#84 コンシャリド村の懸念

 食堂に戻り、2階のダイニングへ。壱と茂造は椅子に掛け、サユリはテーブルの上に。各々おのおの好みの飲み物を前に、しばし深刻な表情で沈黙が続く。


 時折飲み物を飲む時の、ずずっとすする音だけが微かに響いていた。


 その重い空気の中、口を開いたのはサユリだった。


「やはりこの村の噂が、サロガン街以外で立っている様だカピ」


 その台詞で、壱の中でふたつの疑問が沸いた。まずはひとつ。


「サユリ、サロガン街って?」


「我たちが普段買い物に行っている街だカピ。ここから1番近い、中規模な街カピ。この村の事情も汲んで、良くしてくれる、平和で良い街なのだカピ。数人の魔法使いが強いのだカピよ。我程では無いカピが」


 成る程。壱は頷く。そしてもうひとつの疑問。


「この村の噂が他のところで出るのは良く無いの?」


「良く無いカピ」


「良く無いのう」


 サユリと茂造の声が重なる。そこまでの大事おおごとなのか。壱は息を飲む。


「この村にいると麻痺まひするカピが、この世界の者の、犯罪者に対する嫌悪感は凄いのだカピよ。以前のノルドの話を覚えているカピか?」


「ああ、うん。濡れ衣を着せられて大変だったって話だよね?」


「あれは病院側もノルドの無実を公表しなかったカピから、余計に酷いものになっていたかとも思うカピ。だが、凄絶せいぜつカピよ。実際に医療ミスをしたと思われる医者は、もっと酷い目に遭っていると思うカピ」


「俺たちの世界でも、前科者は警戒されたり色眼鏡で見られる事が多いと思うけど」


「そうなのカピか。だが、この世界では石を投げられたりとかもあるのだカピよ。弱い容疑の段階でもカピ」


「それ酷く無い!?」


 壱は驚いて、ほぼ反射的に声を上げる。


 壱も現実で見た訳では無い。だが軽い容疑の段階ならば、サスペンスドラマなどを見た上での想像ではあるが、軽度な罪の可能性なら、噂話くらいで留まるのでは無いのだろうか。


 とは言え警察が動く事が多いと思うので、周囲に知られない様にするのは難しいだろう。


 だが詳細は知らされないだろうし、マスコミは面白可笑おかしく書き立てたり報道したりするだろうから、その立場は相当に辛いものになるだろう。


 「人殺し!」そんな事を書かれた用紙が玄関に貼られる、もしくは直接書かれる、なんてシーンも見た事がある。


 犯罪とは無縁だった壱にとっては現実味があまり無く、人の善意の皮を被ったそんな悪意を、ノンフィクションだと解っていても、嫌な気持ちて見ていたものだ。


「勿論その村や街を加護する魔法使いの力量に寄るカピ。ノルドも言っていたカピ、元の街の魔法使いは余り強く無かったカピから、治安は良く無く、住人のモラルは低かったカピと」


「そうじゃの。この村が平和なのも、サユリさんの力が大きいからのう。勿論罪を償って反省しておるからの、元々の人間性もあって、加護はそう大きなものでは無いんじゃがの。じゃが、そんな事は関係無いんじゃ。罪を犯した理由が、例えば誰かを助けるためじゃったとしても、変わらんのじゃよ。少しぐらいの悪戯いたずらなんかは笑って許されるが、例えばそれで怪我人なんかが出たとしたら、もうそれは罪になっての、迫害の対象になるんじゃよ」


「何か凄い極端と言うか……そうさせる歴史でも、この世界にはあったの?」


 壱が眉をしかめると、サユリは小さく息を吐き、茂造は頷いた。


「この世界には大小の街や村があるカピが、それらをまとめる国の機関が勿論あるのだカピよ。そこがとある王の時に悪政を強いたカピ。茂造はまだこの世界にいなかったカピが、我はとうに産まれていたカピよ。罪人の扱い、それはもうそれまで以上に酷いものになったカピ。あおり、見せしめの処刑。内容は罪の大小で多少は変わったカピが、ひとりを殺した人間が裁判もろくに無しに即日火炙りになった時には絶句したカピ」


「魔女裁判みたい……」


 余りの事に壱が呟くと、サユリはまた息を吐く。


「罪を犯す者が魔法の素養を持っていると言う事を前提にしたら、当たらずとも遠からずと言ったところカピか。だがこの世界では魔法使いは基本的に優遇されるカピ。魔法の素養云々は別としても、王は馬鹿な事をしていたカピ」


「そうじゃのう。儂も直接見た訳では無いがのう、初めて話を聞いただけで嫌な思いをしたもんじゃ」


 茂造が悲しそうな表情で眼を伏せる。


「うん……、俺も凄い嫌だと思ってる。で、その王はどうなったの?」


「当然そんな悪政を、民が許しはしないカピ。クーデターが起きたカピよ。ま、そんな王だったカピから、真剣にまもる配下も殆どおらず、結果その王はあっさりと殺されて新しい王が就いたカピ。けど、植え付けられた「罪は絶対悪」と言う、まぁ確かにそれは間違いでは無いカピが、過剰かじょうな部分は変わらなかったカピよ。ほぼ洗脳に近かった事もあったカピが、まぁ自分にさえ降り掛からなければどうでも良いカピからな。それは正直、悪王の1番の負の遺産カピ。まぁ、1度染み付いてしまったものを払拭するのは難しいものカピ」


「ああ、だからこの村の存在を、あまり他に知られたく無いんだ……」


 壱は眼を伏せた。


「そうカピ。その悪習が色濃く残っているのは、魔法使いレベルが中程度以下の街や村なのだカピ。ノルドの前の街もそうだカピ。魔法使いが強ければ、王政に頼る必要は無いのだカピ。その時この村はまだ無かったカピが、サロガン街は魔法使いが代々強いカピから、その時も大丈夫だったのだカピ。この村と近いのがそういう街だったのは、本当に幸いしたカピよ」


「じゃあ噂が広まっちゃったら、この村はどうなるの?」


「うむ、下手をしたら壊滅する為に動かれるかも知れないカピね。当然我がそうならない様にアンテナを強化するカピよ。医者であるノルドがこの村に来た事は幸いカピ。その加護の分をある程度回せるカピ。茂造、悪いカピが回覧板を作って欲しいカピ」


「解ったぞい。みんなに怪我や病気に気を付ける様に回したら良いんじゃな」


「その通りカピ。よろしくカピ」


「では早速作るとするかの、明日朝いちから回せる様にの。おお、じゃがそろそろ仕込みの時間かの?」


 茂造が時計を見る。


「じいちゃん、少しぐらい遅くなっても大丈夫だよ。俺たちだけで仕込みいけると思う」


 壱が言うと、茂造は笑みを浮かべ、穏やかに頷いた。


「そうじゃの。壱たちだけに任せても大丈夫じゃの。では少し遅れて行くからの。よろしくの」


「うん」


 壱は元気に返事をすると立ち上がり、サユリと厨房へ。茂造は自室に回覧板用の用紙と筆記具を取りに行った。


 予想以上の大事に、壱はやや混乱していた。


 何が出来るかは判らないが、この世界に来てまだ間も無い異世界人の壱にとって、根を生やし始めたこのコンシャリド村が失われるのは大いに困る。


 万が一壊滅させられたら、村人はどうなるのか。相当苛烈かれつだと言う話を聞くと不安にもなる。それこそ皆殺しにされてもおかしく無いのかも知れない。考えたくなど無いのだが。


 確かにこの村には前科者が多い。だが、みんな良い人たちなのだ。罪を償い猛省し、懸命に働いて生活を営んでいる人たちばかりなのに。


 だがひとつの目的に向かい、熱に浮かされた人間は何をするか判らない。そんな可能性もあって然るべきなのだ。


 サユリに頼るしかすべが無いのかも知れないが、現状何も出来そうに無いのが歯痒はがゆかった。

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