第2話 泡沫の夢


暖かな日差し、爽やかなそよ風を肌に感じる。草木や花の匂いがする。


なんだろう。とても懐かしい。


1度も味わったことのない筈のその感覚を不思議に思いながら薄く目を開けるとそこには眩しい程に豊かな緑が広がっていた。芝生の上に寝転がっているらしい。

無彩色がメインのガルバの表層とは対照的にこの世界は、色に溢れていた。底抜けの空の青いキャンバスに、子供が無造作に千切って投げたような綿雲が浮かんでいる。近くのミモザの花の眩い黄色と鳥の羽に似た葉の銀色がかった美しい緑は風を受け混ざり合い、揺れていた。


「…なさい…。起きなさい…エレン…。」

女性の声が聞こえる。優しく諭すような響きは耳に心地よかった。

「誰…?」

声は掠れて息が僅かに漏れ出ただけだったがそこで初めてエレンは誰かが居ることに気付いた。声の主の腿に頭を預けている格好らしいと分かったエレンは狼狽え、すぐに起き上がろうとしたが身体が動かなかった。逆光で顔はよく見えない。どうやら長髪の黒髪で、つばの広い帽子をかぶっているらしかった。藍色の上衣にペンダントが揺れている。


ここが全くどこなのか見当も付かず、最初は当惑していたが死後の世界とはこういうものなのかと変に得心が行っていた。


「起きなさい、エレン…。起きなさい…。」

優しい響きは外耳から鼓膜を通って聞こえるものではなく、自分の身体の中から

響いているような感覚があった。

「嫌…だ…。」

エレンは初めて見るその世界を、自分を包み込む優しい空間を痛く気に入っていた。ここが死後の世界なら死んだって良い。このまま何時までもこうして居たい。という強い願いが普段柔和なエレンの性状を頑なにしていた。


刹那、木々の樹幹を切り裂くような一陣の突風が吹き抜け、花々を散らした。

ついさっきまで青々としていた空は嘘のように大荒れの様相で殴りつけるような雨が降り出した。大地はひび割れ、轟音と共に塵の山がせり上がっている。青々とした草花は見る見るうちに枯れ、朽ち果てていく。遂に自分と女性の周囲のみを残して世界は灰色へ包まれ、まるで潮が満ちていく海に島が沈んでいくようにエレンたちをも飲み込もうとしていた。


「そんな…どうして…。」

自分が望む世界がただ破壊され、蹂躙されていく様をただ見るしかなかったエレンは

自分の無力さに覚えず涙を零した。


「エレン…生きて…。」

眩しかった陽光は無くなり顔が顕わになる。

端整な顔立ちの女性だった。双眸は深い紺碧色で凪いだ海の水面のようにエレンを映している。


「母…さん…?」


言うが早いか、灰色の世界が二人を包み込み意識が途絶えた―――。





「カハッ…!」

スプリングがいくつか飛び出したマットレスの上に背中から叩きつけられたエレンは、衝撃で肺の中の空気が全て外に絞り出されたように感じた。落ちたところがこの上でなければ、死んでしまっていたかもしれない。気を失ってから永遠に時が流れたような心地だったが周りを見ると実際には一瞬の出来事のようだったことが分かった。


背後の奥の方で墜落した輸送船が轟轟と炎が燃え盛っている光がスクラップの表層に反射して映っている。

東から迫っていた嵐は既に到達し、激しい風と豪雨がガルバを包んでいた。


「大分落とされた…。みんなのところへ急がなきゃ!」

一気に現実へと引き戻されたエレンはガルバの人々のことを案じ、マットレスから飛び上がった。今先ほど見ていた白昼夢なのか、走馬燈なのか分からないその経験は、既にエレンの意識から消え去っていた―。

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チェイン・ソウル @fujioka_okafuji

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