#85 オムレツ味噌ソースと、玉ねぎと鶏肉の澄まし汁の朝ご飯

 一夜が明け、壱は朝食を作る。


 壱は昨日の晩にふと思い立ち、無性に食べたいものがあった。それに味噌を組み合わせる事にする。


 昨日のサユリと茂造の話を聞いて動揺はしたものの、夜営業の仕込みから営業に掛けての忙しさに紛れ、夜の賄いを頂く頃にはすっかり落ち着き、就寝の時には食べたいものが思い付く様にはなっていた。


 現金なものだとは思う。しかし壱が心配してもどうなるものでも無いと、そう思うしか無い。


 その時になったら、あらためて考えたら良いのだ。


 さて、壱は鍋に水を張って昆布を入れておき、食材を取りに厨房へと降りる。冷蔵庫を開けて卵と鶏肉とバター、棚から玉ねぎ。はさみを手に裏庭に出て、玉ねぎの苗を数株切る。


 上に戻り、まずは米を炊く。鍋を強火に掛けて。


 玉ねぎを、半分は微塵みじん切りに、もう半分をざく切りに。玉ねぎの苗は小口切りにしておく。鶏肉は一口大に。


 その頃に米の鍋が沸いて来るので、火加減を調整。弱火に落とす。


 次に出汁だしを取る為に、鰹節かつおぶしを削る。終わると、そこで昆布の鍋に火を点ける。沸くまでの間に洗い物をしておく。


 さて昆布の鍋が沸いたので、火を消して鰹節を入れ、沈むのを待つ。その間にフライパンにオリーブオイルを引き、玉ねぎの微塵切りを木べらで炒め始める。


 飴色とまでは行かなくても、香ばしさを出す為に、少しくらいは色付かせたい。その為にはやや強めの火に掛け、無駄に混ぜ過ぎないのがコツだ。ただし混ぜる時にはしっかりと満遍まんべん無く返してやらなければならない。


 鰹節が沈んだので、玉ねぎのフライパンの火加減を落とし、出来た出汁を別の鍋に移す。


 その鍋を火に掛け、沸いて来たらざく切り玉ねぎと鶏肉を入れ、再沸騰したら火を弱め、じっくりと火を通して行く。


 そろそろ米が炊き上がるだろうか。耳を澄ますとチリチリと音がしてきているので、火を止める。解して、蓋をして蒸らしておく。


 では玉ねぎに戻ろう。また火を強め、様子を見ながら返して行く。


 全体が淡い飴色になったので、水を加える。フライパンの底に付いた旨味をこそげる様に木べらを動かし、沸いたら火を弱めて味噌を入れる。


 木べらでダマにならない様に少しずつ溶かして行き、砂糖も加え、弱火で煮詰めて行く。


 次は出汁殼だしがら。昆布はそのまま玉ねぎと味噌のフライパンに沈め、続けて鰹節も。くつくつと煮詰まっているところを満遍無く混ぜてやる。これで出汁が出る筈だ。


 出汁に入れた玉ねぎと鶏肉も、すっかりと火が通っている。浮き出た余分な油と灰汁あくをレードルで丁寧にすくうと、出汁は綺麗に透き通ったスープになった。


 そこに塩と少量の赤味噌で調味する。後は保温の為に極弱火に掛けておく。


 後は仕上げ、そしてスピード勝負である。壱はボウルを3個出し、それぞれに卵を3個ずつ割り解し、塩を少々振っておく。


 サユリたちが起きて来るまで、洗い物などをしておこう。


 そこで、サユリと茂造が顔を覗かせた。


「おはようのう。今日もありがとうの」


「おはようカピ」


「おはよう」


「では儂は支度をして来るからの」


 茂造が洗面所に向かう。さて、仕上げである。スピード勝負だ。壱は小さく気合いを入れる。


 フライパンを火に掛け、温まったらオリーブオイルを落とし、その上にバターを置く。


 じんわりと溶けるバターとオリーブオイルを混ぜ合わせる様にフライパンを大きく回し、オイルを全体に行き渡らせる。


 バターが溶け、泡が小さくなったら、卵液を一気に入れる。


 じゅわあっと音がし、卵液はフライパンの縁からふんわりと固まって来る。それを内側に織り込む様に火を通して行く。


 全体に半熟になったら、奥から大きく巻いて行く。半月型に形を整えて出来上がりである。


 それを後2回、繰り返す。


 皿に盛り、玉ねぎと味噌で作ったソースを掛ける。


 鶏肉と鶏肉の汁物をスープボウルとサラダボウルに注ぎ、小口切りにした玉ねぎの苗を散らす。


 米もスープボウルとサラダボウルによそって。


 オムレツの味噌ソースと鶏肉と玉ねぎのお吸い物、朝食の出来上がりである。


 壱が昨夜食べたいと思ったものは、バターたっぷりのオムレツなのである。


 茂造は既に支度を終えて、テーブルに着いていた。サユリも勿論テーブルの上でスタンバイ。


「おお、今朝も美味しそうじゃの。良い匂いじゃ。ではいただくとしようかの」


「はい、どうぞ。いただきます」


「いただくカピ」


 壱はまず、お吸い物をすする。赤味噌を使っているが、風味付けの為の少量なので、お吸い物と言い張る。


 うん、玉ねぎと鶏肉から、甘くて良い出汁が出ている。赤味噌のほのかな風味も良い。とてもほっとする、落ち着く味わいである。鶏肉もしっとりと煮上がっていた。


 さて、お楽しみのオムレツである。味噌で作ったソースを掛けているので、和風オムレツと言ったところか。


 まずはバターたっぷりのプレーンオムレツを楽しむ。スプーンを入れると、中から半熟の卵がとろりと出て来た。これは良い塩梅あんばいである。


 掬って口に入れる。ふわふわの食感、微かな塩味、しっかりとバター。ホテルのモーニングでシェフが作ってくれるオムレツの様な。我ながら良い出来である。


 それに、今度は味噌ソースを付けてみる。バターと味噌の相性は、壱たちの世界で言うところの北の大地での名物である、バターを落とした味噌ラーメンが証明してくれている。


 口に運ぶ。ああ、やはりこれは大正解。バターの甘みと味噌の甘み、最高の組み合わせである。卵と玉ねぎの旨味も加わり、コクも生まれている感じがする。


 澄まし汁もそうだが、バターを使ったオムレツも味噌ソースのお陰で、白米にとても合う。艶やかに炊き上がっている白米を頬張り、壱はうっとりと眼を細めた。


「壱よ、このバターを使ったオムレツと味噌、とても良く合うのう」


 ニコニコとスプーンを動かす茂造の台詞に壱は嬉しくなり、破顔してやや腰を起こした。


「だよね! 絶対合うと思ったんだよ! あ〜じいちゃんの口にも合って良かった〜」


 壱が安堵してまた腰を落とし、サユリに視線を移す。


「サユリはどう? 口に合う?」


 聞くと、オムレツに顔を埋めていたサユリが顔を上げた。


「ふむ、バターと味噌カピか。中々良い組み合わせカピ。澄まし汁も良い味が出ているカピ。鶏が甘いカピな」


 満足そうに眼を細める。壱はまた嬉しくなって、笑みを浮かべた。


「良かった」


「うんうん、この澄ましも旨いのう。鶏肉も玉ねぎも甘くてのう、このネギ代わりが良いアクセントになっておる。玉ねぎの苗なんじゃなぁ、不思議じゃのう」


「そうだよ。ちゃんとネギの代わりになってるよね。見付けた時は本当にテンション上がっちゃったもん俺。やっぱり味噌汁とかにはネギが欲しかったからさ」


「そうじゃの。なるほどのう。儂も何度も畑で見ておったのに、全然気付かんかったのう。やはり普段から家事をしとると、眼の付け所が違うんじゃのう」


 茂造が感心した様に幾度と頷く。確かに茂造は元の世界では家事は奥方、壱にとっては祖母に任せっきりで碌にしていなかっただろうから、ピンと来なかったのかも知れない。


 とは言え。


「俺も簡単なものしか作って無かったよ。でもネギの小口切りとかはした事あったからさ、切る前のネギ何度も見たもん」


「成る程のう。壱は親孝行じゃのう」


「家が商売してたら、手伝いくらいするって」


 壱は苦笑する。茂造はそういう世代なのだ。その分会社で懸命に働いていた筈だ。


 そこで妻を蔑ろにしていたりいたら問題だが、茂造はそうでは無かった筈なので、そこは大丈夫だろう。


「さて壱よ、今日は忙しい1日になるぞい。と言ってもの、作ってしまえば後は村人たちが適当に動いてくれるからの、壱も楽しむと良いぞい」


「うん。そうさせてもらう。楽しみだなー」


 今日は、カルとミルの結婚式とパーティなのである。

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