#71 親子丼と赤出汁の朝食と、菜箸依頼と、耐火煉瓦調達

 さて、朝である。壱はキッチンに立つ。


 今日は赤味噌で味噌汁が飲みたい。問題は具材である。この食堂にあるものだと、やはりきゃべつか玉ねぎになってしまうか。


 貝類が欲しいところだが、この村では週に1度しか入手出来ない贅沢品ぜいたくひんなのである。


 おかずは何にしようかと考える。冷蔵庫や棚にあるものを思い浮かめながら。ああ、そう言えばこちらの世界に来てから、丼物を食べていない事を思い出した。


 よし、決めた。


 壱はまず、鍋に水を張り、昆布を入れる。


 次に厨房に降り、冷蔵庫から卵と鶏肉、棚から玉ねぎを出す。


 2階に上がり、まずは米を炊く。沸騰ふっとうするまで強火に。


 きゃべつと玉ねぎを切る。続けて鶏肉を小振りの一口大に。


 米が沸いて来たので、弱火に落として。


 昆布の鍋を火に掛ける。沸くまでの間に鰹節かつおぶしを引き削りに。そして昆布の鍋に入れて、火を止める。


 鰹節が沈み切ったら、出来た出汁だしを鍋とフライパンに分けて入れる。


 今日は出汁の出汁殼だしがらしは使わないので、明日の朝に回す事にする。


 出汁を入れた鍋を火に掛け、沸いたらきゃべつを入れておく。


 フライパンの方も火に掛ける。沸いたら米味噌と砂糖、塩で調味。味が決まったら鶏肉を入れ、煮れたら玉ねぎを追加。


 あまり煮立たせると味噌の風味が飛んでしまうが、この場合は気にしない。


 さて、今の内にまな板などを洗ってしまって。


 米が炊けたので、解してふたをして蒸らす。


 ボウルに卵を割り、ゆるめに解しておく。


 後は仕上げだけなので、サユリと茂造が起きて来るまで待つ事にする。


 時計を見ると、もうそろそろか。先に味噌汁を完成させておく事にしよう。


 きゃべつの鍋に、赤味噌を溶かす。味見をして。うん、良い加減だ。後でゆっくりと堪能たんのうする事にしよう。


 さてそうしていると、サユリと茂造が顔をのぞかせた。


「おはようのう」


「おはようカピ」


「おはよう。もう出来るよ」


「ありがとうのう。では支度をして来るかの」


 茂造が洗面所に向かうと、壱は最後の仕上げをする。


 鶏肉と玉ねぎのフライパンに、卵を回し入れる。端から固まって来るので、フライパンを小刻みに揺すり、菜箸代わりのフォークを外から内にゆっくり動かしながら、全体を半熟に固めて行く。


 今度、ロビンに菜箸さいばしを数膳作って貰おう。


 あと少しで良い感じ、のところで火を止める。


 食器棚を開き、器を探す。丼鉢に出来そうなものはあるだろうか。しかし見当たらなかったので、壱は少し深さのある、パスタなどを入れるのに丁度良さそうな皿を出し、米を盛る。


 さてその間に、余熱よねつで良い感じに卵がふんわりと固まった。それを米の上にたっぷりと。


 味噌味ではあるが、親子丼の出来上がりである。


 茂造が戻って来た。親子丼と味噌汁が置かれたテーブルに着く。サユリはとっくにテーブルの上で、親子丼の皿に鼻を寄せ、ひくつかせている。


「では、いただくとしようかの」


「ふむ、いただくカピ」


「はい、どうぞ。いただきます」


 壱はまず、味噌汁から。味見はしてあるので、美味しいのは判っているのだが、たっぷりと頂けるのは楽しみだ。


 ずずっとすする。口内に広がる赤味噌の旨味。ああ、久々の赤味噌に癒される。米味噌よりはパンチが効いている。しかしふくよかな大豆の甘みも感じられ、上出来な赤味噌である。


 具のきゃべつをみ締めてみると、やはり赤味噌に良く合う。昨日生を赤味噌で食べた時に合う事を確信したが、火を通して甘くなったきゃべつもまた、違った味わいで美味しく仕上がっている。


 ああ、嬉しい。壱はじんわりと頬を緩ませる。


 さて、次は親子丼。こちらは食べやすい様にスプーンで。具と米を合わせながら口に運ぶ。


 鶏肉は柔らかくしっとりと、玉ねぎはしんなりとしているが歯応えがあり、卵はふんわりと仕上がっている。仄かな味噌の風味が思いの外合っていた。


 味噌万能! 壱は感動すら覚える。うっとりと眼を細めた。


「親子丼が食べられるなんてのう。嬉しいのう。味付けはどうやったんじゃ?」


 茂造が嬉しそうにスプーンを動かしている。


「出汁と味噌と砂糖と塩。本当なら醤油と味醂と酒と砂糖なんかで割り下わりした作るんだけど、砂糖しか無いからね。いつもの味噌と塩で代用してみたんだけど、それらしく出来て良かったよ」


「成る程のう。巧く考えるもんじゃのう」


「親子丼……成る程カピ、鶏の肉と卵で、親子カピか」


 サユリが皿に顔を突っ込みながら言う。


「その通り。どうかな。口に合う?」


「旨いカピ」


 食べる口を止めようともせず、サユリはもごもごと言った。


「良かった。これが豚とか牛になったら他人丼。そっちも旨いよ。今度作るね」


「楽しみにしているカピ」


 サユリは嬉しそうに言うと、鼻を鳴らした。




 米の種籾たねもみに水をやり、昼営業の仕込み、そして昼営業が終わり、休憩時間に入る。


 壱は手押し車にサユリを乗せ、まずは木製工房に。


「こんにちは!」


 ドアをノックして、声を掛ける。その間にサユリも壱の横に。


「おう、入って良いぞ!」


 中から聞こえて来るのは、すっかりと聞き慣れたロビンの声。


「お邪魔します。また作って欲しいものがあって」


「邪魔するカピよ」


「おう、今度は何だ?」


 溌剌と頼もしい返事。


「菜箸を。あの、前に作って貰った箸の、持ち手部分が長いやつで、トータル30センチくらいでしょうか」


「おう判った。何本要るよ」


「3揃い分、6本お願いします」


「よっしゃ。今回も2本ずつ色付けるか?」


「あ、そうですね」


「また坊主がやるか? こっちでやっとくか?」


 壱は少し考え、言う。


「また自分でやって良いですか?」


 はしにカラーリングをした時にも感じた達成感。そのものは作って貰うのであるが、そうする事で自分も関わった思いが出来る。それが楽しくて嬉しいのだ。


「おう、構わんぜ。明日には出来るからよ、取りに来い!」


 ロビンは良い、気持ちの良い笑顔を見せてくれた。


「ありがとうございます! じゃあまた明日!」


「頼むカピ」


「おう!」


 壱とサユリは礼を言い、工房を辞した。


 サユリはまた手押し車に乗り、次に向かうのは陶製工房。


「こんにちは!」


 先程と同様、ドアをノックする。


「はーい、どうぞー」


 声がしたので、ドアを開ける。


「こんにちは」


「邪魔するカピ」


「あらサユリさん、イチくん、こんにちは。どうしたの?」


「前に言っていた耐火煉瓦たいかれんがが欲しくて来ました」


「ああ! はいはい。オッケーオッケー持ってって! こっちどうぞー」


 シルルは明るく言うと、奥のドアを開け、壱とサユリを促す。


 そのドアは工房の裏に続いていて、出ると釜があり、脇にはストックしてある煉瓦が積んであった。


 シルルがその煉瓦の一部を指差す。


「これが耐火煉瓦。好きなだけ持ってって!」


「ありがとうございます!」


 壱は表に周り、手押し車を運んで来る。ボトムのポケットからメモを出し、書かれた個数の煉瓦を数えながら手押し車に積んで行った。


「シルルさんありがとうございます! 頂いて行きますね!」


「はーい。また何か作るの? 私たち食べれる?」


 食べられるもの前提か。まぁ確かに壱は食堂の人間だし、これまでも食に関する頼みごとばかりをして来た訳だが。


是非ぜひ食べてみてください。今度作りますね」


「楽しみにしてるね!」


 シルルは笑顔で言い、壱とサユリを送り出してくれた。

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