怪盗フェンナル
斎藤さくら
第1話
紀元前より伝わる伝説の秘宝「ヴェアトリクスの女神」
それは黄金の女神が持つ黒と白のダイヤモンド。
白いダイヤは光の力を司り、黒いダイヤは闇の力を司る。
闇のダイヤに触れたものには呪いがかかり、黒い龍の形をしたあざが絡みつく。
そのアザは時間ともに全身へと広がり、最後には命を奪うという。
助ける方法はただ1つ対になる白いダイヤこと光のダイヤで呪いを打ち消すことーー
この物語はそんな恐ろしい秘宝をめぐり、世界を駆けた少女の物語であるーー
ウーウーウーウー
ファンファンファンファン
明るい夜のロンドンの街にサイレンが響きわかる。
ダダダダダ
「どこだ!?」
「どこへ行った!?」
「まだ近くにいるはずだ!逃がすな、探せ」
ダダダダダ
ガコ
警察が走り回る天井が小さい音を立ててあく。
そこから下の様子をうかがう少女の目はどこか楽しそうだ。
「いたか?」
「いや、いない」
「くそ、すばしっこい奴だ、どこへ行きやがった」
先程の団体とは違い2人の警官があたりを見渡しながら小言を漏らす。
「ふざけた泥棒が」
ドーン
「うわっ!」
その言葉にひっかかった少女はその男性を蹴り飛ばすように上から降ちてくる。
少女が上から落ちた男性は気絶しており、もうひとりは狼狽えながら彼女を見上げ懐中電灯の明かりを向けている。
「ーっ!見つけたぞ!!」
「待て!!!」
何も気にしないかのように笑うと再び博物館内を走って逃げる。
「待て!!!」
「いたぞ!」
「追いかけるんだ」
「2階Bブロックにてやつを見つけました。」
「了解!総動員して捕まえろ」
「待てーー!!」
2階Bブロックに人員を総動員したためか少女を追う警察の数はどんどん増えていく。
そしてついに前後ろと警官に挟まれてしまった。
「ハアハア、観念しろ。もうお前は逃げられない」
「おとなしくつかまれ」
警察の息はだいぶ上がっている。
少女はニィと唇を綻ばせるとバヒューン
持っていた玉を地面に投げつけた。
見る見るうちにそこは煙まみれになっていく。
「くっ!睡眠ガスだ!!吸うな!」
静止の前にガスをすってしまった者はバタバタと眠りに落ちていく。
ケホケホと咳き込むものも少なくない。
1人の警官は煙を巻きながら窓から顔を出すと屋根を伝い、建物を移り走る少女の姿があった。
「くそ!!待て!!怪盗フェンナル!!!」
振り向き笑って走る少女の手には白いダイヤが握られていた。
「いらっしゃいませー」
明るい店内に明るい少女の声が響く。
「フルーツパフェお持ちいたしました」
「椿ー!26番のお客さんのサービス滞ってるぞ。早く持っていけー」
はしごに登り階段そばの窓をふく青年が声をかける。
「はーい!ふあぁ」
返事をした椿と呼ばれる少女の口からは無意識にも睡眠不足を示す欠伸が出る。
「目開けて仕事しろー」
「あけてるよぉ」
26番のテーブルの食事をトレーに乗せサービステーブルに向かう。
「ねえ今日の新聞見た?」
「見た見た!」
「昨晩もロンドンに出たんだってね、怪盗フェンナル」
「結局偽物のダイヤだったらしいけどね」
「ねー」
女性ふたりのお客様の声が耳に入り、椿はそっちを見やる。
ダダダダダ
「ん?」
ドーン
「キャッ」
急に走ってきた子どもが椿ではなく、従業員の少女に勢いよく当たる。
振動に耐えきれなかった少女は後ろにのけぞり、食器棚に勢いよくぶつかる
がしゃん
「危ない!!」
食器棚から何枚かのお皿が飛び出す。
お皿が割れば怪我人が出るだけでなく、粗相として店の信用にもつながる。
椿は反射的に飛び出すと空中に飛び散った皿を器用に取り上げる。
これで万事休すかと思った瞬間、ツルン
「あっ」
床で右足が滑り、左のトレーに乗っていたケーキや飲み物が宙に浮く。
身体は斜めになり、右手には先程のさらが大量に乗っており、体制が戻せない。
「!!あのバカ!」
窓拭きをしていた青年がハシゴから階段、そしてそこへと飛び移り、そのまま傾いた椿を支える。
そして宙に舞った飲み物やケーキを持っていたホウキの手持ち棒と頭で受け止める。
椿は椿で右手に持っていた宙に浮きかけの皿を両手で受け止めている。
「わああ!!!すごーい!!マスター」
「いやいや椿ちゃんも凄いわよ」
「ほんとこの2人の芸を見るのもここに来る楽しみになってるわ〜」
「ほんとよねー!!」
お客様から拍手喝采が起こる。
「いえいえ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
青年は照れながらもマスターを貫き通す。
「ありがとう、お兄ちゃん。流石は伝説の大怪盗だね」
「元な」
状態を起こし言葉を続ける椿に太一は左手のトレーに食事を全て持ち変えると手ぶらになった右手とほうきで椿の頭を軽く叩く。
「それよりラーシャ、大丈夫だったか?」
「はい、申し訳ありません」
「いや、怪我がなくてよかった。次回から気をつけてくれ」
「はい。」
まだ若いのにフォローも気遣いもできるその青年を見て、椿は誇らしく思う。
(凄いな、このお店に女性のお客様が多いのもきっとお兄ちゃんの人柄なんだろうな。私も頑張らなきゃ)
「椿様。」
「ラーシャ」
「ごめんなさい、助けて下さりありがとうございました」
「いやいや、ごめんね。結局失敗して騒ぎ大きくしちゃった」
「そんなこと、、、」
「ところで椿」
「へ?」
「ちょっとこっち来い、ラーシャあと頼んだ」
「は、はい」
そういうと椿は従業員室に連れていかれた。
「もう俺の真似事はするなって言ったよな!?」
笑いながら怒りを示す青年の手には「怪盗フェンナルまたもロンドンにあらわる!しかし盗まれたのは偽物のヴェアトリクスの女神」と大きく書かれた新聞の切り出しだった。
「な、なんのこと?」
「どぼけるな!朝からあくび連発して!昨晩何してたかぐらいわかるわ!また俺の道具勝手に使ったろ」
「ごめんなさい、だって、、だって今度こそ本物の白いダイヤだと思ったんだもん。闇のダイヤに触れた太一兄ちゃんの呪いを解く光のダイヤだと思ったんだもん」
泣きそうな暗い表情を浮かべる椿の目の前にいる太一の腕には黒い龍のあざが走っていた。
太一はそっと腕まくりをしていた服を伸ばして隠すと椿の頭をなでる。
「お前は心配しなくていいんだ。だからもう危ないことをするな、俺の大切な家族なんだから」
そういうと太一はまた表へと出ていく。
椿は撫でられた頭に手を当てる。
(でも急がないと太一兄ちゃんが死んじゃう。そんなの絶対イヤ。早く呪いを解かないと)
椿はそうしてまた表へと出る。
「ねえねえ聞いた聞いた!?またあの人がフランスに出たんだって!」
先程フェンナルの話をしていたのとは違う女性2人組が携帯を持ち出し話をしている。
「あの人!?」
「ほーら、月光の奇術師様よ」
「あー」
「満月の夜ひっそりと現れて月光を背に青いマントをたなびかせるの。正体は誰も知らない。ただ狙いはいつもあくどい方法で金儲けをする悪徳貴族よ。本当市民の味方よねー。はーかっこいいわぁ」
「今回のターゲットは誰だったの?」
「それがねー、証拠が見つからず野放しにされてたあの、、、」
椿は二人の会話を小耳に挟みながら考える。
(月光の奇術師。ヨーロッパを賑わす今をときめく大怪盗。きっとこの人からしたら私利私欲のために盗みを働く私は許せないんだろうな)
「昨晩もまたこのフランス パリにて月光の奇術師が目撃されたという情報がありました。今回のお宝はまたもや悪徳貴族、ずっと証拠が見つけられずマフィアを売りさばいていたとして貴族の」
ガチャ
「椿、ここにいたのか」
「お兄ちゃん」
椿はレストランの上にある自宅のリビングでテレビを見ていた。
「月光の奇術師またフランスに現れたんだね」
「凄いよね、誰にも暴けなかった貴族の犯罪をこうして世間に露見させたんだもん」
椿の心そして言葉には複雑さがにじみ出ていた。
「、、、、世間はコイツが正義か悪かって話で持ちきりだけど、こいつがやってる事は正義でも何でもない。ただの盗みだ」
正義か悪か、テレビの見出しにもそれが大きく取り上げられている。
ピリッとした空気が部屋を流れる。
「お兄ちゃん、、、」
テレビから顔をそらし太一を見上げた瞬間、太一の表情に椿は驚く。
テレビに映る月光の奇術師を見る太一の目は怒りとも悲しみともいうような複雑さを帯びていた。
「お兄ちゃん、もしかして月光の奇術師のこと知ってるの?」
「、、、いや、知らないよこんなやつ」
椿の質問を振り払うようにテレビから目を背けると太一は部屋を出ていこうとする。
「えっ、待って、お兄ちゃん!今のは知らない人を見る目じゃないよ。ちょっと、待ってよ」
太一を追いかける椿に太一は足を止め、優しく告げる。
「お前は何も知らなくていい。ここでみんなと暮らせば。お前はやめろと俺が言っても昔から自分で決めた事だって言うことを聞かないからな。だが無茶だけはするな、こいつの事も別に知らなくていい。」
「お兄ちゃん、、、」
「じゃ、取り敢えず。椿!買出しに行ってこい。」
「えっ!?」
話が急に切り替わり唖然とする椿を他所に太一は椿の肩を掴むと笑顔で続ける。
「確かパフェのりんごがキレかかってたな、りんご買ってきてくれ!」
「え、ええ、ちょっ」
グイグイと太一は椿の肩を後ろから押す。
椿はその勢いにあわてふためくばかり。
「あと今日の夕飯の材料。これにメモしてるから買ってきてくれ。あ、お前の好きなものも買ってきていいぞ」
「ちょっ、待って、お兄ちゃん!まだ話は、、、」
「つべこべ言わずに行く!」
ポーイ
バタン
椿は手帳とメモ、財布、そして手提げバッグと一緒に家から追い出されてしまった。
「むぅ〜〜〜」
椿の不機嫌は続いていた。
手には大量にりんごが入ったビニール袋が握られていた。
「椿様、お荷物お持ちいたします。」
「いい!!」
あとを続く儚げにも美しい女性が声をかける。そちらに夕食の材料が入っているのか手提げバッグからはネギが覗いていた。
(何よ、お兄ちゃんのバカ。ずっと一緒のいるんだもん、わかるよ。あの顔は知らない人を見る目じゃなかった。もっとこうなんていうか大切な人を慈しむような、、そんな、、、)
(わからない。お兄ちゃんは昔から凄くてカッコよくてきっと知ってるひとは多い。その人柄から沢山の人にも愛されている。でも私が知っているのはレストランに来るお客様だけ。ほんの一部なんだ)
(悔しいな)
【お前は何も知らなくていい】
(確かに私が知っても仕方の無いことなのかもしれないな)
「椿様!椿様!!」
付き人の声に我に変える。
「ご気分でも優れませんか?」
「わっ、ごめん!大丈夫!!何ともない!」
「??そうですか?」
「ーってかどうしてニコルがここにいるの?」
少しめんどくさそうな目で椿は後ろを歩くニコルを見つめる。
ニコルは気にも止めず笑顔で答える。
「太一様に頼まれたのです。椿様についていってくれと。お荷物も多いですからね」
(なるほど、、半分見張りか)
(こうなったら、、、)
シュッ
「では帰りましょうか」
「!!椿様!?椿様!!?」
ニコルがよそ見をした一瞬のスキを狙い、椿が消える。ニコルは驚き慌ててあたりを見渡すももうそこに椿の姿はない。
タタタタタタ
ピタッ
「フゥー」
椿は走っている足を止め、ため息を吐く。
当然後ろを振り向くもニコルの姿はない。
「ごめんね、ニコル。」
(別にニコルが嫌いな訳では無いけど、流石にどこへ行ってもずっと一緒は自由がないみたいでしんどい)
(このへんの道は熟知してるし、ある程度したら帰ろう)
そう思い歩き出すと小さな公園がある。
椿は誘われるようにその公園へと足を踏み入れると、春風が吹き、目線の先の光景に言葉を失う。
ベンチに座り白い鳥達と会話をするように戯れる青年。
黄金の髪に青い瞳。その青年はこの世のものと思えないほどの美しさを放っていた。
(綺麗な人、、、)
(まるでこの世のものではないみたい、、、)
あまりの美しさに椿はその青年に見とれ、動けなくなってしまった。
(今思えば、この出会いがすべての始まりだったのかもしれないーーー)
2話につづく
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