第6話 土地に潜む邪気を払いたい
「あー。皆さん、聞こえますか?」
語尾が掠れたような声に顔を向けると、自治会長さんの一人が立ち上がり、マイクをぽんぽんと叩く。くぐもったような低音が再び室内に広がり、好き勝手喋っていたおじさんたちは、一斉に口を閉じて上座を睨んだ。
「定刻となりましたので『青葉祭り打合会』を始めたいとおもいます」
睨まれたことなど意にも介さず、黙ったんなら今が時期とばかりに、自治会長さんは話し始めた。
「今回は、皆さんご存じの通り、通常の『青葉祭り』とは違います」
自治会長さんの言葉に、会場ではそこかしこで頷くおじさんたちの姿が見えた。
「我々自治会長のところにも、いろんな相談が住民から寄せられ、
蕩々と自治会長が話しているときに、私の右前に座ったおじいちゃんが小声で隣のおじさんに話しかけているのが聞こえた。
「あんたの地区の田んぼの土も、冷たいか?」
「うちどころか、全部ですよ。朝なんて霜柱が立つんだ」
おじさんが顔をしかめ、おじいちゃんは力なく何度も頷いた。
霜柱……?
呆気にとられて私はおじさんとおじいちゃんの背中を見つめる。
今は四月だ。
確かに朝晩は冷えるとはいえ、それでも真冬ほどではない。日中なんて国内では真夏日が観測されることもある。
そんな中で。
田んぼが冷たい? 霜柱が立つ?
「そこで、宮司さんにお願いし、
「それで、田んぼはよくなるのかね? 稲は育つのか?」
急に会場から大声が上がった。参加者の視線が一斉に集まる。あの、大声で「お茶は出ないのか」と聞いていたおじいちゃんが発言したようだ。今更ながら右手を上げ、そして左手にはペットボトルのお茶を持っていた。どうやら見かねた誰かにもらったらしい。
「宮司さんの言うとおりにしたら、田んぼの土は、温かくなるんかね」
「中西さん。そういう質問はあとでまとめて……」
自治会長さんが顔をしかめて名指ししたけれど、会場からは「それを先に聞きたい」、「中西さんの言うとおりだ」と声が上がる。困惑顔で立ち尽くす自治会長さんだったけれど、するりと立ち上がった宮司さんにほっとしたようにマイクを差し出した。
「失礼いたします。
穏やかな低音の声がマイクを通して響いた。少し棘を含み始めた室内の空気を撫でるようにその声はゆったりと広がり、参集者は再び静かに口を閉じて宮司さんを見る。
「神社の記録によりますと、第二次世界大戦中に一度、同じように土地が冷え、作物が育たなくなった年があったようです」
宮司さんはそう言うと、大広間に視線を巡らせる。
「というより、この地では、このようなことが時折起こるのです。そのたびに、我ら神職と氏子の皆さんで、対処を行ってきました。このたびも、先人の礼に倣い、土地に潜む邪気を払いたいと思っております」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます