生生活一日目は」
……まあこれも人前でできない話には違いない。オレはこれまでの半日を思い返しながら答える。
「なんか、男の目が気になる」
新学期になってクラス内では新しい友達を作ろうと交流が盛んになっている。とはいえ、昨日、“あの自己紹介”の後でオレに話し掛けようなんて物好きははトモくらいだった。ところが今日は朝から数えてもう五人くらいからのアプローチがあった。全部男子だ。分かりやすい奴らめ。
「気をつけなよ? ナオ、隙だらけなんだから」
そうかな? 正直自覚は無い。といってもこっちは昨日女になったばかりだし、徐々に考えていけばいいと思っている。
「油断してるとすぐ食べられちゃうよ?」
う、それはあまり考えたくないな。そのうち気をつけよう。
「ところで、昨日トモが帰った後の話なんだけど……」
面倒くさいアドバイスとかは受けたくなかったので、ここで本題に入る。オレは“目”のこととトモ自身のことを隠すため、少し事実を曲げて説明した。
「……というわけで、奴はトモを使って、人より多く《生命の根源》を持ってたオレを誘き寄せたってことらしい」
「うーん、それは分かったけど……」
嘘の説明については納得してくれたらしい。でもトモはまだ悩んでいるような表情だった。
「《生還者》、本当に放っておくつもり?」
「うん。昨日も言ったけど、《変生》した本人も周りも気付かないんだから、気にする必要ないでしょ。死ぬわけでもなし」
「でも」
ここでトモは、覚悟を決めたみたいな目をした。
「もし“本当の自分”が今の自分とは別にいたとして、それに気付かずに暮らしてるとしたら……」
トモの目が、そこに浮かぶ少年の目が、まっすぐにオレを見つめる。
「ボクは嫌だよ」
まずい、ここで言葉に詰まったら何か勘づかれるかもしれない。そう思いつつも、オレは結局何も言うことができなかった。
――――
放課後。今日もトモは陸上部だ。話によるともう入部届も出したらしい。まあ、新入生みたいに色々見て決めるって訳でもないだろうし、そんなものなんだろう。とにかく、校内でトモ以外に仲のいい人間のいなかったオレは、一人で帰ることになった。なに、いつも一人だったんだ。何も変わらない……そのはずなのに今日はなんだか寂しく感じた。
ところが、オレが下駄箱で靴を履き替えていたとき、
「やあ、軽島さん! 一緒に帰らないか?」
ウザい感じの男が声を掛けてきた。
「……別に、いいです」
知らない顔ではなかったが、近寄りたくないので敬語で返した。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
あれ、断ったよな? と思ってすぐに気付く。こいつ、「別にいい」を逆の意味で受け取ったな! 普通分かるだろ……。
「そうだ! 昨日テレビで見たんだけどさ……」
そしてすぐさま話しかけてくる。それから、芸能人の話、音楽の話、ファッションの話、クラスメイトの話、勉強の話、マンガの話……やたらと雑多な話を聞かされた。おそらく趣味を探るためにどれに食いついてくるのか窺っていたのだろう。その必死さに免じてしょうがなく相槌くらいは打ってやることにした。すぐに後悔した。交差点に入る度にここでわかれて振り切ってやろうと考えたが、小崎は変わることなく話し続けるのでタイミングを失い続けた。そしていつの間にか、
(えっ……!?)
オレ達は
あまりにも気付くのが遅すぎた。オレは小崎を舐めていたようだ。かわいそうだからちょっとくらい相手してやるか、なんて、一体何を考えていたんだオレは。
「ちょっと寄り道していかない?」
「いや……」
小さな風が吹いて、オレにスカートを履いていたことを思い出させる。どうしよう。昼のトモの言葉がリフレインする。
(「油断してるとすぐ食べられちゃうよ?」)
いや、でも、だって、まだ、女になって二日目で、こんなに早く……? もはやオレの頭は真っ白だった。
「どうしたの? 具合悪い?」
なんて心配するフリなのかどうか、オレの顔を覗き込んでくる。困ったことにこいつ、顔だけはやたらと男前なのだ。
そう、もう少し遅かったら。何かされるどころではない。混乱したオレは小崎に自分から何かしてしまっていたかもしれない。しかし幸か不幸かそうはならなかった。オレに正気を取り戻させたのは、あろうことか新しい《生還者》だった。
「トウトウ現レタカ、シューツピリッツァー」
小崎の後ろに突如として現れたその姿を一言で表すなら、“天狗”。昨日は狼男だったんだが、洋か和か統一してほしい。ともかくそいつはオレの目の前で小崎を《変生》させてみせた。女になった小崎は意識を失いその場に崩れ落ちる。まずいな……《変生》を躊躇しない……こいつ、“強い方”だ! それに、実はオレは、昨日の力をどうやって出せばいいのか分かっていない。あの戦いの後、運動能力は元に戻っているらしかった。
「うわっ!」
二の足を踏んでいるオレの目と鼻の先で、天狗の団扇が空を切った。やべえ! 当たらなかったのはオレが避けたからでも天狗が手心を加えたからでもない。オレの足に向かって後ろからサッカーボール大の何かがぶつかってきて、バランスを崩したオレが尻餅をついたからだ。
「昨日と同じだ。己の中の《生命の根源》に意識を集中させ、《変生》と叫べ。それがトリガーだ」
聞き覚えのある渋い声。オレの足にぶつかってきたのはヴァイスだったようだ。どうやって家を出たのか、なんでここが分かったのか、なんて聞いている場合ではなさそう。
「《変生》!」
オレを中心に突風が巻き起こり、それを避けようと天狗はオレから距離をとった。なびいた前髪の色は、黒ではなく白だった。
「これは……?」
一房つまんでヴァイスに聞いてみる。そんな質問をしている場合でないのは分かっているが、変身したことで多少の余裕は生まれていた。
「白は始まりの色――《生命の根源》の色だ。超常の技を扱うにはその力を全身に満たしてやる必要がある。髪は細いゆえに、満たされた《生命の根源》が透けて見えるのだ」
なるほどな。オレはもうひとつ、昨日気になっていた“あること”を思い出した。こっちはとても重要なことだ。
「そういえば、あの剣は?」
そう、持って帰っても置き場に困ると思っていたら、いつの間にか無くなっていたのですっかり忘れていたのだ。
「あの剣・ステムシェードは、シューツピリッツァーの持つ《生命の根源》の一部を武器の形として取り出すもの。普段は主の中に眠っておる」
それを聞いてオレはすぐさま手をまっすぐ前に伸ばした。昨日の剣のことを思い浮かべてみる。するといとも容易く、虚空から一振りのサーベルが現れた。それを掴んで試しに振り下ろしてみると、風の音が夕暮れの住宅地に大きく響いた。
「よし、ここから反撃開始だ!」
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