セブンスター


「朝ごはんどうしよっか」


 私とケイちゃんは第四金曜日の夜、横浜のホテルに泊まる。


 それ以外の日、彼が何をして過ごしているかはあまりよく知らない。知っているのは、半年前に付き合った彼女とまだ続いていることと、アメスピが好きだということ。ただ、月末が近づくとLINEがきて、どこのホテルにするかを決める。結局は彼が決めて予約までしておいてくれるので、送られてきた住所を確認して、仕事終わりに私はお酒を買って指定された部屋のチャイムをならす。


「そういえば結婚決まった」


 ケイちゃんは中卒だ。高校を中退して19歳まで鳶職やってたケイちゃん。今は、去年離婚した母親に仕送りするため、介護の仕事についている。


 そんな家族想いのケイちゃんが、結婚するらしい。


 こんな風に会うのも最後かなと、ケイちゃんに抱かれながら考えていた。最後だと思うと、突然全てが愛おしく思えてくる。鳶職時代の名残かケイちゃんは分厚い。筋肉質というか、分厚い。背中が広いし、優しい顔のわりに腕が太い。彼の腕の中にいると、自分がまるで父親に抱かれる小さな子供のようの思えてきてぐっすり眠れるのだった。 


「ケイちゃん、吸う?」


 セックスの後は二人でたばこを吸う。ケイちゃんがアメスピが好きだというから、私も最近はアメスピにしていた。どちらかが切らしていても大丈夫なように、大体のものはお揃いにしていた。


 本当はセブンスターが好きなんだった、私。コンビニでセブンスターを買いながら、ななみは原田くんのことを思い出していた。


 セッターを吸ってたヘビースモーカーの原田くん。私より一個下で、カメラを向けるとすぐ変顔をしていた原田くん。ちょっとだけ好きだったけど、キスもしかけたけど、3回デートしてそれっきりな原田くん。

 

 そもそも私がたばこをこんなに吸うようになったのは、原田くんが吸っていたからだ。


 たばこ嫌い?大丈夫?

 全然平気。だって私も吸うもん。

 へー、意外。俺、タバコ吸う女の人好きだなぁ。


 1回目のデートの帰り道、コンビニでタバコを買ってみた。そのまま喫煙所で吸ってみたけど、7ミリなんて初心者に吸えるわけもなく、ただただ苦い味だけが残った。


 原田くんはバイト先の後輩だ。特に何かあったわけではない。もう連絡しなくなって4年が経つ。出会ったのは大学一年の時だから、もうさすがに彼女いるかな。彼の顔を思い出そうとしてみたけど、ぼんやりとしか浮かんでこないことにななみは少し寂しさを覚えた。


 一度だけ手を繋いだことがある。3回目のデートは花火大会だった。浮かれた私は浴衣なんか着ちゃって、本州の夏の暑さにまんまとやられてしまっていた。帰り道、帰りたくなくて少しゆっくり歩いてみる。


「ななさん、終電逃しちゃうよ」

 逃したいんですよ、原田くん。


 そんなことを言えるわけもなく下を向いて歩いていると、原田くんがそっと手を握った。何も言わず、駅まで歩いた。途中、少し原田くんからタバコの匂いがして、このまま時間が止まっちゃえばいいのにとななみは思った。


 原田くんと会ったのはそれっきりで、連絡すらとっていない。彼のSNSが更新されるたびちょっと会いたいなって思うけど、臆病なななみにそんな勇気があるわけもなく、気づけばあの花火から4年が経っていた。

 

 セックスの後のタバコは効く。満たされた体とは裏腹に少しだけ寂しくなる心によく効くのだ。何やってんだろ、私。ケイちゃんと私は高校の同級生だから、もうかれこれ出会って10年だ。10年の歴史を軽々と超えていった名前も知らない彼女さん。私には到底できないなと、なんとなくななみは思った。


 子供ができたらしいんだ。

 ふーん、おめでとう。

 うん、ありがとう。

 タバコ、やめなね。

 だね。お前も、そろそろやめとけよ。

 私はまだ子供産む気ないけどね。

 ケイちゃんならいい父親になれるよ、絶対。大丈夫。


 どうやら私はひとつひとつの恋を長引かせては、拗らせてしまうらしい。好きだという気持ちを伝えず、腐らせてしまうのだ。腐ってしまった気持ちは人の判断を雲らす。ケイちゃんは居心地が良すぎた。私の腐ってる部分まで受け止めてくれていた。今までもケイちゃんには何人か彼女がいたのに、ケイちゃんはいつもなぜか自分からフってしまうのだった。ごめんね、ケイちゃん。ありがとうね。


 原田くんに手紙を書こう。それから、しばらく日本を離れよう。ここは居心地が良すぎるんだ。このままじゃダメだ。そうだ、アラスカへ行こう。翻訳の仕事はリモートでできるし、尊敬する星野道夫の生きた世界を見てみよう。家具は売ればいいし、背の高さまで積まれた本たちは、とりあえず実家に送っちゃえばいいんだ。アラスカに行って、そこでこれからのことは考えればいい。貯金もあるし、大丈夫。私は一人でも大丈夫。


 しばらくすると寝息が聞こえてきたので、ケイちゃんの背中に手を回してみた。少し汗ばむ背中におでこをくっつけてみる。ななみはその夜、背中に羽が生えて、知らない土地の草原の上を悠々と飛んで行く夢を見た。


 もうすぐ梅雨が明けるらしい。



『原田くんへ


突然の手紙に驚いてるよね、ごめんね。ななみです。



関東もそろそろ梅雨が明けるみたいです。上京してもう随分経つけれど、いまだに本州の夏には慣れずにいます。そちらはおかわりありませんか?



どうも私は、一つ一つの恋を長引かせて腐らせてしまうので、これ以上こじらせる前に手紙を書くことにしました。


話し方も、距離感の取り方も、運転の仕方も、素敵な友達に囲まれているところも、夢に向かって頑張っているところも全部好きでした。



一方的に気持ちを投げつける形になってしまって、ごめんなさい。


私は今月、アラスカに引っ越します。英語はできるし、お金もあるし、当面の生活はなんとかなりそうです。時々、連絡してもいいですか?


今年の夏は例年より暑くなるそうです。熱中症に気をつけて、お元気で。

                                  



ななみ』






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日曜日 町田海 @_chiaiai

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