第2話 駐輪場で500万拾った。2
俺はいつもの黒いパーカーに、少しダボついたGパンを着て仕事へ行く準備をした。
髪が少し伸びてきて前髪が眼鏡にかかる。
「はあ、髪きりて…。」
洗面台の鏡をみて、朝から重ためのため息ひとつ。
そういえば髭も剃ってない、けど、まあ誰に気づかれるでも見られるでもない。
俺は茶色いボディバッグを背負って、玄関を出た。
「あ…っと!やば、餌忘れてんじゃん!」
鍵を閉める前で良かった。
玄関扉を開けて、靴を脱ぎリビングに向かうと、
「なーん」と一声鳴いたうちの愛猫、アメリカンショートヘアのアルが、忘れてんじゃねーよと言わんばかりに俺の足にすり寄ってきた。
「ごめんごめん、俺が準備してるときに鳴いてくれよ。」
アルの頭を撫でて、ご飯入れにカリカリをこんもり入れた。
「んじゃ、今日も行ってきます。」
アルはご飯に夢中でこっちを向かなかったが、
確かに俺はいってらっしゃいの声を聴いたと思う。
—―――――思うだけ自由だし。
再度靴を履いて玄関を出た。
スマホを確認すると、いつも出る時間より少し遅れを取っていた。
少し焦って自転車の鍵を落とした。
「あーもう。」
素早く自転車の鍵を開け、いつもの道に出た。今日は追い風だ。
髪の毛がボサボサになろうと関係ないし、今日は遅れを取っている。
なら立ち漕ぎだろう。
急いで自転車を漕いだ。ボディバッグが大きく左右に揺れる。
いつも入るコンビニを過ぎた当たりで、腕時計を確認した。
「…15分も遅れてんじゃん…。」
今日はコンビニに寄れそうにないな。
毎日のデスクワークが祟ったのか、疲れやすくてだめだな。
すぐに息切れする。
これからは一時間に一回でも、背伸びとか…しないな、しないわ。
「はーっと着いた!」
思わず口に出してしまった言葉は誰も聞いちゃいない。
いつも自転車を停める駐輪場に到着した。
ここでもう既にいつもの20分遅れ。
仕事開始時間まで後15分しかないのに、この駐輪場から会社までは地下鉄に乗らなければならない。さらに地下鉄は到着駅まで20分かかる。
「詰んだ。」
俺は少し汗ばんだ手でズボンのポケットからスマホを取り出し、
会社に電話を掛けた。
息切れが落ち着くまで…、せめて3コール目で電話を取ってくれ。
そう思いながら、スマホを肩と頬の間に挟み、
両手で自転車を押して、駐輪スペースを探していた。
いつもの駐輪スペースは、遅く到着したせいか埋まっていた。
少し奥まった場所にしか、この時間は空いていないようだ。
仕方ないけど、空いてないよりはマシだな。
自転車を押して、駐輪場角の一番奥まった場所に一角空いているスペースを見つけた。
ここに停めようと、自転車の前輪を入れた時 俺はあるものが目に入った。
「なんだこれ、きったね。」
今から俺が停めようとしているスペースに、黒い薄汚いリュックが置かれている。
いけ好かないチャラチャラした大学生が、
混んでいる地下鉄で意地でも床に下さず背負っていそうな大きめのリュック。
キーホルダーや定期入れも何も付いていない。
「んだよこれ邪魔だな…。」
駐輪場をぐるっと見渡してみても、
このスペース以外に空いている箇所がぱっと目に入ってこない。
肩に挟んでいるスマホが少しずれ落ちてきた。まだコールは続いているままだ。
一旦このリュックどかすか。
そう思い自転車を一旦停め、肩に挟んでいたスマホを片手に持った。
リュックに手をかけた。
ーー重い。
なんだこの重さ。
驚いて俺はリュックから手を離しそうになったが、
会社に遅れているという自責の念からか、すぐにリュックを腰の高さまで持った。
「何これ…めっちゃ重い…。」
汚いし重いし、何これ最悪じゃん。
一旦リュックを置こうとした時。
「もしもしお待たせしております。」と電話口から女性の声が聞こえた。
あっ、と思った時には既に遅く、俺はリュックを乱雑に落としてしまった。
どすん、という鈍い音と共に、紙の散らばる音。
「…あ、一万円だ。」
「え?」
電話口からきょとんとした女性の声。
地面にばら撒かれた、何枚かの紙。
―――――――間違いない、一万円札だ。
駐輪場で500万拾った。 アル @aru_yori
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