#75 菜箸完成と、結婚パーティ料理のレシピ作り

 壱とサユリはフジノと別れると、木製工房に立ち寄る。


「こんにちは!」


 元気に声を掛けると、ロビンが威勢良く返事をしてくれた。


「おう、菜箸さいばしってやつだな! 出来てるぜ!」


 そう言うと、棚から出来上がった新品の菜箸3膳を出してくれた。


「わぁ!」


 早速2本、1ぜんを持ってみる。何かを挟む様に動かして。その使い心地は素晴らしいものだった。


「完璧ですロビンさん! ありがとうございます!」


「お、そうか! そいつぁ良かった! じゃ、色塗るか?」


「はい。よろしくお願いします」


 ロビンは頷くとはまた棚に向かう。


「何色にするんだ?」


「そうですね……、はしが黒と緑だから、菜箸は明るい色が良いかな」


「じゃあまずは赤だな。黄色と、白と、んー、後は混ぜて色作る感じか?」


「あ、じゃあ1セットは何も塗らないままにします。赤と黄色貸してください」


「おう」


 ロビンが顔料がんりょうの容器と小さい平筆ひらふでを2本、持って来てくれる。


「ありがとうございます」


 壱は早速平筆を手にすると、まずは1セットの持ち手部分に赤のラインを、続けて平筆を変えて、黄色をもう1セットに。


 少しは慣れたのか、箸の時より速やかに、綺麗に出来た気がする。


 残りの1セットは何も塗らずにそのままで。


 これで3セットの菜箸、完成である。


「出来たっ」


「おう、良かったな!」


 壱が小さく歓声を上げると、ロビンも一緒に喜んでくれた。


「ありがとうございました!」


 そう言い小さく頭を下げると、ロビンは得意げにハッハッハッと笑った。


「良いって事よ! また何かあったらいつでも来な!」


「はい。頼りにしてます」


 壱が笑顔で言うと、ロビンはまた笑い声を上げた。




 食堂に戻り2階に上がると、ダイニングで紅茶を飲んでいた茂造に呼び止められる。


「壱よ、そろそろカルとミルの結婚パーティの料理の打ち合わせをしたいんじゃよ」


「あ、そっか。もうすぐだもんね」


 壱は自分の珈琲コーヒーを用意しながら、サユリに声を掛ける。


「サユリは何飲む?」


「ミルクを頼むカピ」


 サユリは応えながら、颯爽さっそうとテーブルの上に。


「解った。取って来るから待ってて」


 珈琲粉を蒸らしている間に、サラダボウルを手に厨房へ降りる。ミルクを入れてまた上がり、サユリの前に。


「前に言ってたパーティ料理考えてみたんだ。メモしてるの取って来るからちょっと待ってて」


 壱は珈琲をれるとテーブルに置いて、部屋へと戻る。デスクの引き出しに入れておいたメモを出し、再びダイニングに。椅子に掛け、まずは適温になったであろう珈琲を一口。


 メモを茂造に差し出す。


「どうかな。そんな難しいものは無い筈だから、カリルもサントも、勿論じいちゃんも、作り方さえ知れば問題無く作れると思うんだけど」


「ほうほう」


 茂造がメモを見ながら頷く。


 ローストポーク、牛肉の赤ワイン煮込み、蒸し鶏のサラダ、さけのムニエル、たいのアクアパッツァ、ツナときゃべつのペペロンチーノ。


 そして村の人たちに試食して欲しいかつおのたたき。わら焼きで提供する予定だ。


 以前は鰹をオイル煮にしてツナと言ったが、本来ツナはまぐろで作るものである。鮪が英語でツナなのだ。


 とりあえずオイル煮にした魚はツナと言う事にしておこう。訂正などは機会があればで良いだろう。


「ローストポークとワイン煮込み、蒸し鶏とアクアパッツァは、仕掛けたら放っておけるから、その間に他のものを作れるよ。鰹のたたきはお試しだから1分で充分だろうし、先に作っておいたら良いしね。冷ましたいから丁度良いよ。どうかな」


「ふむふむ。良いのじゃないかの。ほうほう、いろいろな料理が、まだまだこの村で作れるんじゃな。これは嬉しいのう」


 茂造が頬をほころばせながら、嬉しそうに言う。


「じゃあレシピを作るね。じいちゃん悪いんだけど、それをカリルとサント用にこの世界の文字で書き直してもらって良いかな」


「判ったぞい。しかしの、初めて作る料理じゃからの、一度作っておいた方が良いかも知れんの」


 茂造はそう言いながら首をひねる。


「じゃあ夜の賄いで作ってみる? でも、本当にそんな難しいのは無いんだよ。じいちゃんたちのスキルがあれば充分だと思うよ」


 派手に見えそうで、そう手間の掛からないものばかりを選んだつもりだ。


「そ、そうかのう? うむ、賄いでするにしても、下手をしたら食材が勿体無い事になりそうじゃしのう、量の加減がのう……うむ、では当日の調理時間を少し早めるかの。そしたら少し手間取っても大丈夫じゃの」


 やや興奮気味に言う茂造に、壱は安心させる様に笑みを寄越した。


「本当に大丈夫だって。じゃあレシピは今夜にでも作るよ。それで判断してもらったら良いかな」


「そうじゃの。そうさせて貰おうかの」


 茂造は安心した様に、何度も頷いた。


「あ、じいちゃん、昨日のマルタさんの件だけどね」


 壱は先程フジノから聞いた事、そして出来事をつまんで報告した。


「ほお、そうか。無事に解決したかの。良かった良かった。壱、サユリさん、ありがとうのう」


 安堵した様に笑顔を浮かべる茂造に、サユリは得意げに鼻を鳴らし、壱は笑みを浮かべて頷いた。




 食堂の夜営業が落ち着いた頃、メリアンに「お客さんだよ!」と呼ばれた壱とサユリ、茂造がフロアに出ると、マルタとフジノが立ち上がって頭を下げた。


 壱と茂造が正面に掛け、サユリはテーブルの上に。


「昨日に今日と、本当にありがとうございました!」


「ありがとうございました」


 元気なマルタの声と、やはり控えめなフジノの声。そしてふたりとも顔には笑みが浮かんでいる。


「仕事が終わってから、ふたりで腹式呼吸を練習してみたんですよ。凄いですね! 本当に今より大きな声が出せる様になって」


「フジノはともかく、マルタ、お前はもっと控えるカピ。うるさいカピ」


 サユリが顔をしかめて言うと、マルタはハッハッハッと豪快な笑い声を上げた。


「済まん済まん、ついな!」


「私はまだまだです。でも、これから頑張ってみようと思います」


 フジノが照れた様に言うと、茂造はうんうんと頷く。


「そうじゃの。じゃが無理する必要は無いぞい。マルタにとって嬉しいのは、お前さんの声が大きくなる事じゃ無くての、その気持ちじゃからの」


「はい」


 茂造の言葉に、フジノは嬉しそうに笑った。


 この夫婦は、これからも仲睦まじくやって行くのだろうと思うと、壱も嬉しくなる。


 もうすぐ結婚式を挙げるカルとミルも、そんな夫婦になって欲しいものだと、ミルの性質を思い出し、切に願う。




 さて食堂の営業が終わり、賄いで夕飯、そして風呂を済ませ、サユリとともに部屋に入った壱は、デスクに着くと引き出しから数枚の用紙とボールペン、スマートフォンを取り出す。


 カルとミルの結婚パーティ料理のレシピ作りである。


 メニューをリストアップした時にレシピも見たのだが、作り方はともかく材料の分量などは事細かく覚えていない。


 どの料理も作り方はそう難しいものでは無い。だが壱も初めて作るものがあるし、茂造たちの為にもレシピは詳細に作成せねばと思う。


 ひとつのメニューにつき、用紙1枚。


 壱はスマートフォンで検索しながら、順調にレシピ作りを進めて行った。


 サユリはベッドの上で欠伸あくびをひとつ。それを横目に微笑ましく思いながら、壱は持ち込んだ白ワインを一口。


 今日は少し夜更かしをする事になりそうだ。この村で丹念に醸造じょうぞうされた美味しい白ワイン、飲み過ぎない様にしなくては。


 明日の朝ご飯のメニューも考えなければ。壱はううんと首を捻った。


 しかし今はレシピ作りである。壱はまた用紙とスマートフォンに集中した。


 また増えているSNSの受信数から眼を背けながら。

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