第18話 ラフルス2

「いいえ」


ぎこちない様子のジオンに、男性は目を細めて、柔らかく笑う。


「申し遅れました。私(わたくし)はこの宿のオーナー、ファルシアンと申します。…といっても、正式にではなく、仮なのですが」


男性ーーーファルシアンは、丁重に自己の名を証した。


「…ファルシアンさん、宿って…。ここは、どこ?」

「ラフルスです」

「…ラフルス」


ラフルスといえば、つい先刻、ジオン達が情報収集という任務の遂行のため訪れていた町だ。確かあの時は、見掛けなかった人物のはず。建物内にいたなら、扉を叩いたり、呼び掛けはしていなかったのでいたのかもしれないし、入れ違いだったということも有りうる。


「…オレさっき、ここに来てた」

「そうなのですか?」

「…ああ、実はオレさ、リダウトの一員で、任務で初めて踏み行ったんだ」


悠々と声を発する。


「そうでしたか。いい町でしょう?交通機関は発達していませんが、都会の喧騒もこちらまでは届きませんし、慣れてしまえば都です」

「…そう、だな。明るくて、居心地のいいところだなぁって、思ったよ」


ジオンは微笑を浮かべた。


「リダウト、といえば、軍事機関の一環、ですよね。この周辺で、何か問題がありました?」

「魔物が増えているからって。原因を調べるために現地調査を行ってるんだ」

「魔物…」


ファルシアンは怪訝の色を浮かべる。


「魔物といえば…、人に危害を及ぼすとして警戒されている怪物、…ですよね?」

「そう。で、説明によると、魔物は動物が変化したものだって」

「ええ、確かに…話によれば、そうですね。この町は、森の奥深くに位置しています故、動物が多く住み着いている。魔物は、動物から成ったもの。変化はすぐに見受けられる筈…。…」


ファルシアンは、顎に指を起き、瞳を伏せるといった考えあぐねる動きをし、一旦間を開ける。ややあって、視線をジオンに戻した。


「…いませんよ?」

「…へ」

「巷ではそういったものが増えているようですが、ここは平和そのものですからね。危惧の対象など、そうそう現れませんよ」


ーーーファルシアンも、他の住民と同じ意見だった。魔物の姿はおろか、口伝ての噂、存在を匂わせるような事象…。文字通りに、真っ白な状態なのだ。“そんなものはどこにもいない”のだと。どうにも情報が合致しない。かくいう魔物といえば、ジオンが討伐依頼でフォレスタに赴いた折、何度か目の当たりにし、その身で対峙、闘争している。場所だって、ラフルスの隣村であるカウラに繋がるフォレスタだ。確実に実在しているのだと、はっきりと言い切れる。

なのに決定づける明確さがどこにもないのだ。いくら依頼の件を話したところで、恐らく通じない。魔物の討伐も、今までを覆すような沙汰も、カウラで起きた出来事もーーー。まるで訳が分からない。


「だって、すぐそこのフォレスタで魔物が出現しているって言われてたんだ。オレも依頼で、戦ったし…いないってことはない筈だ」

「…もしかして、その創傷も関係しているのですか?」

「いや、これは違うけど…」


…何と説明すればいいのか。ジオンはカウラ住民から、魔物の脅威を受けていると報告されているのを聞いていた。それを頭から否定されたのでは、どうしようもないのだ。


「ラフルスから北に、フォレスタを抜けた先に、カウラって村があるだろ?依頼元はそこなんだけど、ここが一番近い町だから影響はあるって、上の人に言われてた」


ーーーカウラとラフルスは隣町同士だ。似通った空気がある。もしそれが漂うならばラフルスしかない。

カウラに赴いたところで、手掛かりを掴むどころか、事柄の根拠を匂わせる程度の情報もなかった。そこで、隣町である始まりの町に訪れるよう、ルーザーが下した命だ。一抹でもいい、近隣ならば或いは…と。ところが結局、数分かけて町内を回ったものの期待していた見聞は得られず仕舞いで、これ以上時間を掛けても新たな沙汰が耳に入ることはないだろうと、少々遺憾ながらも諦観を決め、リダウトへ帰路を向けるようにした。拍子に、フォレスタに異変が表れていたのだ。清涼でいて、陽光に柔く照らされていた空間…。光を浴びて、青々しさが美しい新緑色に変わっていた植物の葉…。木々の根を縫うように流れ、葉の緑を鮮明に写して半透明な黄緑色になっていた、澄んでいる冷たそうな川…。それが何ということだろう、たった一数刻という僅かな間に一変し、ほの暗い薄気味悪い森へと変化していたのだ。木々の隙間は奥が見えないほどの暗闇に、植物は黒に染められ、川はただ窪みに窺えた。その光景はまさしく異様。それから先の事象は、説明するのはまず置いておこう。ジオンは、フォレスタにいた魔物について、自分が知り得ている限りの沙汰を初めから話そうと思った。依頼内容の、魔物の増減についてだ。この件はジオン自身も触れているので、説明がしやすい。


「オレが遇った魔物といえば、大きくて硬い甲羅みたいなのが額に付いてて、尻尾が長い四足歩行のやつなんだけどさ。他にも黒い鳥、ハニー色の…えっと、中型の胴が長い二足歩行の動物の形をしたやつかな。まあそんなのが、フォレスタにいたんだよ。で、そいつらが増えてきて、村人を襲ってるっていうことだから、退治してくれって依頼がきたんだ」

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