#73 回鍋肉定食の朝ご飯と、米の種籾の芽吹き

 一夜明け、壱は朝食を作る為にキッチンに立つ。さて、今日は何を作ろうか。


 当然味付けに味噌は欠かせない。メインにも汁物にも味噌となると、壱はともかく、サユリや茂造にはくどいだろうか。


 いや、昨日は味噌味の親子丼に赤出汁だしだった。両方味噌だったが、ふたりとも旨いと言って食べてくれたでは無いか。親子丼の味付けは軽めだったが。


 壱は首を捻る。しばし考え、決める。


 今朝はメイン料理に味噌をしっかりと使い、汁物は澄ましにしよう。


 壱は鍋に水を張り、昆布を入れる。そして厨房に降りる。


 冷蔵庫から豚肉と卵と昨日の出汁殻、棚から玉ねぎときゃべつ、生姜しょうがとにんにくを取り出し、2階に戻る。


 まずは米を炊く。最初は強火に。


 さて次は野菜を切る。玉ねぎときゃべつはざく切り、生姜とにんにくは微塵みじん切りに。


 米の鍋が沸騰したので、弱火に落とす。


 昆布の鍋を火に掛ける。沸くまでの間にかつおを引き削りしておいて。


 沸いたら鰹節かつおぶしを入れ、火を止める。沈むまで待ち、出来た出汁を別の鍋に移し、弱火に掛けておく。


 出汁殻だしがらの昆布をカットし、鰹節が残ったままの鍋に戻し、昨日の出汁殻も足し、炒める。味噌と砂糖で味を付け、炒め煮の様にして行く。


 出来上がり。コンロから降ろしておく。


 出汁に玉ねぎを入れておく。やや火力を強め、煮て行く。


 さて、豚肉をカットしよう。一口大の薄切りに。塩で下味を付けておく。


 すみやかに包丁とまな板を洗って。


 米が炊き上がったので、解した後にまたふたをして蒸らす。


 合わせ調味料を作る。赤味噌と砂糖と水を混ぜ合わせておく。


 さて時計を見ると、そろそろサユリたちが起きて来る時間だろうか。


 壱はボウルに卵を割り、ほぐす。


 フライパンを火に掛け、オリーブオイルを引く。豚肉を入れ、しばしそのまま。


 その間に汁物を仕上げる。塩と、醤油しょうゆ代わりに少量の赤味噌で味を整えて、卵を入れる。ふんわりと固まったら、保温出来る程度のとろ火に掛けておく。


 その間に豚肉に火が通って来たので、木べらで解して返しながら全体を炒めて行く。


 そのタイミングで、サユリと茂造が起きて来た。


「おはようのう」


「おはようカピ」


「おはよう、ナイスなタイミングだよ。もう出来るよ」


「うんうん。ありがとうのう。では、わしは支度して来るからの」


 茂造が洗面所に向かうと、フライパンに生姜とにんにくを入れる。良い香りが立って来たらきゃべつを追加。全体に軽く塩をして、更に炒めて行く。


 きゃべつがしんなりして来たら、合わせ調味料を入れ、しっかりと混ぜ合わせながら炒める。


 香ばしい香りがして来た。回鍋肉ホイコーローの出来上がりだ。皿に盛り、テーブルに。


 昆布と鰹節の佃煮は小皿に、玉ねぎと卵の澄まし汁、白米はスープボウルに、サユリの分はサラダボウルに盛り、これらもテーブルへ。


 回鍋肉定食の出来上がりである。


 回鍋肉に佃煮にと、白米に合うものが被ってしまったが、頑張って貰おう。


 ちなみに壱は平気である。何故なぜなら両方大好きな味噌なのだから。


 茂造が戻って来る。笑顔のままテーブルに着いた。


「では、頂くとしようかの」


「どうぞ。いただきます」


「いただきます」


「いただくカピ」


 早速回鍋肉にはしを伸ばす。豚肉ときゃべつを重ねて口に運んだ。


 巧く出来た! 本来なら中華料理である回鍋肉は、甜麺醤テンメンジャンが味付けのメインになるのだが、にんにくと生姜のお陰か、赤味噌でも充分にそれらしく仕上がっていた。


「壱よ、これはあれじゃな、中華料理じゃの。家では食べる事は無かったんじゃが、外の中華の食堂に行った時に食べた事があるぞい。赤味噌でこんな事も出来るんじゃのう」


 茂造が関心した様に口を動かす。


「調味料はあるものにアレンジしてるから正確には違うものだけど、それらしく出来たと思うよ。良かった。口に合ったかな」


「勿論じゃ。旨いのう。和食だけで無く、中華料理まで食べられるなんてのう」


「もどき、だけどね」


 それでも茂造は嬉しそうに回鍋肉を、そして佃煮と白米を口に運んでいた。


「中華料理とは、これまでの和食と言うものとはまた違うのだカピか?」


 サユリが口の周りに赤味噌を付けながら訊いて来る。


「うん。和食は日本の料理って言って良いと思うんだけども、中華料理は、俺たちの世界の中国って国の中国料理を、日本人の口に入りやすい様にアレンジした料理って感じかな? 味も材料も価格帯も。この回鍋肉はどっちにもあると思うけど、これは中華にアレンジしたものだね。でも調味料が無いから、代わりに赤味噌を使ったんだ」


「成る程カピ。うむ、なかなか良い味付けカピ。今までの味噌とは違う味で、これも良いカピな」


 サユリは満足そうにほほを動かしていた。


「良かったよ、気に入ってくれて」


 壱は安堵して笑みを浮かべた。


 そしてまた、回鍋肉を口に入れる。うん、我ながら旨い。壱は眼を細めた。




 米の種籾たねもみが芽吹き始めた。土の中からひょっこりと覗いた緑の芽は、しっかりと、艶々つやつやとそびえ立っていた。


「おおー!」


 壱はガイたちとともに表情を輝かせて歓声を上げる。


「芽が出ましたね!」


 ガイが嬉しそうに言う。ジェンたちも嬉しそうだ。


「これが15センチほどになるまで育てます。そしたら田んぼに植えますよ。後一息です!」


「じゃあそれまでまた水をりますかー。楽しみですねー」


「そうっすね! 半年で刈り取れるんすよね? うわー楽しみだな!」


 ナイルとジェンが笑顔で言い、リオンも口角を上げて頷く。


「芽が出たら結構早いと思います。まだ水遣りの毎日で退屈かも知れないですけど、もう少し、よろしくお願いします」


 壱が言い頭を下げると、ガイたちはやや慌てた様に壱に寄る。


「勿論ですよイチくん。それに退屈なんて事もありません。これからが楽しみです」


「そうっすよ! 育つのが楽しみっすよ!」


「ですよねー。新しいものが食べられるかと思うと、楽しみでならないですよねー」


 ジェンもナイルも楽しそうに言い、リオンも頷いた。


「俺も食べて貰えるのが楽しみです。頑張って美味しい米を育てましょう!」


「おー!」


 みんなは意気揚々と拳を振り上げた。




 食堂の昼営業が終わり、壱とサユリは陶製工房へと向かう。フジノに話を聞く為だ。


「ねぇサユリ、俺が一緒に行っても大丈夫かな。サユリひとり、ひとり? 1匹? なら話してくれるかも知れないけど、俺が一緒じゃ、話してくれるものもくれないんじゃ無い?」


 壱が心配して訊くと、サユリは済ました顔で応える。


「大丈夫カピよ。壱は不思議と人に警戒心を抱かせないカピ。以前にも言ったカピが。我の横でにこにこしていたら良いカピよ」


「そ、そんなものなのかなぁ……」


 壱の懸念けねんは完全に拭えないが、サユリがそう言うのなら、信じるしか無い。


 さて、陶製工房に到着。ドアから壱が「こんにちは!」と声を掛けると、中から聞こえてきた「どうぞー!」と言う声は、お馴染みシルルのもの。


 ドアを開ける。


「こんにちは」


「邪魔するカピ」


「いらっしゃい! 今日は何を作ろうか!」


 威勢の良い事である。


「違うカピよ。今日はフジノに用があるのだカピ」


「あらそうなの? ちょっと待ってて。フジノー」


 シルルは言うと奥のドアを開けて、声を掛ける。するとそこからひとりの女性が顔を覗かせた。


「はい」


 小さな声の返事。だがただ小さなだけで、語尾もはっきりしていて、やはりただ大人しい女性なのだと言う印象。気弱だとか、その様な感じはしない。


 眼も輝いていて、意思の強さが見て取れた。


「サユリさんとイチくんがご用だって」


「ありがとうございます。じゃあ少し出て来ますね」


「はーい。ゆっくりで大丈夫だからね!」


「はい。ありがとうございます」


 フジノはシルルに小さく頭を下げると、小走りで壱たちの元へ。


「お待たせしました。では外へ」


 フジノにうながされ、壱たちは外へ。建物の脇に置かれているベンチに、壱、サユリ、フジノの並びで腰掛けた。


「どうしました? 何かありましたか?」


 フジノの静かな問いに、壱とサユリは眼を見合わせ、サユリが口を開いた。


「昨夜、マルタから相談があったカピよ」


「ああ……」


 それだけで思い至った様で、フジノは右手で口を押さえた。

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