#88 目出度い席と、不穏な気配
料理を盛った皿を手にサユリの元に行く。基本は立食なのでテーブルは無しだが、サユリの為にひとつだけテーブルを出してある。
サユリは既にテーブル上でスタンバイ。壱はその前の椅子に掛けた。
「サユリ、お待たせ」
「うむカピ」
サユリの前に皿を置いてやると、サユリは満足そうに頷き、早速手前のローストポークをぱくついた。
それを見届けてから、今度は自分の分を取りに行く。サユリと同じメニューを盛り、テーブルに戻った。
さて、旨く出来ているかどうか。村人は全員喜んでくれている様だが、初めて作ったものも多いので不安もある。
まずはサユリに
続けて蒸し鶏のサラダ、牛肉の赤ワイン煮込みを口に。
蒸し鶏はぱさついておらずふっくらと。赤ワイン煮込みの牛肉はフォークを入れるとほろりと崩れた。味も甘みと酸味のバランスが良く、上々の仕上がりと言えた。
うん。表面が香ばしく、仄かに残っている臭みも味わいである。新鮮な鰹を使っているので、実は臭みと言う臭みはあまり壱には感じられないのだが。
壱が一品一品
「壱、追加だカピ」
「はいはい。美味しかった?」
壱がやや苦笑しながら聞くと、サユリはふんと鼻を鳴らす。
「悪く無いカピ。次は違う料理を取って来るカピよ。ドリンクは白ワインを追加カピ」
乾杯の時にも使ったサラダボウルを見ると、こちらも空になっていた。
「オッケー、待ってて」
壱はサユリの皿を手に追加の料理を取りに行く。どうやらサユリにも満足して貰えた様だ。
途中、楽しそうに談笑しながら料理やドリンクを口にする村人を眺めると、
さて、次の料理は鮭のムニエル、ツナときゃべつのペペロンチーノ、
料理の脇に積んである柔らかな紙で皿に付いた汚れを拭い、新たに盛り付けて行く。これなら前の料理と味が混ざらない。
続けてドリンクのテーブルから白ワインのグラスを取る。
冷蔵庫などには入れていないが、サユリの魔法で冷やしていてアルコールも飛ばないので、美味しい状態でいただける。
皿をサユリの前に置いてやり、サラダボウルに白ワインを移して、今度は自分の分を取りに行く。料理の内容はサユリと同じで、ドリンクはエールをおかわり。
乾杯のドリンクは好きなものが飲める様になっていて、壱はエール、サユリは白ワインだったのである。
後片付けもあるので、あまり酔わない様にしなければという気遣いからのエールであった。
テーブルに着いて、食事の続きである。さて、こちらも旨く出来ていると良いのだが。
鮭のムニエルは表面のバターが香ばしく中はふっくら。ツナときゃべつのペペロンチーノは程良い辛味と素材の甘みのバランスが良い。鯛のアクアパッツァもしっとりと風味良く出来上がっていた。
これはどの料理も成功と言って良いだろう。壱は満足げに眼を細め、エールを流し込んだ。
「壱、これらの料理もまた作ると良いカピ」
サユリもまた、気に入ってくれた様子。食堂で出すには手間と時間が掛かってしまうものも多いので、やはりこういったパーティ限定になってしまうかと思うが、そんな事はサユリも承知だろう。それを踏まえた上で壱はにっこりと頷いた。
「解った。今度の機会にね」
一通り食事を終えたので、壱とサユリは会場内を
「カル、ミル、おめでとうカピ」
「おめでとうございます」
そう祝うと、ふたりは嬉しそうに
「ありがとうございます! その節はお世話になりました」
「ありがとうございます。私、頑張りますね!」
壱は瞬間、そのミルの頑張り宣言に嫌な予感がしたのだが、
まぁまた何かあったら相談があるだろうから、様子を見守ろう。
ふたりの元を
「イチ、サユリさん、今までどこに居たんだよ」
カリルはアルコールですっかりとご機嫌である。その横ではアルコールに弱いサントが黙々と料理に
カリルは酒癖が良く無いので、横でマーガレットが適当に赤ワインを葡萄ジュースに差し替えている。
このふたつではかなり味が違うと思うが、カリルは気にして居ない様子。と言う事はそれなりにアルコールが回っている様だ。
壱が苦笑いするとマーガレットがウインクを
「カルさんとミルさんにお祝い言って、会場の中うろうろしてた」
「ボクたちもさっき行ってきたよ! ふたりとも幸せそうだったな〜結婚いいな〜」
メリアンがうっとりとした様子で言う。この場合、相手は男性なのか女性なのか。
ああしかしメリアンは女装しているだけで心は確か男性のままだった。なら結婚するとなると相手は女性なのだろうが。
外見だけだと女性同士の様で、一部マニアには受けるかもな……と壱は静かに眼を閉じた。
「は、花嫁さんは、や、やっぱり、あ、憧れ、ます……!」
マユリが皿とグラスを持つ手に力を込め、恥ずかしそうに言う。
「へぇ、やっぱり女の子はそうなのかな」
元の世界でも「将来の夢はお嫁さん!」と言う女子が少なからず周りにいたので、同感はともかくとして、そういうものなのかと思って来た。そうか、この世界でもそうなのかと、壱は頷く。
「俺自体は今まであんまり結婚したいとか思った事無いし、周りの男にもそんな奴いなかったから考えた事無いけど、そこが男女の違いってものなのかなぁ」
「そ、そうで、すか……」
壱があっけらかんと言うと、マユリは少しがっかりした様子で眼を伏せた。どうしたのだろうか。
さて、気付けばつい先程まで足元にいた筈のサユリの姿が消えていた。どこに行ったのか。
壱はさりげなく輪から外れ、会場内を見渡す。が、サユリの姿は見付けられない。小さいからかと足元に注意しながら彷徨いてみたが、やはりいない。
なので手にしていたエールのグラスをテーブルに置き、会場を出てみた。閑散としている村をきょろきょろしながら、気付けば村の出入り口に到着していた。
するとそこに、茶色い
「サユリ、どうしたの?」
駆け寄るが、サユリは微動だにしない。集中した様子で村の外を眺めていた。
「……我の考えが甘かったみたいだカピ」
神妙な面持ちで言うと、壱を振り返る。
「我はこれから部屋に
サユリは淡々と言うと素早く
「サユリ!?」
壱は突然の事に驚いて叫ぶ様に言い、サユリを追い掛ける。
サユリはパーティ中の食堂前に差し掛かると方向を変えて裏口へ。魔法でドアを開けて、中に飛び込む様に入って行った。
「サユリ……?」
壱は呆然とし、サユリを見送るしか出来なかった。
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