第19話 ラフルス3

人差し指をくるくると回し、思考を整理する最中、視線は宙を泳ぐ。


「それで、リダウトの一員であるオレと、あと一人…仕事でいつも一緒にいるやつがいるんだけど…。…あ、リダウトって、二人一組が原則なんだ。任務中はもちろん、自室も相部屋で、殆どの時間は常に行動を共にする、っていう形になってる。まったく、秘密事なんてできないよなぁ」

「…ふふ、けれど、愉快じゃないですか」

「?」

「誰かが隣にいるということは、一人でいるより、とても上等で、替えの利かない大切な刻限ではありませんか?」

「…そう、だな。オレも、そう思うよ」


口に手を添えて笑うファルシアンに、ややあって、ジオンは目を伏せて口許を綻ばせた。


「…それで、この周りにリダウトが建設された理由…魔物の出現が多く見られているってことで、不審感を抱いた国の人が、六人編成の小隊を築いて、その小隊が現地に赴いた…。…って、聞いたけど…オレは始めからはいなかったし、本当に話だけだけど」

「なるほど。ジオンさんは元はリダウトの一員ではなかったということですね?」

「うん。といっても、組織にもいなかった身だったんだけどな、オレ」

「? どういうことですか?国に携わっていないとなると、…雇われ?」

「違う違う。身寄りがいなかったんだよ。…正確には、寄る辺がないから。かな」


ファルシアンが首を傾げる。その様に、ジオンは困ったように眉を下げて微笑む。


「…引き取られた。みたいなもの、…で、いいのかな。オレさ、実は何も知らないんだ。気付いたら、リダウトの内部にいてさーーー」

………………

…………

………


ジオンは、当時の記憶を辿る。

意識が浮上して、気付けば見知らぬ風景。肌に伝わる、ひやりと冷たく、敷き詰められた硬い石垣の感触。初めて視界に飛び込んできたのは、しんとした静かな灰暗い空間だった。煉瓦の壁に、廊下を照らすための松明がぽつぽつと設置されていて、周囲の輪郭を浮き彫りにしてくれている。はあ、と息をひとつ吐いた。細やかな吐息さえも、静寂さにはよく響いて、耳に名残を置いていった。瞬きを一回、二回と繰り返して、ゆっくりと上体を起き上がらせる。ぼうっとした頭では、物事の見聞を図ろうという意思も沸き上がってこない。しばらくジオンは、冷たい床を眺めていた。そうしていたら、ふと、こちらに近付いてくるふたつの足音。カツ、カツと、松明の光によって人影が浮かんでいて、その様子がこちらからはっきりと認識できる。音と共に徐々に伸びてくる長い影。ーーー曲がり角の向こうに、何者かがいる。気配を察知し、何となくジオンはゆらりと立ち上がった。

死角から現れた人物は、何か喋りながら歩いてきていたらしい、声が僅かにこちらまで届いてきていたが、角を曲がった途端に顔を向ける方向を変え、驚きに口をつむいだ。ジオンの姿を認めたからだ。


『…!お前…』


ラセットの髪をした青年が、目角を吊り上げ、足早でジオンに近付いてくる。拳を握り、怒り浸透の面持ちで。


『何者だ、貴様。いったい、どうやってここへ入った』


低い声色で唸る。片手には、硝子のように透き通った大きな槍を握っていた。俯き、沈黙するジオンに、更に青年の瞳は鋭さを増す。距離が縮まっていき、もうすぐジオンの近くまで移動する。…しかし瞬間、


『おい、なんと…ッか?!』


予備動作もなく、ジオンは青年の目前まで踏み込んでいった。腕を凪いで、青年の顔面を一思いに狙う。驚愕した青年は、反射的に上体を仰け反らせ、すんでのところで回避が出来た。はらはらと微小の髪の毛が散る。あとほんの一秒でも反応が遅かったら…といったところだ。青年はそのまま床を蹴って後退し、槍を回転させ、構えた。


『テメェ…、いい度胸じゃねえか!ここを国家認定調査隊のリダウトと知っての狼藉か?!』


がなりを上げて、矛先を対象へと合わせる。


『何事ですか、アレド!』


後ろにいたネイビーの髪をした少年が、走りながら青年の名を叫ぶ。小ぶりのロッドを手にして、ジオンを見た。草臥れた無造作なチョコレート色の髪に、隙間から垣間見える野性的に煌めくアンバーの瞳…。尋常ではないようすの対象に、少年は畏怖した。


『こ、この人は…』

『知らねぇ…覚えにねぇな、こんな奴。小汚ねぇ格好しやがって…、生憎、金目の物でも漁りにきた野党じゃねぇか?残念、ここにはそんな大層なもんはねぇよ』


挑発気味に鼻で笑われるも、それでも尚ジオンは微動だにしない。アレドは舌打ちする。


『おい、喋れっつってんだろうが。この場にいるってことは、何らかの目的があるってこったろ?違うか?じゃなきゃ、いる筈ねぇもんな?』


相手の出方を窺いつつ、語りかける。だが、やはり反応はない。切迫した空気に殺気がない交ぜになって、息苦しくなる程に、そこかしこに漂っている。


『…』


一方ーーーアレドと呼ばれた青年と、斜め後ろに控えている少年がひとつふたつと言葉を交わしている中…ジオンは、決してわざとアレドの行いを無下にしているわけではなかった。実はこの時、ジオンには、まるで言語が分かっていなかった。口を動かし、強弱のついた音をこちらへ投げかけている様しか伝わらない。先ほどの攻撃もそうだった。仕掛けたのは、脳内処理がおぼつかず、故にとった行動だ。

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recur 餅米 @wjpwwjpw

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