第10話「俺は、朔望 月翔! これからお前らを根絶やしにする男だ!」

先ほどまでとは打って変わって、深月の操縦する《ルア》の動きが格段に変わる。




「まず、一匹!」




 ナルアの引き連れてきた《ホルド》をその研ぎ澄まされた刀、《宙空制剣そらきり》で一刀両断する。その疾風迅雷の速さは目を見張るものだった。




それを見ていたナルアは、




「なんか、一つだけまともなやつがいるじゃん」




――あいつは……うちがこの手で殺してやる。




 目の前の《ルア》を軽々と粉砕したナルアは深月の方へ一目散に向かう。ここに月の妹と地球の妹との決戦が幕を開けることになる。






「お兄ちゃんはさ、大人になったらどうしたい?」




「そうだな……とりあえず、月をぶっ壊すかな」




「えー、どうして! お父さんが泣いちゃうよ!」




「でもさ、深月、月がなくなったら父さんが帰って来るんだぜ。だから壊すんだ。そんでみんなで母さんの作ったご飯を家族全員で食べる!」




――深月はどうする?




 兄は月を憎んでいた。父を離して止まないあの月を。その気持ちは分かる。月さえなければ、お父さんは忙しい生活をしなくても済む。




「私は……」




 あの時に私はどう答えたのか覚えていない。お花屋さんになりたいだとか、ケーキ屋さんになりたいだとか、そう言うありきたりでありふれた答えを言ったのかもしれない。きっと覚えていないと言うことはそう言うことなのだろう。まさか、父さんが月に殺されるなんて、あの時は微塵も思っていなかったから。




 でも、今なら言える。




「私も月をぶっ壊してやるんだから!」




 ナルアの機体メセチナが深月の所に迫りくる。それを見て、深月は高揚していた。




「私さ……こんなにゾクゾクするの初めてだ」




 恐怖も、絶望も、怯懦も超越した感情。自暴自棄とは異なる、正のエネルギー、そして生への執着。




「今の私ならさ、なんかやれそうな気がする」




 無尽蔵に湧いてくる勇気、それはこの《感情操縦機》によって前向きな感情が増幅されたことに起因するものかもしれない。ただ一つ言えるのは、




「今の私は、人生の中でチョー強いってこと!」




 一人一機撃破の目標であったが、深月はその目標の五倍の数の《ホルド》を破壊していた。それは、多くの《ルア》がなす術無くやられてゆく中、大きな武勇であった。




「ちッ! あいつ……やってくれやがったな」




 ナルアが深月の背後からその《メセチナ》が持つ棍棒で殴り掛かる。




「待ってた、月の兎。私は今さ、とっても怒ってるんだよ!」




 ひらりと軽くナルアの攻撃をかわした深月は、そのまま《メセチナ》の足元をすくうようにして回し蹴りを決める。思わぬところに攻撃を浴びせられたナルアは膝カックンされたようにその場に膝をつき、一瞬動きが止まった。




「捉えた!」




 深月はそのまま《トリモチバスター》を膝元目掛けて発射する。《ルシーン》の時と同じようにきっと動きは封じることができる。




――そう思った。




「甘い、クソったれが!」




 《メセチナ》から白い煙が上がる。即座に深月はそれが、熱を持った水蒸気であることを理解した。


「熱ッ!」




 作戦は失敗し、《メセチナ》が《ルア》の首元を掴み、あっという間に形勢は逆転する。




「ザコの量産機でこのうちに敵うと思ってんのが、大間違いだっての! あーむかつく、むかつく。いきがっちゃってんじゃねーよ!」




 《ルア》の二倍はあるであろう《メセチナ》は軽々とその機体を持ち上げて、ギシギシと握りつぶすように締め上げる。




「あー、こんなとこで私、やられちゃうなんてなあ」




 先ほどまでの前向きな気概が途端に消失する。文字通り、ただの量産機に成り下がった深月にもう勝機はない。




「お兄ちゃんと違ってさ、私、分かっちゃうんだよね。もう無理ってのはさ……」








「深月がさ、月光対策本部に入隊するって言った時はさ、びっくりした。でも同時にさ、嬉しかった。だって、きっと深月も俺とおんなじ気持ちだったんだなって、感じることができたから。いっしょにがんばろうな、深月」




 入隊した時の兄の言葉だ。




「深月、もっと上だ! 照準が合ってない!」




 最初は兄に教えてもらう事ばかりだった。兄は私の心の拠り所で、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだなーって思ってた。




「うわっ、深月、上手くなったなー」




 兄に褒められるのが嬉しかった。いつも自分のことしか考えてない兄だったけど、たまにそうやって声を掛けてくれるとたまらなく幸福な気持ちになる。




「もう、お兄ちゃんより操縦うまいかもしんないよ! 私!」




 強がってみたりすることもあったけど、結局はこうやって無残に無様に無駄に、いつもの無しっ子人生で死んでいくんだと思うと悲しくなる。




機体の性能差もあるだろうが、純粋に相手の方が一歩上手だった。人は勝ったと確信した時にこそ、一番の隙が生じるというのは良く言ったもので、今回の私だってそうだ。




 勝ったと思ったら負けていた。




 ただそれだけだ。




「あー遅かったじゃん。このクソ兄貴!」




 泣きっ面に蜂ってやつだ。絶望の中さらなる絶望が深月を襲う。さっき全力の上の全力出したからお互い様か――なんてことを考えながら、思考を巡らせる。




 目の前に突如現れた、月からのもう一つの機体ルシーン、その月光のように眩い白は隣の真っ黒な《メセチナ》と対照的で、陰と陽、始まりと終わり、全てを包括し、一切の隙が無い完成された組み合わせのように思えた。




「まったく、お兄ちゃんは何やってんだか……」




 きっとソロスに負けて、野垂れ死んでしまったのだろうという悲しくも順当な予想をしてみる。




「お兄ちゃんのバカ!」




 最後に強がって深月は叫ぶ。そうすると、聞こえもしないはずの声が聞こえた。




「バカってなんだよ、せっかく助けに来たのに!」




 首根っこを掴まれていた手が離され、《ルア》は奴の支配から解放される。目の前では陰と陽、二つの機体が相対している。




「あっのクソ兄貴! 何考えてんだよ! おい! 聞こえるか! ソロス・ヴィドグラン! こちらはナルア!」




 《ルシーン》に信号を送るも、依然として《メセチナ》への攻撃が止むことはない。




「ナルアって言うのか。俺は、朔望 月翔! これからお前らを根絶やしにする男だ!」




 そう言って、腰に提げたサーベルで《メセチナ》を突き刺す。




「クソが! 《ルシーン》まで奪われてやがんのか!」




 そうして漆黒の《メセチナ》と純白の《ルシーン》が鎬を削る中、紅蓮の機体が姿を現した。




「《セイアッド》、まさか……」




「助けに来てくれてありがとう、ナルア。ソロス・ヴィドグラン、今助太刀する!」




 三竦みの出来上がりである。深月はそれに加わるには、まだ少し力が足りないように思われた。




「って……え……」




 視界がグラつく。風景が斜めになってゆく。自分の体勢が崩れたのではない。機体自身が傾いているのだ。




 突然、橙色の機体が深月の《ルア》とナルアの《メセチナ》を真っ二つにしていた。




「侵略――月――殲滅――月――湮晦いんかい」




 その言葉と共に、月の人々が無残にも殺されてゆく映像が脳裏をよぎった。




「これは……」




 どうやら目の前の橙色の機体が見せているようで、俺たちは月の住民が全滅したことを強制的に知らされることになった。




「父さん、父さん……うああああああ」




 《セイアッド》の動きが途端に停止する。ソロスが頭を抱えてその場に倒れこむのが分かった。




「お前は……一体誰なんだ……」




 月からの使者と戦っていたつもりが新たに第三の勢力が現れた。次から次へと巻き起こる事象に、脳が追いついていかない。




「月――滅亡――地球――同様――滅亡――此方――火星」




 また直接脳内に声が響き渡る。これが、彼らからの宣戦布告であることが分かった頃には、俺の目の前に銀閃の刃が迫っていた。




「おいおい、何がどうなって……」




 音もなく俺とソロスは崩れ行く。橙の機体は俺たちを一瞬にして一蹴する。一瞥すらなく一寸の迷いなく、一縷の望みなく、一刀両断された。




「笑止」








 一言だけ俺たちに伝えた自称火星人は地球を半壊させていった。それからは、俺月翔と、深月そして、ソロス・ヴィドグラン、ナルア・ヴィドグランは地下室の奥深くでコールドスリープに入った。








――「月攻緋翔セイアッド 2nd」に続く……

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月攻緋翔セイアッド 阿礼 泣素 @super_angel

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