第9話「激突! 妹VS妹」

「俺の《ルシーン》がない……」


 外に出て《月狂い》を起こしていたと思われていたソロスは、地下深くの格納庫にいた。ソロスは己の専用機ルシーンを捜索していたが、当然、ソロスの《ルシーン》は厳重に収容されており、そう簡単に取り返せる場所にはなかった。だからこそ、ソロスの思惑は外れ、月へと帰還する計画は頓挫した。

「外がやけに騒がしい。そして、警備が手薄になっている」


 これは、チャンスだ。それが分かったソロスであったが、ソロスはまだこの地球という惑星を侮っていた。


「チャンスはチャンス。そしてチャンスはピンチ。だから、俺は俺が為すべきことをするまでだ」


 そう独り言を言いながら、ソロスは自機の《ルシーン》をひたすらに探し続ける。


 チャンスだから攻めるだとか、ピンチだから守るとか、そう言う定石って気に食わない。


どこかそのマニュアルに操られて、導かれている気がする。


ひねくれているだけかもしれないし、指図されるのが嫌なだけなのかもしれないし、この思春期という時期特有のものかもしれないが、どこかソロスには一辺倒では進みたくないという思いがあった。


今回も素直に行動してチャンスをものにしていたら、結果は変わったのかもしれない。


――焦ったって仕方ないし、探し物は見つかる時は見つかるし、探し物よりものよりも俺が先に見つかったら、そこでどうせ終わるんだ。



「かくなる上は……」


 ソロスの目の前にあったのは、


「《セイアッド》、応えてくれ」


 ソロスがそう言ってコクピットの前に来ると、自然とソロスを受け入れるかのように《セイアッド》のハッチが開く。


「俺にもこの《ガイナリッター》が扱えるのか」


「させるかよッ!」


 ソロスの右頬に思い切り拳を浴びせる。


「俺の《セイアッド》に気安く触れてんじゃねーよ! この兎風情がッ!」


 こうして俺とソロスがもみくちゃになっている間に、次の脅威が地球に迫っていたことに俺は気付くことができなかった。


 いつものように月は俺たちを見下すように照らし出し、その純粋なるまでに白い光は慇懃無礼の象徴のように佇んでいた。







 高度一万メートル、その地点でソロスに次ぐ、月からの使者が来訪していた。ソロスの救難信号を聞きつけて、彼女は万全の兵力を用意し、周到な計画を熟考し、完全な装備で推参する。


「ちッ。まったく、あいつ、何やってんだよ。どうしてこのうちがさあ、あいつの失敗をフォローしないといけないの。ほんと、うんざりするってかさ、鬱陶しいって感じ。もうさ、いっつも詰めが甘いし、目算も甘いし、何もかも甘いんだよ。だからこうやってさ、うちがあいつのためにわざわざこの下らない地に下ってこないといけないんだよ。あーあ、なんでこうなっちゃったかなあ。こうなるってさ、分かってたから、うちはさ言ってたわけじゃん。もう今度から口きいてあげないからな」


――あのクソ兄貴。


 月からの次なる来訪者、ナルア・ヴィドグラン。


「あっ、でもオリンポスエクレア買ってもらって許してあげようかなあ。あいつ、なんでも強請ったら買ってくれるし。うん、うん、それがいいかなあ」


 落ち着いたソロスとは違い、彼女は剛毅果断で物怖じしない性格の持ち主であった。その上、思慮深く、冷静になるべき場面では、一旦停止して黙考ができる人物である。だからこそ、ソロスという兄のように単騎で侵略することなく、二十八もの軍勢を率いてこの地球に降り立った。


「いやまあさ、二十八ってさ、、完全数って言うんだっけ。なんかさ、完全なうちにさ、ぴったりじゃん。って思うわけ」


――っと、反応は確かここら辺なんだけど……


 寸分たがわぬ精度で、微かな兄からの発信情報を元に、ナルアは月光対策本部に辿り着く。


その黒く、禍々しい機体、《ガイナリッター》ナルア専用機、《メセチナ》はこの蒼き惑星に着陸する。


「まあ、来たからには、全滅して、殲滅して、湮晦(いんかい)させちゃいますか!」




 その頃、月光対策本部では……


「上空に、未確認物体、来ます!」


「数……二十九!」


「十二分後にこの月光対策本部の真上に接近!」


 データが計算され、分析され、軌道の確認がなされる。その機械的な状況把握とは裏腹に、夕影空明は焦りを感じていた。


「出撃できる《ルア》は何機だ!」


「調整中の機体を含めると二十八体です」


 整備班に機体の状況を確認する。一刻も早く出撃し、玉兎を打倒せねばならない。


ソロスの時とは違い、数で圧倒することもできない。正真正銘の一騎打ち、丁度一人一機倒さなければ、地球に未来はない。


月翔の《セイアッド》を頼りにしたかったところだが、ソロスの《ルシーン》のこともあり、油断はできない状況にあった。


「みんな聞いてほしい。今回の戦いは一人一殺しなければ、俺たちの明日はない。ここで『みんな生きて帰れ』だとか、『チームで二十九機相手する』だとか、そういう事を言うことは簡単だ。だが、俺はそんな綺麗ごと言いたくねえ。俺が言いたいのは『一機倒すまで必ず死ぬな』ってことだけだ。酷い隊長だと言われるかもしれないが、それが現実だ。この戦いが最期にならないように、目の前の一機を倒せ! 足がもげても、手がもげても、歯ぁ食いしばって明日を掴め! それだけだ!」


 隊長からの言葉を《ルア》に搭乗しなければならない者たちは黙って聞いていた。士気が確かに高揚し、静かなる青い炎が搭乗員一人一人の胸中に宿ったことを誰もが感じていた。


その中に、月翔の妹、朔望 深月(さくぼう みつき)もいた。彼女も月翔と同じく父を殺した月を憎く思い、この月光対策本部に入隊した。月翔とは違い、思い切りの良さはなかったものの、技術的なセンスがあったこともあり、この夕影隊長の元で訓練を重ねることで、この《ルア》搭乗者の正規メンバー入りを果たしていた。


「お父さんの仇は、私とお兄ちゃんが討つ!」


 深月は心の中で強く叫んだ。そして震える手をぎゅっと強く握りしめた。この戦いで自分は死んでしまうかもしれない。そんな後ろ向きの思考が脳内を支配しようとしていたところに、夕影の言葉をもう一度強く念じる。


「一機倒すまで必ず死ぬな……」


 私のノルマは一機、そう一機だけでいいんだ……


 そう思うと少し気が楽になる。もうそうやって気持ちの整理をする時間はない。周りは支度をして、《ルア》に乗り込んでいく。


「私もいかなくっちゃ……」


 深月は深く息を吸って、《ルア》に乗り込む。


「朔望 深月! 行きます!」


 勢い良くハッチから射出される、地上には二十八の《ルア》、天には二十八の機影がはっきりと見える。


「え……」


 深月は悪夢だと思った。これは悪い夢、きっと、そうに違いない。そう思いたくなるような光景、思わず目を背けたくなるような、これが現実だとは思えないような光景。


「みんな避けろ!!」


 夕影から全機体に指示があったが、その前にあの黒い機体の光線の前になす術無く蒸発していった機体が五機、熱戦で行動不能になった機体が七機。計十二機が、玉兎と対面してすぐに敗れた。


「あのクソ兄貴、いったいどこにいるんだって感じ。ちゃっちゃと回収して月に帰りたいんだけど……」


 ナルアは兄であるソロスの位置情報を《メセチナ》を使って読み取っていた。


「まあ、見つけるまでは適当にやっておくか……」


 機内にある無数のモニターを両手で器用に操り、連れてきた二十八機の《ガイナリッター》、《ホルド》を見事に動かしている。


「こういう時ってさ、自動操縦とかさ、やってればいいんだけどさ、うちってさ、やっぱり完璧主義じゃん? 勝手にさ行動とかされてさ、失敗とかされたらさ、こまるわけじゃん? だからこうやってさーめんどくさいんだけどさー自分でやってるわけ!」


――あーめんどくさ。


 そうぶつぶつと、真っ暗のコクピットの中で独り言を繰り返すナルア。連れてきた機体の内、五機を日本本土外に移動させた。


 この《ホルド》が襲来した日本以外の国々は、ナルアによって壊滅的なダメージを受けることになった。《セイアッド》や《ルア》のような玉兎に対抗する術を持たないその他の国々が、あっという間に機能停止に追いやられた今、文字通り地球の未来はこの《ルア》隊にかかっていた。


「おのれ! よくも俺たちの仲間を!」


 斧野 父夫男(おのの ちふお)はそう言ってあの混沌の闇を具現化したような機体、友の命を瞬く間に奪い去った機体、《メセチナ》に突貫する。彼は夕影と同じく、月翔、深月を自分の子どものように可愛がってくれた男である。父夫男以上に「名は体を表す」という言葉が似合う人物は、この世にいないとも言える。優しくも厳しい父、月の研究ばかりしていた真月よりも父親らしい男、それが斧野父夫男だった。


「俺は……この地球を守る!」


 《ルア》の最大の武器はその腰に提げられた、《宙空制剣(そらきり)》という電磁溶甲刀身、詰まる所の高温度に熱せられた刃である。


「これでッ!」


 思い切り、右腕を振りかざすように、右側のレバーを操作する。もう思い残すことはないように、力で斧野は力を込めた。


「んあ? なんだこいつ……」


 気怠そうに、ナルアは攻撃してきた《ルア》のコクピットを軽く摘み、捻って、その搭乗者、斧野を摘出する。斧野の努力は空しく、《メセチナ》の装甲には傷一つ付いてはいない。


「ははッ! いーこと思いついちゃった!」


――簡単に殺してなんか、あげないんだから! この地球人め!


 ナルアは《メセチナ》から網のようなものを出して、斧野を捕縛した。そうしてそれを《メセチナ》の中にぽいっと入れて収納する。まるで、それは荷物の運搬の一作業のように無機的に、手際よく行われた。


「斧野さん! 応答してください!」


 深月が必死になって呼びかけるが、《ルア》の中に斧野はいない。


「私が……やらなきゃ……」


 震える手、竦む足、思いは動くが、体が言うことを聞かない。


「動いて! 動いてよ!」


 そうやって、いっつも私は動けない。思い切りの良さが無い、覚悟が無い、信念が無い、矜持が無い、自信が無い、なんにも無しの気分に襲われる。


「私だって、お兄ちゃんみたいにさ、やりたい思いはあるんだよ! だからさ! 今だけはさ! 動いてよ!」


 深月は咄嗟にあることを思い出す。この《ルア》に備え付けられた、とっておきの武器であり、切り札。


「《感情操縦機》(エモーショナルエンジン)起動!」


 通常この《ルア》は搭乗者の手による操縦によって動かされている。足一つを動かすにもボタンを押して、レバーを引いて前に押すということが必要だ。だが、この《感情操縦機》はそれらの動作を無視して行動することができる。頭で考えた動きがそのままこの《ルア》に伝わる。


 もちろん、この機能は万能ではなく、誤作動が多いということや、脳に異常に負荷がかかり、起動した者の半数は二度と《ルア》に乗ることが困難な体になってしまうというリスクがある。


 それ故の、禁じ手である。


「こんなの、私がさ、全力出しても勝てっこないんだったらさ、全力を越えていくしかないじゃん!」


――見てて、お兄ちゃん。私だって、お父さんの仇を討ってみせるんだから!



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