第14話 和奏のことは俺が守ってやる

依代よりしろを……。たまきを守るのね」


 私は胸の前で木刀を握りしめた。多少声が震えたが、咳払いをして誤魔化す。


「近づく何かを振り払って、とにかく神輿みこし権現ごんげんさんまで入れてしまえば良いのね?」


 今度はしっかりとした声が出た。清彦きよひこは首を縦に振った。「そうだ」と。


 私にとって環は今でも妹のようなものだ。自分が協力することで彼女を守れるのなら力ぐらい貸す。「わかった」。私が頷くと、清彦は安堵したようにわずかに肩の力を抜いた。だけど、目力強く私を見つめはっきりと断言する。


「大丈夫だ。和奏わかなのことは俺が守ってやる。ただ、俺の側に居ればいい」


 清彦の必死な言葉に、私は緊張しながらも吹き出した。


「あんたになんか守って貰わなくて結構よ」

 私の態度に、いつもの高反発な態度で臨んでくるかと思ったけれど、苦笑いして頷いただけだった。


「清彦はこれを使うんだろう?」

 私達に背を向けていた明彦あきひこさんだったけれど、再び今度は長い棒を持って近づいてきた。


 いつもの。

 あの、ハナタカが持つ長い棒だ。清彦は私から腕を放し、素直にそれを受け取る。


「あと、ほら」

 明彦さんは長杖の握りを確かめている清彦の首に、天狗の面をかける。


 ハナタカの時、天狗の面を渡されるけれど、被るわけじゃない。首の後ろに面が来るように面紐を結わえ、首からかけるのだ。

 ハナタカが前を向いているとき、天狗の面は後ろを向いている形になる。


猿田彦さるたひこ、先導を頼みます」


 明彦さんは清彦にそう言うと、深々と頭を下げた。「はい」と清彦は短く応じるのを聞くと、明彦さんはゆっくりと上半身を起こした。次に私を見る。どきりと私は肩を跳ね上げて木刀を握った。


天宇受賣命あめのうずめ、猿田彦をよろしくお願いいたします」

 明彦さんは私の目を見てそう言うと、再度深々と頭を下げる。


 アメノ……。あめの、なんて……?


 戸惑って隣の清彦を見ると、口だけ動かして「はいといえ」と言っている。目の前では明彦さんが頭を下げたままの姿勢で固まっていた。「は、はい」。急いでいたせいか素っ頓狂な声が出たが、明彦さんも清彦も笑いもしなかった。


「これで、俺達に神が降りた。あとは心配するな」


 清彦が私に言う。私は戸惑ったものの曖昧に頷く。

 顔を起こした明彦さんはそんな私を見て、少し微笑んだ。


「鈴、外れかかってる」

 そう言って指を伸ばして私の髪に触れる。


 途端に。

 ぐい、と左側にひっぱられ、私は体勢を崩した。「うわっ」と声を上げてしがみつくと、どうやら清彦の腕だったらしい。ごめんと言おうと思ったら。


 なんだ、こいつに引っ張られて私は体勢を崩したんじゃん、とむっと睨み上げる。


 だけど。

 その私よりも不機嫌そうな顔で清彦は、明彦さんを睨んでいた。


「俺が直す」

「……は?」


 ぼそっと。だけど断言する清彦に思わず聞き返した。いや、あんたできるの? ってか、私自分でしますけど。


 そう思ったのだけど、清彦は私に向き直ると、私の耳元に指を伸ばす。


 右のツインテにつけた鈴が緩んでいたらしい。

 真面目な顔で一生懸命結び直しているのは分かるのだけど、とにかく不器用だ。


 もそもそと指が動き、ときどき耳に触れるから、くすぐったくって首を竦める。そのたびに「ごめん」と清彦が慌てたように言い、薄暗くてよく見えないからか目を細めて顔を近づけてくる。


「うう」。思わず呻くその声に笑い出したくなるのだけど、本人は真剣だし、と口を真一文字に引き結んで耐えているのに、明彦さんは構わず大笑いしていてずるい。


「できた……」

 顔を近づけているから言葉と同時に呼気が耳朶に触れて、私は体を震わせる。同時に目が清彦と合って、その距離の近さにお互い慌てて飛び退いた。


 ちりん。私の耳元で鈴が鳴り、どきりと心臓が拍動する。

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