第13話 気が遠くなるほど前からそれはこの地に居る

「木刀に小刀、旋棍、槌もあるけど」

 いや、「あるけど」って首を傾げられても。


「どれでも一緒だ。どうせ、お前は使えないんだから」


 背後からぬっと手が伸びて、清彦きよひこがぞんざいに木刀を掴み、私の手に握らせる。「これでも持ってろ」と。


「ちょ……。なにこれ。コレ持ってどうするの」


 両手で木刀を握りしめたまま、私は背後の清彦と目前の明彦あきひこさんに交互に視線を走らせた。


「闘うんだよ」

 明彦さんは笑顔で告げる。私は絶句だ。


依代よりしろに入った御霊みたまを狙って奴らがやってくる。それを撃退するのが、和奏わかなちゃんと清彦の役目だ」


 明彦さんが腰を屈めるようにして私の顔をのぞき込んだ。綺麗で、柔和な笑顔なのだけど。


 目の奥が、笑っていない。


 ぞっと身体を震わせ、そうだ、と思い出した。

 私はこの人の外見に、なんとなく恋心を抱いたのだけど。


 この、瞳が恐ろしくて。

 なんだか、他者を寄せ付けない薄氷のような雰囲気を感じ取って。


 そして。

 徐々に離れていったのではなかったか。

 そんなことを考えながらも、明彦さんから目が離せない。


神輿みこしが狙われるのは多分、御旅所おたびしょに入る直前の一本道だ。そこで君と清彦が奴らを足止めしている間に、神輿を御旅所に入れてしまえ」


 明彦さんは噛んで含めるように私に言うが、全く頭に入ってこない。何を。この人は、何を言っているんだ。


「俺が説明する」


 ぐい、と後ろに右腕を引かれ私は我に返った。蹈鞴を踏みながら明彦さんから距離を取り、視線を背後に向ける。清彦だ。


「この前の打合会で話が出ていただろう? 地面が冷える、って」

 清彦に腕を捕まれたまま、私は頷いた。明彦さんが小さく肩を竦め、私達に背を向けるのが視界の隅に見えた。


「この土地にはもともと、何か居るんだ。それが、時折目覚めて地面を冷やし、植物を枯らす」

「何か、ってなに」


 私の声は若干掠れている。清彦は一瞬そんな私にひるんだように目を細めたが、それでもぐっと口元を引き締め話し続けた。


「知らない。ずっと前だ。本当に、気が遠くなるほど前からはこの地にいる。俺達の先祖はその『地面を冷やすヤツ』を退治するために、を招聘した」


 そう言って指をさすのは。

 あの、祠だ。


「あれは、なに……」


 ぞわりと私の両腕に鳥肌が立ったのは、格子窓の向こうの闇が蠢いたように見えたからだ。


「知らない。だが、俺達の先祖はの力を使い、『地面を冷やすヤツ』を押さえ込んできた」


 清彦は私の片腕を掴んだまま、今度は視線を来た方に向ける。境内の方だ。


「『地面を冷やすヤツ』が現れたら、依代にの魂を入れ、お宮の外に出すんだ」

「依代って……。環?」


 頭に浮かんだのは、儚げに可愛らしく笑う環の姿だ。「そうだ」。清彦はしっかりと頷いた。


「ただ、奴らはただじっと鎮められるわけじゃない。いつでも様子をうかがって、こっちを喰らいに来る」


 清彦の双眸が私を捉える。清彦の黒い瞳に私の怯えたような姿が映っていた。


「依代ごと、喰らいに来る」


 苦しげに言う清彦の言葉に、先日の声が重なった。


たまき、幸せそうなんだ』、『環を、守ってやりたい』


 清彦は、このことを言っていたのだろう。


 こいつは環を守るために自分に何が出来るかを考え。

 それでハナタカを志願したのだ。


『俺だって、お前と一緒にハナタカなんて、やりたくなかった』

 不意に、打ち合わせ会の時の言葉を思い出す。


 ああ言われたとき、私は「私だって、あんたとやりたくないっ」と清彦に怒ったが、違う。


 その後、清彦は言ったではないか。「やらせたくなかった」と。


 清彦は、危険性のことを言っていたのだ。


 だけど、清彦は、私を指名した。

 その環を守るために、何故だかわからないが私の力もいるのだろう。だから、『巻き込んでごめん』と私に詫びたのだ。

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