第6話

 その日のフィレスデニアは晴天に恵まれ、ぽかぽかとした陽気に、穏やかな風が街中を包み込んでいた。


 日中、多くの人々が行き交うギルド区の大通りには、沢山の露店が並び、居住区から取り寄せた色とりどりの果物や道具の他、商業区で精査され、ギルド区へ充てられた武具や、遺物等が広げられ、飛び交う呼び込みの声が、一層賑わいあるものへと変えていた。


 その人混みの中を、マサムネが縫い歩き先導し、後をガルフォニクとアンリは肩を並べて歩いているのだが……


「おいっ!真っ直ぐ歩けって!」


「えー、良いじゃないかケチんぼ、我の知らないものが沢山あって、目移りさせる街並みが悪いのだ」


 一行は、アンリが店内から放った衝撃を聞きつけ、集りだした人だかりから逃げるように、止む無くシオンへ場所を移す事となったのだが、大通りに出た途端、アンリが物珍しさに足を止めてばかりで、中々進めないでいた。


「ったく、世間知らずのお嬢さんは一体どんな生活を送ってきたんだよ」


 ため息1つ吐き、おもむろにズボンのポケットから、色褪せた用紙を取り出す。


(なんだってこんなもんが……)


 それは、何度見ても、魔物ミニオンに対し、それを”統べる存在”を討伐する事を目的とした、紛う事なき”シオン”の募集用紙であった。


 しかし、残念ながらそんなもの魔物統べる存在など居やしないのが、世の常である。


 そんなものは魔物に襲われ、絶望の淵に立たされた人々が抱く、やり場のない復讐の矛先によって描かれた空想の産物であり、それを口にしたのなら、頭のイカれた奴だと白い目で見られる事は、一般的に知れ渡っている事柄なのだ。


 だがしかし、文字を追っていくと最後には、フィレスデニアを統括するベルクファミリーによって、承認された事を証明する朱印へと辿り着いてしまう。


 こんな募集が出回る事自体が、異常だというのに、これは一体……。


(偽物か?)


そういえば、と、ふと脳裏に過る。

かつて一緒に過ごしたギルドメンバーは一体、どうやって加入したのか。


「なぁ、アンリ、お前は一体これをどこで……って、アイツどこ行きやがった!?」


 視線を上げれば、ついさっきまで肩並びに歩いていたアンリの姿はそこになく、周囲を見渡してみれば、人混みを離れ、我が道を行く紫髪の姿を捉える。


「おい待て!どこ行きやがる!?ったく、だから子供のお守りは嫌なんだよ!」


「だーれが、子供だバカたれ!聞こえているぞーッ!」


 アンリは大きく叫ぶと、特に帰ってくる訳でもなく、そのまま雑貨が並ぶ露店に、目を輝かして身を乗り出していた。


(まぁ良い、詳しい話しはギルドに帰ってからだ)


 ガルフォニクは考えるのを止めると、店主におだてられ、早速カモにされているアンリを迎えに、やれやれと歩を進めるのであった。



■■



「へいらっしゃい!おっと、これはこれは、えらく別嬪なお嬢さんですね」


 ここぞとばかりに小太りの店主が笑みを浮かべ、並ぶ商品に目を輝かす少女を品定めする。


「我の美貌に讃えるとは、お主、中々に見所のある店主であるな」


「ははー、私なんぞには勿体なきお言葉です!」


(ぐふふ……、今日はツイてるぞ!)


 大袈裟に反応する店主は、この一回だけのやり取りで、素早く評価を下した。


 身なりからして金持ちの貴族の娘、反応から世間知らずで絶好のカモである。

店主は細く微笑む。


 気をよくしたアンリは、さっそくどれにしようかと一通り見ると、だらしなく長い舌は出しっ放しで呆けた面の、緑色をした人形に手が伸びる。


「おや、それに目をつけるとはお目が高い!それは”ケロたん”と言って、鳴けば雨を降らすとされていた古の存在を模した人形なのです、しかもそれはただ模しただけでなく、人の声を保存する事ができるという、ここにしか無い実用性ある優れものでございます、はい!」


「『ケロたん』……?」


 満面の笑みを浮かべ、口早に捲し立てる店主の言葉の一言に、思わずアンリが聞き直す。


「えぇ『ケロたん』と言って、、遥か昔の古の時代に流行したものらしく、特徴的な鳴き声で人々を癒していたらしいですよ」


「ん?……あぁ、いや違うのだ店主よ、聞きたいのはそうではなくて、『ケロたん』という名前は誰が付けたのだ?」


「誰がって……そりぁ勿論、フィレスデニアの英雄様ですが……?」


 質問の意図がわからず、虚を突かれた店主は理解が及ばず、疑問符の抜けない、気の抜けた返事を返す。


「フィレスデニアの、英雄……?」


 今度は逆にアンリが良く分からない、と首を傾げ、またそれを見た店主は更に困ってしまう。


「英雄ってのはトウヤさんの事だよ、このっ、ちょこまかとほっつき歩きやがって!」


「なッ、離せ!服が伸びるだろうが馬鹿者!」


 襟元を掴まれ、子猫のように引っ張り上げられたアンリは、それを振り解こうともがくも、ついに観念したのか、諦めてガルフォニクを睨みつける。


「ちっ、何だ、死にたがりの女かよ。」


「冗談抜かせ、こんなぺったんこのチビガキに欲情するほど、俺は飢えてない」


「な、なッ、なんだと!この我に向かって、なんと言う言い草か!……お前の女なんぞこっちから願い下げだッ!くそぅ、元の身体に戻れば、お前なんぞメロメロにしてくれるというのに」


「はいはい、そんな要素一切ないからね、現実見ようね」


 現れた人影を見て、不機嫌面を露わにした店主であったが、目の前での一連のやり取りに、売る気は失せ次第に視線は生暖かいものへと変わっていく。


「はぁ、どうせ何も買わないんだろ、だったら帰ってくれ、あぁ、お前じゃなくて”金板の黒狼様”なら大歓迎なのに」


「……マサムネは関係ねぇだろうが、言われなくてもこんな店で誰が買うかよ」


 気を悪くしたガルフォニクはぶっきらぼうに返事を返すと、アンリに目をやる。


「お前もそんな、気色の悪い人形持ってないで、さっさと置いてけ」


「なぜだッ、こんなに可愛いナリをしておるのに、お主って奴はまるでセンスがないな。なぁケロたんよ」


 そうだそうだ、このケチんぼ野郎、と、声色を変え話すアンリは、挑発的な表情を浮かべ、シュシュっと、手に持つ人形の両手を素早く前後に動かし、抗議の声を上げる。


「全く、誰がケチんぼ野郎だ、クソガキ。ほらよこせ」


「あっ……!」


 抵抗は虚しく頭を掴まれ、商品たちの元へと戻されてしまい、アンリはまるで子供がおもちゃを取り上げられたような、小さな声を漏らした。


「店主さんよ、儲けられなくて残念だったな。ほら行くぞ」


 しかしアンリは、戻った人形を見つめたまま動かない。


「おい!いつまでも突っ立ってないでーーー」


 痺れを切らし、動かない少女の手を引こうとしたガルフォニクだったが、想定外の光景を目に思わず手を止めた。


 放心したアンリより溢れ出た”輝くそれが”静かに頬を伝い、顎先へ、そして雫となって地面へ落ちて行く。


「おっ、おい!何も泣くこたぁねぇだろ……!」


「え・・・?あっ、ちっ、違うのだ。決して悲しくて、泣いたのではっ、ない……!これはっ……」


ーーーこの気持ちはーーー


 我に返ったアンリは、急に胸に込み上げ出したその感情に慌て、それを隠すように、一歩、二歩と下がると、やがて露店に背を向け、空いた腕で乱暴に顔を拭うと、ガルフォニクの手を引き歩きだした。


「ほら、もう良い。お主の言う通り時間の無駄だった、行くぞ!」


「あっ、おい!」


 やがて人混みに合流すると、程なくして金板を下げた黒狼が近づいてくる。


「どこに行ったかと思えば……小娘よ、主人を困らせるな、次はないぞ」


「何だ偉そうに、この犬もどきめッ!絶対にお前の正体を暴いてやるからな!」


「ふん、誰が犬もどきだ、我輩は我輩である、其処らの有象無象と一緒にするでないわ」


 水と油、プライドの高いもの同士が口喧嘩を始めてしまうが、そんな様子を他所に、ガルフォニクの意識は先ほどの静かに涙を流すアンリ横顔が、未だ目に焼き付いて離れないでいた。



■■



「この、バカにしよって、……なぁガルフォニクよ、トウヤは沢山のものを遺せたか?」


 やがて落ち着いたアンリは、ポツリと言葉を漏らした。


「ん?あぁ、クロムルートから発掘された品の名付けも担ってたし、トウヤさんが考案した物とか探せば結構あったりするぞ、後は何より、物だけじゃなくて1年を”4つの季節”に分けようって、考案したのもトウヤさんだったりと、まぁ、色んな事に関与し過ぎる所為で、一介のギルド長には勿体ないって、色んな所から声がかけられてたな。何なら讃える像とかもあるくらいだぞ?」


「そうか、それは本当に良かった……本当に」


「でも、やはり一番はフィレスデニアを魔物の災厄から救った事か、それでトウヤさんは……」


「良い、最期は人々を救って、英雄と呼ばれ、像まで作ってもらったのだ、彼奴の事だ、きっとあの世でも謳歌してるに違いない」


アンリはふふっ、と笑いを堪え言葉を続ける。


「あー、後、そのな。彼奴に待ち人はおらなんだか?」


「あぁ、そう言えば口癖のように、言ってたっけな。でもそれは確か……容姿端麗、才色兼備で、ぼん、きゅっ、ぼんっ、の世界で一番イイ女……って、何でお前が照れてんだよ、気色悪い」


「うっ、うるさいっ!お前には関係のない話しだッ!馬鹿者……、うへへ、そうかそうか、世界で一番イイ女か~」


 先ほどの涙は嘘のように、だらしなく目尻を下げ喜ぶアンリは、そのニヤけ面を隠そうともせず、人混みの往来でクネクネと身をよじりだしてしまう。


「あの、アンリちゃん?早くシオンに帰りたいんですけど?」


 そんなアンリに1人と1匹は一同に白い目を向け、本日何度めかの深いため息をついた。


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永遠のヴァイオレット 黒やなぎ @yominosekai

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