祭りの夜 御旅所
第16話 ゴールデンウィーク辺りで
◇◇◇◇
目の前に、
「大丈夫か?」
そう問いかける
もう真っ暗で正直ぼんやりとしか清彦の顔が見えないけれど、こいつの方が疲れていることは絶対だ。
だって。
私よりもずっと「よーい、よーい、よーい、よーい」って叫んでるし、
というのも。
住宅街や普通の道路なら私も清彦の隣でかけ声を掛けて歩くのだけど、今回は地区によっては「田んぼの中」や「川の中」を神輿と一緒に入る。
田んぼは泥や汚れさえ気にしなければ私は問題ないと思うのだけど、清彦に止められ、不満顔で畦から様子を眺めていた。
ただ。
川は流石に怖かった。
『ここで待ってろ』
土手でそう言われるまもなく、私は足がすくんで動けなかった。川は真っ暗だ。どこが水で、どこが河原かさえわからない。ただゴウゴウと水音が聞こえ、私だけでは無く神輿を担ぐ自治会の男衆も恐れていた。
『ハナタカの後を歩いて下さい。大丈夫ですから』
清彦は男衆に笑顔でそう言う。『俺の後を歩いて下さい』とは清彦は言わなかった。
『ハナタカの後を』
その言葉が、男衆達を動かした。
私は、ざぶざぶと川幅を何度も往復する清彦と、神輿の一団をただただ、土手から見下ろしていた。
「お腹すいたし、喉渇いた」
私はずぶ濡れの清彦に言う。狩袴どころか狩衣までドロドロの清彦は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「……巻き込んで、ごめん」
また、同じ言葉を清彦は繰り返す。
後ろからのろのろとついてきている神輿は、すでに交代していて、今は
疲れているのは、私と清彦ぐらい。
「あのさぁ」
私は意識して、不機嫌そうに口を尖らせてみせる。
「今晩はもう、家に帰ってゆっくりするけど、ゴールデンウィーク辺りでご飯をおごってよ。謝ってくれなくていい。だけど、それぐらいしてくれてもいいでしょ?」
そう言うと、清彦は目をまんまるに見開いた。
「……あ。ゴールデンウィーク、忙しかった?」
世間的には忙しいのかな。
「……高校で、なんか部活してるの?」
連休中は試合なんだろうか、と私は首を傾げた。
「弓道部に入ってるけど、試合はない」
清彦は慌てたように私に言う。
「お前は?」
続けてそう言われたから、「私は文化部だから」と答えた。
ちなみに、生徒会執行部だ。
「じゃあ、神社に帰ったらLINE交換しようよ。で、会う日にち決めよう」
私が言うと、勢いよく首を縦に振る。なんだ、元気だ。心配してやって損した。
「なにがいいかなー。ねぇ、なにおごってくれる?」
くすり、と笑ってみせると、清彦は忙しなげに視線を彷徨わせる。
「と、とにかく。じゃあ、さっさと片付けてお宮に戻るか」
勢いづく清彦は、視線を前に向けた。
私はその清彦の視線を追い。
足を、止めた。
気づけば。
神輿も足を止めている。
清彦だけが、長杖を右手に持ち、ゆっくりと歩を進めている。
前方に見えるのは、
権現さんの石の鳥居だ。
私が足を止めた場所から200メートルほど前。
権現の紋が抜かれた提灯がぼんやりと石鳥居を照らしている。
そこに。
人影が見える。
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