#80 鰹の味噌煮定食の朝ご飯と、とある食材との出会い

 夜が明け、朝日が昇る。今日も良い天気だ。


 壱は早速朝食作りの準備だ。


 まずは出汁を取る為に、鍋に水を張り、昆布を入れておく。


 厨房に降り、冷蔵庫からかつお背身せみと卵、棚から玉ねぎときゃべつ、生姜しょうがを出し、2階に戻る。


 まずは米を炊く。初めは強火に掛けて。


 次は鰹の準備だ。背身2さくを両方とも横にカットする。質量が半分ずつになる様に。


 尾の方の身2柵はまたトレイに乗せ、再び厨房へ。冷蔵庫で保存しておく。


 上に戻り、続きに取り掛かる。


 頭の方の背身2柵を、適当に角切りにしておく。


 次に生姜の皮をき、千切りに。


 きゃべつはざく切り、玉ねぎは薄切りにする。


 米の鍋が沸いたので、弱火に落とす。


 さて、出汁を取ろう。昆布を入れておいた鍋を火に掛ける。沸くまでの間に鰹節かつおぶしを削る。


 沸いたら火を止めて昆布を引き上げ、鰹を入れる。鰹が沈むまでの間に、出汁殻だしがらの昆布を千切りにする。


 鰹が沈んだので、出来た出汁は別の鍋に移し、それを火に掛け、玉ねぎを入れる。ここで塩と少量の赤味噌で調味もしておく。赤味噌は醤油代わりだ。


 出汁殻の鰹節が入ったままの鍋に昆布を戻し、水を加えて火に掛ける。沸いたら生姜と鰹を入れて、煮て行く。灰汁が出たら丁寧に取って。


 鰹に火が通ったら弱火にし、米味噌を溶いて、きゃべつも加え、時折返しながら煮込んで行く。


 米も炊き上がったので、解してふたをして蒸らして。


 洗い物を手早く済ませる。


 さて、そろそろサユリたちが起きて来る頃合いだろうか。時計を見ると、もう少し。


 鰹はことことと煮えている。もういつでも食べられる塩梅あんばいだろう。


「おはようのう」


「おはようカピ」


 サユリと茂造が起きて来た。サユリは鼻をひくつかせ、早速テーブルの上に。


「ではわしは支度をして来るでの」


 茂造が洗面所に向かい、壱は仕上げに入る。


 ボウルに卵を割り、解す。玉ねぎの鍋の火を強め、ぐらぐらと沸いたところに卵液らんえきをそっと入れて行く。すると卵はふわふわになる。


 固まったら火を止める。


 米と汁物をスープボウル、サユリの分はサラダボウルに、鰹の煮物はパスタ皿に盛り、テーブルへ。


 鰹の味噌煮定食の出来上がり。汁物は玉ねぎと卵の吸い物である。


 いつもは佃煮にする出汁殻を、そのまま鰹の味噌煮の出汁に使ってみた。濃く良い出汁が出ていると思う。


 さて、支度を終えた茂造が戻って来る。


「待たせたのう。ではいただこうかのう」


 言いながら椅子に掛けると、早速はしを手にする。


「今朝も良い匂いじゃ。おや、魚の煮付けかの?」


「鰹の味噌煮。魚とも合うよね。さばの味噌煮とか、ばあちゃんも作ってくれたんじゃ無い?」


 言うと、茂造は祖母の味を思い出したのか、懐かしげに眼を細めた。


「おお、そう言えばそうじゃのう。これも美味しそうじゃのう。楽しみじゃのう。ではの、いただくとするかのう」


「いただくカピ」


「はい、いただきます」


 壱も箸を取り、まずは吸い物をすする。ほのかな赤味噌の風味。赤味噌は少量だが塩も加えているので、優しいながらもしっかりとした味が出ていて、美味しく出来ている。


 玉ねぎから出る甘みも、出汁に良い風味を加えている。


 卵もふわふわだ。


 壱は吸い物に満足すると、今度は白米を。これはいつ食べても美味しいものだ。今朝も艶々つやつやふっくらと炊き上がっている。


 さて、とうとうメインの鰹の味噌煮だ。


 一口で頬張ると、口の中でほろりとほどけた。出汁と味噌が鰹にじんわりと染み込んでいる。生姜が臭みを取り、良い具合の刺激にもなっていて、味はしっかりとしているのに、さっぱりといただけた。


 これは米に合う一品である。この世界には無いが、日本酒にも合いそうである。


 これはまた良いものが出来た。壱は満足げに眼を閉じた。


 他の魚との組み合わせも考えて行こう。西京さいきょう味噌では無いが、味噌漬けも良いかも知れない。


「懐かしい味がするのう。やはり鯖の味噌煮を思い出しておるんかのう?」


 茂造が首を傾げながら言うが、訊かれても困ってしまう。しかし。


「そうかも知れないね。魚自体の味は鯖と鰹全然違うけど、雰囲気と言うか、そういうのは似ているかもね。だったらじいちゃんの口には合ってるのかな」


「勿論じゃ。旨いのう。煮魚も食べられるなんてのう。しかもちゃんと和食でのう。作るのは難しいと聞いた事があったんじゃが、壱は凄いのう」


「レシピ調べたり出来るから、そんなに難しいものじゃ無いんだよ。味付けはここにある調味料でアレンジするけどさ。だからある意味博打かなー。サユリはどう?」


 壱がサユリに聞くと、サユリは皿から顔を上げた。


「……とりあえず魚まで食べた事で、味噌が万能なのでは無いかと思い始めているカピ」


 サユリの台詞に、壱は表情を輝かせた。


「だろう!? 味噌凄いよね! 特に合うものって勿論あるけど、基本何にでも合うと思うんだよ!」


「うむ、凄い熱量だカピな」


 サユリは壱にひるむ様子も無く、また鰹の味噌煮にかじり付いた。


 ああしかし、また新たな可能性を見出せた気がする。壱は嬉しくなって口角を上げた。




 ガイたちと米の苗に水を遣っている最中に、ノルドが訪ねて来た。


「イチくん、みなさん、おはようございます。作業の途中ですいません。イチくん、本日はよろしくお願いします」


 ノルドは言いながら、壱たちに深く頭を下げた。


「ノルドさん、おはようございます。もう少し待っててください」


 壱は如雨露じょうろを傾けながら、首だけをノルドに向けて返事をする。


「こちらこそ、タイミングが悪くて申し訳無いです。ゆっくり作業をなさってください」


 ノルドが笑顔で言うと、ガイが口を開く。


「こちらは大丈夫ですから、イチくん、ノルドさん、いえ、ノルド先生ですね、どうぞ行ってください」


「いえ、そんな訳には! ただでさえイチくんにはご足労いただくのですから、私は大丈夫です」


「いや、でも」


「いえ、本当に」


 ガイとノルドの、壱の譲り合いになってしまった。こうなると壱が出るしか無い。


「ガイさん、俺、この水遣りはちゃんと参加したいんです。夕方はお任せしちゃってるんですから。ノルドさんすいません、少し待っててください。もうそんなに掛からないんで」


 壱が真摯にそう言うと、ふたりは眼を見合わせて、納得した様に頷いた。


「解りました。イチくん、では続きをしましょう」


「はい、勿論。お待ちしますので。私が早く来過ぎてしまったのです。すいません」


「いえいえ。じゃあ、とっととやっちゃいましょう」


 壱が言うと、ガイたちは「はい」「おー」とそれぞれ声を上げて、水遣りを続けた。




 さて水遣りを終え、壱とノルド、そしてサユリは並んで各所を回る。


「本当にありがとうございます、イチくん、サユリさん。私はまだこの村に慣れきってはいませんので、助かります」


 恐縮して言うノルドに、壱は否定する様に手を振った。


「俺もここに来てそんなに経って無いですから。サユリがいてくれるのが大きいと思います」


「ま、我がいたら話は早いカピよ。とりあえず今は、我の事は身分証明書と思ってくれたら良いカピ」


 サユリのぶっきら棒な物言いに、ノルドはやはり腰が低い。


「はい、勿論サユリさんにも感謝しています。ありがとうございます」


 これがノルドの人間性なのだと解ってはいる。壱はやや不安に思いつつ、だがこの村なら、それが良い様な気もする。


 午前中は陶製工房などの工房を回る。軽い世間話をしつつ、順調に時間割りを埋めて。


 食堂に戻って昼食を摂った後、午後からは畑や牧場を回る。


 さて、その畑で、壱は欲しかったものを見付ける事になる。


 畑の、それぞれの栽培物をめぐっていた時の事。


 朝食を作る度に、欲しいと思っていたもの。


 それが青々と成っていた。


 そこは玉ねぎ畑である。


 それは玉ねぎが光合成をし、養分をたくわえる為に必要な部分。太く厚く、天に向かって伸びている。


 壱はつい、玉ねぎ畑をじっくりと見回る。すると、その青い部分の太さ、そして柔らかさはどうやら株によって様々。


 壱の知識不足だった。玉ねぎの上部、土から出ている部分なんて、これまで考えた事が無かった。


 壱はノルドと話をした後の、玉ねぎ担当の村人を捕まえる。


「あの、これ、玉ねぎの上に出てる葉っぱ、食べられるますか?」


 すると玉ねぎ担当は首を捻る。


「食べられるぜ。じゃがいもの芽と違って毒は無いからな。でもここでは食べる事は無いな。硬いしよ。収穫する時に全部切り落として、後は畑の肥料になるぜ」


 それは、厳密に言えば欲しかったものでは無い。だがそれにとても似たもの。まだ柔らかい内なら、充分その役割を果たしてくれる筈だ。


 壱は考える。出ているそれをここから貰えば話は早い。


 しかし玉ねぎが丸々と育つ頃に硬くなってしまったそれは、恐らく美味しく無い。だが柔らかい内に刈ってしまうと、多分玉ねぎの成長に影響が出る。


 なら食堂の裏庭で地道に育てるか、もしくはサユリの魔法に頼るか。


 出来るなら、ほぼ毎日使いたい。となると、確実なのは後者な訳だが。


 今までの経験上、サユリの魔法に不可能も死角も無い様に思える。ならお願いするのも手かも知れない。


 しかしあまりにもサユリに頼り切りではあるので、流石の壱もそろそろ遠慮するタイミングである様な気がする。


 壱は玉ねぎ担当に訊いた。


「玉ねぎの種か苗を、いくつか譲って貰えませんか?」


 すると玉ねぎ担当はきょとんとする。


「んん? 玉ねぎが欲しけりゃ、いつでもここに来たら良いのに。ま、譲るのは勿論良いけどさ」


 玉ねぎ担当は畑の端に向かうと、苗を結構な株数掘り起こしてくれた。


「ほら。こんなもんで大丈夫か?」


「はい。ありがとうございます!」


 壱は頭を下げて、苗を両手で受け取った。


「そこの小屋に袋があるから、使ってくれて良いぜ」


「ありがとうございます」


 有り難く頂く事にする。指された小屋に入ると、新品の紙袋が積んであったので、1枚頂戴し、玉ねぎの苗を入れた。


 これで益々ますます美味しい朝食が食べられる。


 壱がずっと欲しかったもの、それはネギなのだった。

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