#69 豆味噌(赤味噌)を作ろう

 畑に到着した壱は、枝豆畑で作業をしている男性に声を掛ける。


「マルタさん、こんにちは」


「おうイチ、こんちわ」


 男性、マルタは手を止めてくれた。


「枝豆の種が欲しいんです。分けてもらえませんか?」


「おう、構わんぜ。どんだけ要るんだ?」


 マルタは気安く応えてくれる。


「ありがとうございます。750グラムぐらいで」


 米味噌を作る時に、茂造が貰って来てくれた時も、それぐらいの容量だった。1リットルの大豆は大凡750グラムなのである。


 一度ででたり出来る分量でもある。出来たあかつきには、また残量の確保などをサユリに頼る事になるのだろう。本当に感謝だ。


「オッケー。ちょっと待ってろ、持って来てやるよ」


「あ、俺も行きますよ」


「そうか?」


 壱とマルタは並んで、種などを保管してある納戸なんどに向かう。中に入り、棚に置かれているいくつかの布の袋のひとつをマルタが開けると、半分ほどの大豆が入っていた。


「750グラムな。ええと、袋、袋っと」


「あ、袋あります」


「おう」


 壱がつかんでいた紙の袋を差し出すと、マルタはそれに枝豆の種、つまりは大豆を入れてくれる。スケールに乗せ、750グラムを量る。


「ほらよ、枝豆の種750グラム」


「ありがとうございます」


 壱は受け取って頭を下げた。


「何だ? また壱たちの世界の食いもん作んのか? 前に店長さんが種取りに来た時に、んな事言ってたからよ」


「そうなんです。食べ物って言うか調味料なんですけど、前の時と同じやつの味違いを。前に作ったのは、今度食堂でも出せたら良いなって思ってて」


「お、そりゃあ楽しみだ。じゃあ種ももっと用意しとかなきゃな」


「その時にはよろしくお願いします」


「おうよ、任せとけ」


 マルタの頼もしい笑顔。


 壱はうきうきとスキップでもする様な足取りで、食堂に戻った。




 では、豆味噌、要は赤味噌作りの開始である。2階のキッチンで行う。時間魔法の為にサユリはテーブルの上でスタンバイ。茂造も作り方を是非ぜひ見たいと椅子に掛けている。


「まずか豆麹まめこうじを作るよ。大豆を洗って、と」


 大豆をザルに入れ、ボウルを下に重ね、流水にさらしながら、軽く大豆同士をこすり合わせる様にしながら洗う。


 水を切り、下に重ねていたボウルをすすいで、そこに大豆を移す。大豆がしっかりとかるまでたっぷりの水を入れる。


「これで丸1日放置。サユリ、お願い出来る?」


「任せるカピ」


 サユリが右前足を上げ、宙に円を書く様に動かす。


「終わったカピ」


「ありがとう。じゃあこれをこの水ごと煮て行くよ」


 大豆を水ごと大きな鍋に移し、火に掛ける。まずは強火で。沸いたら弱火に落とす。


「ここから2、3時間煮るんだ。サユリ、まずは2時間お願い出来る?」


「うむカピ」


 右前足を上げるサユリ。


「終わりカピ」


「ありがとう」


 壱はスプーンで大豆を1粒すくうと、指でつまんでつぶしてみる。うむ、まだ少し真ん中にしんが残っている感じがする。


「あと15分、お願い出来る?」


「うむカピ」


 また右前足をひらり。


「出来たカピ」


「ありがとう。どうかな」


 先程の作業をもう1度。うん、今度はちゃんと中まで柔らかく潰れた。


「良しっと。じゃあザルで湯を切って、鍋に戻して、水分を飛ばしてっと」


 大きな鍋なので、持ち手は両手に付いている。しっかりと掴んで、火に掛けて返しながら大豆の表面を乾かして行く。


 それが終わると、テーブルの上に大きめな紙をき、大豆を広げる。


「これの温度を36度まで下げる。サユリ、頼める?」


「ほれカピ」


 右前足を上げる。


「ありがとう」


 そこに麹菌きくきんを掛け、全体に行き渡る様に両手で混ぜて行く。


 全ての大豆に麹菌が行く様に。眼を凝らしながら両手を大きく動かして行く。


 小麦粉を茶色になるまでったものをはったい粉と言うのだが、それを麹菌に混ぜると、この作業の時に色のお陰で麹菌が満遍まんべん無く行っているか判りやすいのである。だがこれを作る事自体が手間なので、省略した。


 それにはったい粉は壱の家の蔵でも使っていないし、壱は経験から培われた感覚で、無くても判る。大豆の薄いベージュと麹菌の白色は確かに近いが、慣れているので区別が付くのである。


 さて、全体に麹菌がまぶされたので、ここから発酵に入る。


 木製のバットに移して広げ、大豆が乾燥しない様に、らして硬く絞った布を被せる。


「サユリ、大豆の温度判る?」


「うむ? ん、29度だカピな」


「丁度良いな。この温度を保ったまま20時間ぐらい。頼める?」


「解ったカピ」


 また右前足を上げるサユリ。


「終わったカピ」


「ありがとう。じゃあ手入れをして、と」


 布を外し、大豆を手早く混ぜて行く。また布を掛ける。


「また29度を保ったまま、そうだな、30時間ぐらい。サユリ、お願い」


「うむカピ」


 サユリの右前足が空を書く。


「終わりカピ」


「ありがとう。さて、どうかな」


 布を外して見てみると、大豆の表面が緑の粉を吹いたみたいになっている。両手で掬い上げると、粒がバラバラになっていた。


「やった、豆麹完成! サユリありがとう! 次は味噌の仕込み!」


 壱が安堵あんどして息を吐きながら言うと、サユリはテーブルの上で得意げな表情。


 さて、ここでようやく味噌作りである。先程大豆を洗ったり浸けたりしたボウルで、塩水を作る。


 塩が溶ける様に、しっかりと手でき混ぜて。


 塩水が透明になったら、先程完成した豆麹を入れ、混ぜて行く。


 そうして出来上がった種を木桶に入れて行く。


「ここから2日ほど置く。サユリよろしく頼むよ。その間に俺、マッシャーとり鉢と擂り粉木すりこぎ取りに行って来る」


「解ったカピ」


 壱は厨房に降りて、器具を取り、そしてついでとばかりに棚からきゃべつを取って、2階に戻る。


「壱、終わったカピよ」


「ありがとう。じゃ、水分吸ってもっと柔らかくなった大豆を潰すよ」


 容器のままマッシャーを突っ込み、潰して行く。粗方あらかた潰れたら、擂り鉢に適量ずつ移しながら、更に細かくして行く。


 そうして出来たものを、また木桶に戻し、本格的に熟成じゅくせいを始める。出来る限り空気に触れない様に布でふたをして、中蓋をして、重石を乗せる。塩の容器を代用した。重ささえ足りていれば良いのだ。


「さて、これで2年!」


「2年カピか。それはなかなかカピな。ま、良いカピ」


 サユリはまた右前足を上げ、回す。これは少し時間を要した。


「ふむ、終わったカピ」


「ありがとうサユリ! ちゃんと出来たかな!?」


 待ち遠しくてたまらない。慌てて開けてみると、そこには艶々つやつやとした、濃い赤い色の味噌が出来上がっていた。


「おお……!」


 壱は感嘆かんたんの声を上げると、スプーンを持って来て、早速少量を掬った。


 心を躍らせながら、口に運ぶ。


 広がる風味。やや辛い。しかし大豆の甘みもしっかりと感じる。


 見事な赤味噌が出来上がっていた。


 久しぶりの味。壱は懐かしさを感じ、眼を細めた。


「壱よ、どうじゃ? 出来たのかの?」


 茂造がそわそわしながら訊いてくる。壱は嬉しさを隠そうとせず、大きく頷いた。


「出来た! じいちゃんも味見してみて。スプーン持って来る!」


 壱が茂造に新しいスプーンを渡してやると、茂造がごっそりと掬おうとしたので、壱は慌てて止める。


「それだと辛いよ。ほんの少しで大丈夫。スプーンの先にちょこっとだけで充分」


 茂造が壱の言う通りにし、少量をめる様に口にする。


「おお! 成る程の! 赤味噌じゃ。これは良いのう。確かに辛いと言うか濃いんじゃが、旨味も甘みもしっかりあるのう。いつもの味噌汁も勿論旨いんじゃが、味噌が変わるとまた気分も変わって良いだろうからのう」


 茂造は嬉しそうに頬を綻ばせる。


「そうじゃ、良く家内が赤味噌でしじみ浅蜊あさりで味噌汁を作ってくれておったのう。懐かしいのう」


 茂造がしみじみと眼を細める。この世界に連れて来られる直前に亡くした祖母を思い出しているのか。


 確かに貝類の味噌汁に多く使われる味噌のイメージだ。だが豆腐でもでも美味しい。どちらもこの世界には無いものだが。


 壱としては、味噌汁は勿論だが、醤油しょうゆ代わりの調味料に使う事が多くなると思う。そうすると汁物にもメインにも味噌が使える。それは壱にとってとても素晴らしい事なのだ。


「じゃあ早速、きゃべつに付けて食べてみよう!」


 壱はきゃべつをざく切りにするとザルに入れて洗い、上下に振って良く水分を切る。


「少しずつ加減して味噌に付けてみて。赤味噌はきゃべつに良く合うよ」


 茂造が嬉しそうにきゃべつを手にする。壱もきゃべつを取ると赤味噌を少し付け、サユリの口に運んでやる。サユリは香りを確認する様に鼻を動かした後、かじり付いた。


 壱も自分の分を用意し、口に放り込む。しっかりと咀嚼そしゃくして味わう。


 やはり美味しく出来ている。きゃべつの甘みと相まって、味噌の旨味も引き出される。


「うむ、成る程カピ。これもなかなか良い味噌だカピな。いつものより確かに辛いカピが、甘いきゃべつと合っているカピ」


「うんうん、良いのう。旨いのう」


 サユリも茂造も、満足げに口を動かしている。壱は嬉しくなって、笑みを浮かべた。

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