第15話 先導して、参る

「ハナタカさーん!」


 急に境内から野太い声が響いてくる。「はい!」。ひっくり返ったような声を出したのは清彦きよひこだ。


「出発するよ! 神事が終わった!」


 その呼び声に、清彦は私の腕を掴み、走り出す。ぱくり、と私の心臓がまたひとつ高鳴り、それに耳元の鈴がりん、と応じる。


 私は清彦に手を引かれて境内まで走った。


「先頭に」「先頭に」「先頭に」

 境内にいた男衆達が、通り過ぎるたびに口々に言う。


 道具や神輿を抱える人たちは全員白丁を着ているせいで、闇が完全に駆逐されたように見えた。


「先頭に」「先頭に」「先頭に」

 その声を受け、私は清彦に引かれて神輿の前に出る。


 通り過ぎざまに担がれた神輿を見たが、御簾が降りて中をうかがうことは出来ない。だが、この中にたまきがいる。


「行って参りませ」


 神輿の前に清彦と並んで立つと、役員が私達に頭を下げた。「はい」。清彦は応じ、長杖を持って鳥居に向き合う。


 鳥居の向こうには、見物人が列をなしてこちらを見ていた。時折瞬くフラッシュに私は震えたが、清彦は動じない。


 どん、とひとつ長杖を石畳の参道に打った。

 かん、と応じるように道具の鉦が背後で鳴る。


「よーい、よーい、よーい、よーい!」

 清彦の声が闇を震わせた。


 途端に。


「こーい、こーい、こーい、こーい!」

 そう応じる声に、場が凍り付く。


 ちらりと後ろに視線を走らせると、神輿の担ぎ手達が目だけ動かして互いの表情を伺っていた。


 あの声はなんだ。

 私も声を失う。


 今まで。

 ハナタカの呼びかけに、応じる何かを。

 私達は、聞いたことが無い。


 あれは。

 なんだ。


 怯えに似た動揺は境内を走り、神輿担ぎどころか、道具持ちさえも動き出せない。


 いまのは。

 なんだ。


 なにが。

 いる?


 脅威を前に動けない小動物のように縮こまる私達を。


 だが。

 清彦の声が揺すぶった。


「我は猿田彦さるたひこ! 先導して参る!」

 清彦の声に、誰もが体を震わせた。


 がつん、と長杖が石畳を打つ。

 急いたように鉦がひとつ続いた。


「先導して、参る!」

 清彦の再度の呼びかけに、地鳴りのような「応っ」という男衆の太い声が続いた。


 幾人かの足踏みが続き、神輿が揺れる。その後、道具係の太鼓が鳴った。


「よーい、よーい、よーい、よーい!」

 清彦の呼びかけに、「応っ」「応っ」「応っ」と、また神輿と道具持ちの男達の声が続く。


「出発! 出発!」

 役員達が慌ただしく鳥居に向かって声を張る。


「道を空けて! ハナタカさんと神輿が動く!」


 こうして。

 御旅おたびが始まった。

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