了─未了

‪✕‬翽▶愛に生きるということ


















『__黄金郷外部、未開大陸に港が開かれてから早5年。港周辺半径20キロの安全確保が済んだとして、小鳥遊幻商団協賛の元にたちあげられた調査隊がとうとう本格的な始動を開始しました。小鳥遊幻商団代表による会見では____』


「雄彦ー!あれをどこにやったの、錨のロック外すやつ」


「そうくな」


「急ぐに決まってるでしょ!レヴォくんが窓から見てるって言ってたんだから、早く出ないと何時間もレヴォくん待たせることになるよ」


「……かの人をこれ以上長く待たせるのは良くないな」


「何年だっけ。せん……1560年生きてるんだっけ?あんなにしっかりした人でも冗談言うんだねぇ」


「……ああ」



巨大なハンギングチェアが並んでいるように見えなくもない、ニンゲンが暮らせやしないだろう街並み。

広く、高く、空を舞うドール達が自分達のねぐらへ帰るべく、思い思いの軌跡を描いて飛んでいく。



『私共は商人であると同時に、この故郷を愛するドールです。故郷のさらなる発展につながるとあらば、いかなる協力も惜しみません__』


「リリちゃんとユムグちゃん達呼んで。出発だよって」


「来ている。反対側の橋に降りたようだが」


「えぇ!?この一番でっかい白鯨が見えんのかねあの子達は……」


「5年ぶりに親鳥と会うのだから、逸るのも仕方がなかろう。気概は理解できる」



一本向こうの橋の上、金の髪がちかちかと光を返して揺れている。その横にはもう少し大きな人影が、青い髪を風になびかせながらこちらに向かって手を振っていた。



「小鳥遊さん!!すまん!!降りる場所を間違えたーっ!!」


「じいちゃーん!!ごめーん!!」


「早く来んか!」



雄彦が張り上げた声に景気のいい声が返ってくる。2人とも軽々と空を飛べるだろうに、なぜか遠回りをしながら雄彦達の乗る橋目掛けて駆けてくる。この発着場付近は高所故に風が強い、こんな重要な日に怪我をしてはたまらないと事故を避けでもしたのだろうか。



「……やっぱり君がいちばん早かったかぁ、飛べないなんて信じられないよ」



ドンと、低く強い音が虚空を撃つ。青い炎がぐんと上がって、高く高くその身を上げた鳥が、派手な音を立てながら橋のど真ん中にその身を下ろした。



「忘れ物はないかな?」



水色で塗られた黄金郷の壁。はげかけた水色の上に描かれた巨大な鯨と鳥の群れ。ここからならばよく見える。なんなら、見下ろせる。

はるか昔に憧れた高所からの景色も、今の自分には通過点。

ゼニスブルーに淡い翠を孕んだ長い髪が風に揺られて、希望の色に光る緑が、晴れ渡る空を仰いでみせた。














​───────​───────


















「テセウス、オレはな、最初からやめとけって言ったんだ」


「……またその話か、鳶彦さん。私には覚えがないんだ」


「知るかよ。テセウス、お前は俺のもんだ、俺のドールなんだ、そこらのタンパク質共とは違う。黙って話聞いてりゃいい」


「横暴だ」


「言ってろ」



空のアルミ缶が放り投げられる。からんからん、かわいた音が打ちっぱなしのコンクリートの壁にとろけて消えた。

僅かに缶の中に残されていたのだろうコーヒー飲料がどろりと床にシミを作って、テセウスの足元を汚していく。少しくたびれた革靴の先が、ちょんと、浅くて苦い水たまりに触れた。



「……何してるの?」


「クレイル……覗き見は良くないと教わらなかったのか」


「その名前ももう少しでおさらばなんだ、もっといい名前で呼んでよ、お父様と同じ名前がいいの。これだからドールは気が利かないなぁ」


「お前もドールだろ」


「僕は他の子とは違う!!一緒にしないで、お父様の出涸らしのくせに!」



赤い瞳、黒い髪、幼いかんばせが怒りに歪む。ふい、とそっぽを向いて部屋の前を通り過ぎていったその影を、テセウスの眠たげな瞳が僅かに追った。



「私は……私は…………」



鳶彦はテセウスの過去を知っていると言った。クレイル__リュンヌも、“ お父様 ”から話を聞いて知っていると言った。

テセウス本人は、何も知らない。


世界のどこかで息をしているだろう、たった1人の息子の顔も拝めぬままに、名も知らぬままに、この施設の中で死ぬのだろうか。



「………………私は諦めてなんかいないよ、鳶彦さん」



ちかり、ちかり、息も絶え絶えに明滅する蛍光灯の光。

寄った羽虫が、バチリと散った。


















2022/10/15

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Parasite Of Paradise やすだまる @siranui9696

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