3月9日の卒業式

不二宮ハヤト

一話完結 義務教育の終了


 ─────いつもより遅い起床。



 遅いが、急ぐ素振りはなくいつも通りの朝食をとる。


 いつもは、体操服の上に制服を着るが、着ることがあまりない、カッターシャツを着てから学ランを着る。



 一通り終わると次は、時計を見つめてジッとする。



 何もない時間。時計の針の音がカチッカチッとリズムを打つ。



 カバンに何か詰める気配もない。



 そして、何かを思い出して、携帯を手にとってLINEを起動する。


 グループトーク画面を開いて


『今日なんかいるっけー?』


『いらんと思うけど、なんか渡されるらしいから手提げ持っていくよー』


『浩介、昨日の先生の話聞いとけよ(笑)』


『うるせぇよwww』


 フッと鼻で笑う。


 不意に、時計をみた。


 ”8:07”


 ヤベッ時間だ。


『俺もう出るわ、学校でなー』


『『『いてらー』』』


『こーすけーー』


『ん、なに?』


『泣くなよ?(笑)』


『お前もな!wwwwww』


 携帯の電源を落とす。


「母さんいってきまーす。あ、あと、カバンの中俺の携帯入れとくから持ってきてなー」


 母は、手を振って応える。


 ガラガラガラ────


「うぅわ、さっぶぅ!」


 いつもは、制服の上にまた着るのだが、今日は着ていない。


「おっはよー。健太ー」


「おー、きたきた。さっさと行かないと、集合時間に遅れるぞぉ」


 物心ついたときからの親友。田口健太だ。家が近いことから、親同士も仲が良い。


「へいへい……あ!傘持ってくんの忘れた!」


「今日雨振るかもだからもってこいよ。あと、なんで手提げ(笑)」


「今日なんかもらうから持ってきてんだよ」


「いらんだろ(笑)」


「へっ!言ってろっての!!」


 傘を取りに家へ駆け戻る。


「ん…はぁ、はぁ……」


「遅いから走るぞ。浩介」


「え、ちょ、ま、まってぇー」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 集合場所の駄菓子屋の前に着いた。


「あ、きたー!おそーい、もう」


「すまんすまん、浩介がここにくるまでに号泣したからさ」


「おい、健太!俺泣いてねえよ!?なにいってんの!」


 そこには、小学校から友達のお馴染みの面が揃っていた。


「……よし、全員そろったな。じゃあ、行くか」


「「「オー」」」


 はっきりいって、自宅から学校までかなり遠い。自転車ではそこまで時間はかからないが、歩きになると、少なくとも50分はかかる。


 だが、この日は全員歩きで行く。


「あ!そういえばさ、ここで浩介がさぁ。──────」


「ああぁ!!そんなことあったね!アハハハッ」


「何でそんなこと覚えてんだよぉ」


 普段登校中、しっかりと見たことがない道を通ると、懐かしい記憶がよみがえっていく。


「真、お前小学校の時と身長変わってねえんじゃね?(笑)」


「う、うるせー!牛乳毎日飲んでんだよ!」


 小学生かよ(笑)


「そういえば、浩介。みんなと歩いてるけど、いいの?恵美ちゃんと来なくて、彼女なんでしょ?」


「向こうも小学校の時からの友達と行くんだってさ」


「ちっ、リア充め、枕元に爆弾おいてやる」


「おい、健太。今凄い怖いこと言わなかったか?」


 少年少女達は笑い進む。


 一歩一歩が懐かしく感じる。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 あ、学校が見えてきた。あっという間に着いたなーーー


 先生いっぱい立ってんな。いそがしそー。


 卒業式会場である、体育館の入り口には”卒業証書授与式”の看板が貼り付けてある。


 卒業かぁ。よくわかんねぇな。


 俺達は、教室に入る。


 そこには、いつもの面子が揃っていた。


「おー、みんなおはよー」


「こーすけ、けんた来た!」


 教室の雰囲気は変わらないが、変わっていた物があった。


 前の黒板には、担任からのメッセージが書いてあった。


”みなさん、卒業おめでとう。みんなとは、3年間共に生活してきて、とても名残惜しいです。ですが、これだけ。義務教育の9年間が終わります。不安でも己自身に打ち勝つ心をつけて下さい。人の気持ちを考えられる人になって下さい。人に慈悲を与えられる人になって下さい。みなさんとの生活は、私の宝物です。卒業おめでとう!”


 など、言葉がつづられていた。


 後ろの黒板には、リボンで飾り付けされて、リボンの囲いの中に、”卒業おめでとう”と書かれていた。


「こーすけ、手提げ持ってきてるし、いらないだろ(笑)」


「え、は?だってグループで手提げ持っていくって言ったじゃん」


「持っていくって言ったの、お前と恵美だけだろ(笑)カップル揃って……イヤらしい」


「おい、なんでそうなる!!ハメやがったなー!」


「「「アハハハッ」」」


「まあ、大丈夫大丈夫」


「恵美ぃーー」


 先生が教室に入ってくる。


「──はい、入場するから、廊下並んでー」


 全員が動き出す。


 緊張する人もいれば、泣く泣かないの話をしている人もいる。休み時間になればいつもうるさい廊下も、今は少し静まり返っていた。


「恵美。緊張してんの?(笑)」


「あ、当たり前じゃん。私泣くかも、浩ちゃんの泣き顔超気になる(笑)」


「泣かないしー」


「こらー、そこのリア充、イチャコラすらなぁ!!」


「「あ、ごめん……………ププッ」」 



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「卒業生、入場」


 フゥッ────


 体育館の中は緑のカーペットで真ん中には卒業生が歩く、レッドカーペットが敷かれている。


 人多いな、恥ずかしい。どこ見たらいいかわかんないし。在校生と距離近くね?


 目はきょろきょろと泳ぎ、在校生との距離は歩いている手を少し伸ばせば、届くぐらいだ。


 整列して、礼をする。


 何の花かは分からんが、白、赤、青紫、桃色の花が飾られている。


 俺達の担任が教壇に立つ。


「平成◯◯年度3月9日 卒業証書授与される者 一組 安藤 健」


「はい!」


 呼名が始まる。


安藤 健

 部活が同じで、よくテニスをして遊んでいた。イケメンで優しいのだが、下ネタが好きだったな。


「飯田 俊介」


「うい!」


飯田 俊介

 クラスで一番背が高い。バスケ部のキャプテンで、俺とはよくアニメの話で盛り上がっていたな。


「────茅野 恵美」


「は↑ぁい!」


「フフッwww」


 裏がえってやんのwww


茅野 恵美

 3年間同じクラスで、よくイジってたっけ。女子の中でも、小柄なのでイジるととてもかわいい反応をする。今では、俺の彼女だ。高校は別々だ。恵美は市外の女子校に行くため、会いづらくなってしまう。


 あとで、イジメてやろw


 いつも強面で、厳つい校長先生もスーツを着ている。目が酷く優しい。


「気温は暖かくなり、満開に咲く桜に、春の訪れを感じるこの日に、───────」


 校長先生のスピーチは、15分程だった。


「───ぁ」


 礼をしなくていいところで、間違えて頭下げてもた!!恥ずかし!!


 席に座ると隣の奴から肘で突かれた。


 それから、来賓紹介など続き、卒業式は終盤に差し掛かった。


「式歌『旅立ちの日に』『変わらないもの』」


「───白い光の中に、────」


 明らかに練習の時より、声が小さかった。


 横目で確認すると。上を見上げている人。目元を触っている人。今までは、気にならなかった鼻をすする音が大きくなっている。


 あぁ、卒業かぁ。

 卒業すると、みんなには会えなくなるのかな。もしかしたら、一生会わない人もいるかもしれない。


 そんなの、寂しいよ。


「今、わか、れのと、きぃ」


 声が上手く出ない。視界が歪む。みんなを思うと心がグッとくる。




「これにて、卒業証書授与式を───」


 卒業式も終わった。


「卒業生が退場します。大きな拍手で迎えて下さい」


 担任の先生からの合図で立ち上がる。


 先生目元力入れてる、我慢してんだな。


 不意に見せる、歪んだ顔に、俺の心も打たれる。


 パチッパチッパチッ


 とても大きな拍手だった、隣で歩いている女子は目元を張らせて、目も真っ赤だった。


「!……ププッw」


 退場中、後輩が俺を見かけると変顔をしてきて耐えきれずに、笑い声が出てきた。


 退場が終わると、担任の先生との最後の話だ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「はい、あぁ。………ヤバい、泣きそう」


「「「アハハハッ」」」


 先生が、泣き出した。言いたいことは沢山あっただろうが、まだ一言もしゃべれていない。


 先生はいつも活発で、女性とは思えないような強い先生だった。ほかの先生とは、言うことも違うし、怒られるときはよくビンタされたものだ。


 数分後、先生は何とか立て直し。深呼吸をしてから、震えた声で言った。


「もう、言うことも全部忘れてもたけど」


「「「フフフ」」」


「前に書いてある通りな。優しい人になってください。人のために動ける人になって下さい。目の前のことに躓いたら、頼られる人になって下さい。困ったときは、私に連絡してな。相談相手ぐらいにはなるから」


 グスッ


 先生のスピーチで、また泣き出した人が数人いた。その後、クラス一同から先生に花束と一人一人のメッセージが書かれた色紙をプレゼントした。


「……はい、移動しよか」


 この後は、花道だ。在校生で作られた道を通る。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 並び方は自由でいいよな。


 と、思ったときには、既に隣に恵美が来ていた。


「目元真っ赤っか。泣きすぎだろ」


「こーすけも、泣いてるやんかー(泣)」


 歩き始めた。道中後輩達は、握手を求めたり、ハグをした。ちなみに、変顔の後輩には名札をあげた。


「在校生は体育館に戻って下さーい。卒業生は写真撮ってくださーい」


 先生の声が響く。


「恵美。ちょっと待っといて」


 俺は母さんのところに走ってから、カバンの中の携帯を取りだした。


「恵美ー。撮ろうー」


「うん!」


 俺と恵美は、自撮りで撮ろうとするが上手くいかない。


「恵美ー。私がとってあげる。フフッ」


「あ、お母さんありがとうー」


 恵美のお母さんが撮ってくれるそうだ。


「2人ともー、もっと寄ってー。というか、肩組んじゃって(笑)」


 絶対わざとだ、この人。なんか、後ろの方でお母さん方が俺達見て、キャッキャしてるし。


 結局、肩を組んで写真を撮った。


「恵美。卒業してもLINEするし、会いに行くからな」


「!……うん!!」


「あらやだ、こんな所でー。結婚しちゃう?しちゃいましょう!」


「する気満々ですよ(笑)」


「キャーッかっこいいこと言うじゃないの!」


 と、恵美ママと少し話してから、いつ間にか写真ラッシュで出来ていた人混みの中に入る。


「あ!こーすけ撮ろーぜ!」


「オーケー」


「はい、ズーム」


「おい、ズームすんなよwお前しか映ってねえじゃんwww」


 卒業式でもフザケてんなこいつらwww


「すけー。…こーすけー!!」


「おい、浩介。お前のクラス全員集まってんぞ」


「えっ!?マジ!!」


 別のクラスの奴に案内されるとそこには、俺以外揃ったクラスメートが並んでいた。


「おい、こーすけ!おせーし!」


「ごっめーん!」


 俺は苦笑いしながら並ぶ。前列なので、しゃがんで写真を撮る。頭をコツンッと叩いてきて、振り向くと恵美がいた。


「遅かったじゃん」


「恵美で妄想してたからな」


「キモイし(笑)」



「はい、撮りまーす。誰か掛け声してー」


 全員が即、こーすけ!ということにした。


「1+1はー?」


「「「ニーー!」」」


「もう一枚撮るよー」


「5-5はー?」


「「「ニーー!」」」


「いや、違うだろ(笑)」


 ほんとそれな(笑)ナイスつっこみ。すると、ひとりのお母さんがこんな提案をしてきた。


「みんなもっと、ギューッと寄って!」


「もっと寄れってよ」


 全員が密集するが「もっともっと」と言われた。すると


「ん、あぁ、恵美か」


「ニヒヒ。もっと寄らなきゃいけないでしょ?(笑)」


 を口実に、後ろにいた恵美は、俺の頭に乗っかかる態勢になっていた。全体から見れば、みんなちゃんと並んでいるが、一組だけ不自然な画になっていた。周りからは「オーーー」と言う声が聞こえた。


「はい、チーズ!」


「イエーイ!」


 みんな笑顔をカメラに向ける。保護者の方々はシャッター音のラッシュ。恵美ママは俺と恵美にカメラを向けているような気がしたが……。


「はい、オッケー。ありがとうございましたー」


「よっしゃ、一緒に撮ろうぜー」

「わかったー」


 みんな各自解散し、自分たちの写真を撮る。


「なぁ、恵美。もう終わってんだけど」


「!…あ、ごめん(汗)」


 クラス写真をもう撮ったのにも関わらず、恵美は頭から退こうとしなかった。いいのだけど、いいんだけど、恥ずかしい。


「キャーッいいわぁ!いい!」


 恵美ママはそんな俺達を撮りまくる。連写しすぎだろこの人。


 撮れた写真を見せてもらった。


 うわっ恥ずかしい。


 胡座をかいた俺の首に手を回して、顎を頭の上に乗せている、恵美と俺の写真はとても見るに耐えない恥ずかしさだった。


「すいません、お母さん。その写真、後で下さい」


「いいわよぉー!ウフフッ」


 そんなこんなで、いろんな人と写真を撮った。


「こーすけー、自撮りできないから撮ってくんね?」


「あ、いいよ。いくよー、ハイ、チーズ」


 パシャ


「どれどれ……ってお前自撮りじゃん!お前の写真なんていらねえよ!(笑)」


「だって撮ってって言ったじゃんwww」


「そういう意味じゃねえよ(笑)はい、仕切り直し」


「いくよー、ハイチーズ」


 パシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャっ


「撮りすぎだバカ!(笑)」


「ごめんな、写真撮るの苦手なんだぁ」


「うそつけ!まぁ、いいわ。ありがとな」


「へーい」


 もう、こんな風に同じメンツでバカすんのも最後なのかな。あぁ、なんかグッとくるわぁ。


 パシャッ


「えへへぇ、こーすけの半泣きゲットー♪」


「おい、消せよー(泣)」


 タイミングの悪いところで恵美に見つかっちまった。


『写真撮る時間、終了でーす。気をつけて帰って下さいー』


「終わりか……恵美、春休み遊ぼうな」


「うん、じゃあ愛ちゃんと話してから帰るね。バイバイ」


「ん、バイバイ」


 人混みでがやがやしていた集団も次第に減り、親子がぞろぞろと駐車場の方へと向かっていく。


「じゃあなぁ、こーすけー。高校でも頑張れよー」


「お前もなぁ。じゃあなあ」


 道中、俺を見かけては一声かけてくれる。


 あいつは、一年のころからテニスして遊んだなー。


 あいつは、誕生日の時にみんなに誕生日プレゼント渡されて、号泣してたっけ。


 あいつとは、喧嘩しまくって、仲直りして、喧嘩しての繰り返しだったな。



 嬉しいことも、悲しいことも今となってはいい”思い出”。


 校舎をジッと見つめる。登校してきて、いつものように迎えてくれる校舎だが、これを見るのも最後。今は、送り出してくれている気がする。


「ああ!もう!母さん俺歩いて帰るわ。先帰ってて」


 母さんは無言で頷き、車に乗って帰って行った。


「……じゃ、帰るか。………ありがとうございました。いってきます。」








─────その日は、ハンカチと顔がぐしゃぐしゃになった。


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