#86 結婚式とパーティの準備をしよう

 さぁ、カルとミルの結婚パーティの料理を作ろう。


 壱が作った段取りやレシピを、茂造がこの世界の言葉で書き直したものを、カリルとサントに渡す。


 ふたりはそれを真剣な表情でじっくりと読み込んだ後、カリルは大きく、サントは小さく頷いた。


「成る程。初めて作る料理ばっかりだけど、行けそうだな! 段取りも解りやすい。じゃ、始めるとするか。判らない所があれば、イチに聞けば良いんだよな?」


「はい。お願いします」


「ほっほっほ、では始めるとするかの。儂も初めて食べる料理もあるから、楽しみじゃのう」


 では、みんなで手分けをして調理開始である。


 まず、鍋をオリーブオイルで満たし、さばいて腹身と背身に分けた半身分のかつお、にんにく、ローリエを入れ、火に掛ける。


 オイルが熱くなり、材料から泡が出て来たら火を弱め、そのまま煮込んで行く。


 次に玉ねぎを微塵切みじんぎりにし、やや深めの鍋に敷き詰めておく。


 続いて取り出すのは豚ロースのブロック肉。表面に塩と胡椒こしょうを擦り込み、フライパンで全面に焼き目を付ける。中まで火を通す必要は無い。


 そうしてこんがりと良い焼き色になった豚肉を、玉ねぎの微塵切りの上に乗せ、蓋をすると、弱火に掛ける。


 蒸すのである。これで後は数十分置いておく。


 次は牛肉である。適当な大きさに切り、塩と胡椒で下味を付けておく。


 玉ねぎは薄切り、マッシュルームは半分にカット。にんにくは包丁の腹で潰しておく。


 まずは鍋にオリーブオイルを引き、牛肉の表面を強火で焼き、一旦取り出す。


 同じ鍋で玉ねぎとにんにくを炒める。玉ねぎが淡い飴色になったら牛肉を戻し、赤ワインと水を注ぎ、塩とローリエを入れて煮る。


 灰汁が出れば丁寧に掬う。


 マッシュルームを追加して、後は弱火で煮込んで行くだけである。


 次は鶏肉だ。鍋に水を入れて火に掛ける。


 部位がもも肉、胸肉、ささみとばらばらなので、ささみの大きさに合わせてカットして行く。


 湯が沸いたら塩を入れ、続けて鶏肉を入れて行く。


 再沸騰したら極弱火にし、じっくりと火を通して行く。


 続けてたいである。これも捌いて切り身にして貰ってある。


 浅蜊あさりは昨夜から冷蔵庫で砂吐きをさせていたので、もう終わっている筈だ。貝殻同士をこすり合わせる様に洗って行く。


 合わせる野菜はトマト。ざく切りにする。オリーブとブラックオリーブもふんだんに。これは切らない。にんにくは微塵切りにしておく。


 調べたレシピではアンチョビやケイパーで味を付けるが、この村には無いので、鯛の肝を使う。


 温めたフライパンに入れ、木べらで潰しながらじっくりと炒めて行く。白ワインを少量加え、アルコールとともに臭みを抜いて行く。


 そもそも捌きたて、新鮮なので、臭みは殆ど無い筈だ。


 そうして肝ソースの出来上がり。アンチョビの代わりに少量を使う。


 後は鯛と浅蜊から旨みが出るだろうから、美味しく出来るだろう。


 さて、フライパンを火に掛けてオリーブオイルを引く。そこで鯛の表面を香ばしく焼いて、弱火に掛けてオリーブオイルを引いた浅型の鍋に移して行く。


 鯛の隙間の鍋底でにんにくと鯛の肝ソースを炒め、香りが出たら鍋を揺すって全体に行き渡らせて、他の具材を入れて行く。


 浅蜊、トマト、オリーブ、ブラックオリーブ。そして白ワインを振り、アルコールを飛ばす。その頃には浅蜊の口が開き掛ける。アルコールが飛んだら水を加え、煮込んで行く。


 この頃に鶏肉が茹で上がる。バットに布を敷いき、そこに鍋から上げて並べ、冷まして行く。


 さぁ次だ。ブロッコリを小房に分けて、沸かした湯で茹でて行く。勿論塩も入れてある。


 玉ねぎはスライスにして水にさらす。、今日は生でたっぷりいただくので、少しでも辛味を抜いておきたい。


 茹で上がったブロッコリはザルで丘上げにする。バットに布を敷き、その上に並べて粗熱あらねつを取り、そのまま冷まして行く。


 玉ねぎもそろそろ良いだろう。布で水分をしっかりと拭き取り、冷めたブロッコリと一緒に、使う直前まで冷蔵庫に入れておく。


 その間に鶏肉の粗熱が取れたので、両手で割いて解して行く。手で千切りにくい皮は包丁で千切りに。それも冷蔵庫に入れた。


 さて、蒸しておいた豚肉がそろそろ出来上がっているだろうか。蓋を開けると、白い湯気とともに甘い豚の香りが鼻を包む。良い匂いだ。


 真ん中に深く串を刺してみると、柔らかい豚肉からじわっと溢れ出て来るのは透明の肉汁。よし、大丈夫だ。


 取り出し、バットの上に置いて粗熱を取る。その後は冷蔵庫に入れるのだ。


 鍋に残っている玉ねぎ。これで豚肉のソースを作る。弱火で蒸していたので、焦げ付きも殆ど無い。


 甘くなっている玉ねぎをそのまま炒め、ほんのりと色が付いたら赤ワインを入れて煮詰めて行く。塩と胡椒で味を整え、バターを落として出来上がり。


 これも粗熱を取り、冷蔵庫へ。


 次に再びの鰹だ。残りの半身分を腹身と背身に切り分けて、串を打つ。


 トレイに乗せて裏庭に出ると、藁焼きの準備。耐火煉瓦たいかれんがで作成した枠にわらを入れ、火を付けると、勢い良く燃え上がる。


 その上、炎の中に鰹を突っ込むと、表面が香ばしく焼けて、良い香りが漂って来る。


 全ての面に焼き色が着いたらトレイに戻し、厨房に戻り、水を張ったボウルに放り込む。


 火は表面にしか入っていないので、すぐに粗熱は取れる。確認してから水から上げ、表面を良く拭い、トレイに乗せて冷蔵庫で冷やしておく。


 ここまで来たら、あと一息。


 オリーブオイルで煮ておいた鰹が出来上がって来たので、引き上げ、バットに乗せてフォークで解して行く。


 次にきゃべつをザク切りに。にんにくは微塵切りに、唐辛子は輪切りに。


 これの仕上げは後にして、次は鮭を。適当な大きさに切り、これも仕上げは後で。冷蔵庫に入れておく。


 これらの作業を、全員で進めて行った。


「よしよし、後は仕上げだけじゃな。サントよ、パスタとパンは大丈夫じゃの?」


 茂造の問い掛けにサントは頷き、茂造はうんうんと首を振る。


「では、まずはカルとミルの結婚式じゃな。もうすぐタカアシも来るかのう」


 タカアシはマユリの父親である。


「ああ、タカアシさんって司祭さんなんだよね。結婚式とか」


「葬式もな」


 カリルが言うと、壱ははっと眼を見開いた。


「え、葬式? あるの?」


 壱が言うと、カリルは一瞬ぽかんとした後、可笑しそうに笑い声を上げた。


「そりゃああるさ! そりゃそんな頻繁じゃねぇけど、不老不死の村って訳じゃ無ぇんだからさ」


「そっか。そりゃそうだよね」


 この村では老若男女、みんなが揃いも揃って元気で健康なものだから、忘れそうになってしまう。


 当たり前の事だ。サユリの加護は怪我や病気をさせない為のもので、不老不死にするものでは無いのだ。


 そんな話をしていると、厨房に壮年の男性、タカアシが顔を出した。


「こんにちは。こちらの準備もほぼ整っていますよ」


 壱たちが調理をしている間、食堂のフロア係の3人と米農家の面々が、表で結婚式やパーティの準備をしてくれているのだ。


「では、見に行ってみるカピか」


 それまで厨房の端の椅子でおとなしくしていたサユリが立ち上がり、下にするりと降りた。


「あ、俺も見たい」


 壱も割烹着かっぽうぎ三角巾さんかくきんを外してサユリに続く。フロアに出ると、テーブルに様々な種類の皿とグラスやコップが幾つか置かれていた。


 パーティに使用する取り皿は、各人で用意し、持ち帰って洗う決まりである。壱たち、特にサントにはとても助かる。


 これらは今表で準備をしてくれている村人たちのものだろう。


 外に出ると、壱は「わぁ……」と声を上げた。


 手前から、色とりどりの花と緑で飾られたアーチ、その脇には司祭であるタカアシが使うであろう木製の台。


 そして広いスペースが広がり、そこを円状に囲う様にテーブルと椅子が並べられていた。テーブルは料理を置く為のものである。


 準備も粗方あらかた終わったからか、マーガレットたちが固まって談笑していた。


「みんな、お疲れカピ」


 サユリがその輪に声を掛けると、みんな振り返り、口々に「お疲れさまです」「お疲れっす」と応えた。


 壱も加わる。


「お疲れさまです。アーチとか凄いですね」


 壱が言うと、マーガレットがふふんと胸を張る。作り物の大きな胸がかすかに震えた。


「私たち3人の力作よぉ。こういうのは実は、メリアンが得意なのぉ。センスって言うのかしらぁ」


 見ると、その横でメリアンが得意気な表情だ。


「お姉ちゃんもだけど、ボクだってなかなかのセンスなんだからねっ! でも1番手先が器用なのはマユリなんだよねー」


 名前を出されたマユリは、マーガレットとメリアンの間で照れた表情で小さく笑っていた。


「あ、あの、お、お料理も、なんですけど、こ、こういうのも、た、楽しくて」


「そうなんだ。みんな凄いね」


 壱が素直に言うと、メリアンとマーガレットはふふんと鼻を鳴らし、マユリは嬉しそうに俯いた。


 そんな話をしている間に、村人が続々と皿などを手に訪れ、それを置きに食堂へ。


 格好はみんな普段通りのものだった。結婚式だからと言って、出席者が着飾る習慣は無い様だ。事前に聞いていた壱も普段着だ。


 そんな村人に混ざって、大きな荷物を両手で抱えたカルとミルが駆けて来た。


「あー、カルもミルも遅いよ!」


 メリアンが言うと、ふたりは息を切らしながら口を開いた。


「ご、ごめんなさい、お化粧に手間取ってしまって」


 ああ、確かにミルの顔には化粧が施されていた。この村では普段化粧をしている女性は少ないのだ。


 ミルもその中のひとりで、久々の化粧なので時間が掛かってしまったのだろう。


「き、着替えてきます!」


 ミルがカルから荷物を受け取ると、食堂の中に飛び込んで行った。カルは残る。着飾るのは新婦だけなのである。荷物は恐らく服飾工房が作成したドレスだろう。


 ミルのドレスアップが終了し、村人全員が揃ったら、さぁ、結婚式だ。

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