ふさふさ声劇集

藤滝莉多

「人魚の試練(ナンパ)」

女2人、男1人

時間 7分

ファンタジー、コメディ


ルシー♀……可愛いけどナンパが下手な、少し男勝りな性格をした人魚。

セレス♀……優しくてきれいな毒舌人魚。ボケなのかツッコミなのか分からない。

男♂……ただの危ない奴。モテたい。






セレス「ルシー、分かってると思うけど……」


ルシー「……」


セレス「年頃になった人魚は皆、一度は人間の男を誘惑して海に引きずり込むことに成功しなくてはならない。そうしてやっと一人前の人魚として、皆に認められるのよ」


ルシー「分かってる……」


セレス「でもあなたは、一度もそれに成功したことがないわよね」


ルシー「分かってるってば……」


セレス「それがどんなに人魚としてまずいことか……言われなくても分かるでしょう? そもそもあなたは人間の男と目を合わせるだけで『すみ、すみ、すみ、すみ、ません』ってDJがパフォーマンスでもしてるのかってくらいどもる、緊張のしすぎで笑顔は『馬 笑顔』で検索した画像ばりにすごいことになる、人間を誘う歌声は引きつり過ぎていてわざとやってるのかって殴りたくなるような音程の外し具合になる……」


ルシー「分かったっつってんだろ!」


セレス「ほらまたそんな乱暴な言葉遣いして!」


ルシー「うっさいわ! あたしだってさあ、頑張ってるんだよ! でも誘惑なんてほんと苦手だし、モリ持って魚を狩ってる方がよっぽど性に合ってるの!」


セレス「もう……あなたせっかく可愛いのにもったいない……」


ルシー「え? か、可愛い? ど、どういう」


セレス「ハッ! しっ……!」


ルシー「えっ、何?」


セレス「向こうから人間が来るわ!」


男「ふんふふ〜ん♪僕は黒い髪をなびかせた〜、ちょっと軽そうな美少年〜♪」


セレス「丁度いいカモね……。いい? まずは歌で魅せて、そしたら笑顔で話しかけるの! でもナンパは軽さが命! あくまでも軽いノリよ、ノリ! はい、いってらっしゃい!」


ルシー「え? あの歌には突っ込まない感じ? って、ムリだってムリムリムリムリ! ま、まだあたし、心の準備が……!」


セレス「ほら早く! 3、2、1、アクト!」



【間】



男「あ〜あ、たくさんの可愛い女の子に一気に一目惚れされて、もう毎日言い寄られて困っちゃう☆みたいな生活がしたいな〜。……ん? 何か聞こえるぞ?」


ルシー「水の中で〜♪あなたを待った〜♪水辺に咲く花の〜♪」


セレス(頑張ってルシー……! 音階がもうお経みたいだけどきっといけるわ……!)


男「あんなところに……女の子?」


ルシー「……(微笑む)」


セレス(ああっ! ルシー、あなた頑張って笑顔作ってるけれど、すごく馬面よ! なぁに!? その歯茎の露出度!)


男「えっと……どうも……。」


ルシー「……へ、へいお兄ちゃん。あたしと、ちょっと遊んでいかない? 他にも可愛い女の子たくさんいるよ? あー、怪しくないから大丈夫大丈夫……」


セレス(ああルシー! あなたそれただのキャッチよ!? 『軽い』を色々間違えてるわ!)


男「……」


ルシー(どうしよう……! やっぱあたしにはムリだよ! だってもうあっち絶句しちゃってるし! いつもみたいにゴミを見るような目で見られるんだ……!)


男「かわいい」


ルシー「あぇ?」


セレス「あら?」


男「神よ!」


セレス(膝をついて空を仰ぎ見始めたわ……!)


男「逆ナンと巡り会わせてくれるとは、感謝します! それもこんな可愛い女の子と! 生まれてこのかた17年、女の子に告白したらビンタされ、話しかけたら汚物でも見るような目で見られ、歩けば害虫のごとく嫌がられた、哀れな僕に救いの手を差し伸べてくださったのですね! 僕、この子と幸せになります!」


セレス(この人間、思った以上に不憫だわ! ああでもルシー、良かったわね! 人間を誘うのはね、社会の底辺あたりを狙うと楽なのよ! さあ、近付いて来たあたりで海に引きずり込みなさい! 今晩は人間の肉料理よ!)


男「君、名前は!」


ルシー「ル、ルシー……」


男「可愛い名前だね……! 出会えて良かった! 僕は君にもうメロメロだよ! 結婚しよう!」


ルシー「め、メロメロ……?」


男「そう!」


ルシー「……」


セレス(ちょっとルシー! 人間がすぐそばまで来てるわよ! 早く海の中に引きずり込みなさい! ……ああもうっ!)


セレス「ルシー!」


ルシー「はっ!」


男「はっ! また別の美女が泳いできた!」


ルシー「セレス……」


セレス「あなた、何をやっているの? ほら、早く……。」


ルシー「……あたし、この人と幸せになる……」


セレス「はい?」


ルシー「だって……この人、初めてあたしにメロメロになってくれた人で……もう、こんな人ときっと二度と出会えない……!」


セレス「……ルシー、落ち着いて。確かにあなたは今まで人間を虜にすることはできなかった。そして色んな意味でこういう人間とはきっとなかなかこの先出会えないでしょう。」


ルシー「そうだよ……だからあたし……この人と結婚する……!」


セレス「オーケー。あなたは今ね、舞い上がってしまっているの正気じゃないの。」


ルシー「愛されることがこんなにも幸福だなんて……あたしの王子様……」


セレス「一体あなたにはこの人間が何に見えているの? こいつはただのかなり痛くて危ない男よ?」


ルシー「いいや、黒い髪をなびかせた、ちょっと軽そうな美少年だよ!」


男「そう、僕は黒い髪をなびかせた、ちょっと軽そうな美少年!」


セレス「黙りなさい殺すわよ」


ルシー「あのさ……また会えるかな……」


男「もちろん……。それどころか君のためなら、ここに家を作って暮らしちゃう」


ルシー「……! 嬉しい……!」


セレス「ダメだわ、この子、ここまで頭がお花畑だと思わなかった」


男「うふふふふ……」


ルシー「あはははは……」


セレス この人間は私が後で殺しておこう。私は喜び合う二人を見てそう決心した。友人の目を覚まさせるために。そして何よりも、この不快な絵面がこれ以上続かないようにするためにも……。



〜fin〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふさふさ声劇集 藤滝莉多 @snow_bell

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ