#68 鮭の塩焼き定食の朝ご飯と、擂り鉢の評判

 さて一夜明け、壱は朝食を作る。


 ノルドは昨日から新居に移ったので、1日ぶりに米と味噌が使える。


 今朝は是非、味噌汁を頂きたいところだ。


 鍋に水を張り、昆布を入れておく。


 続けて食材を取りに、厨房へと降りる。


 冷蔵庫からさけ、棚から玉ねぎと人参、じゃがいもを取り出し、上へ。


 先にご飯を炊いておく。昨夜から吸水させておいた米の鍋を強火に掛けて。


 まずは鮭を切る。厚さは1センチほどか。それをバットに置き、両面に塩を振る。


 鮭は白身なので臭み抜きなどは特に必要無いが、味を付けたいのだ。


 少し早いが、昆布を入れた鍋を火に掛ける。沸くまでの間に鰹節かつおぶしを引き削り。


 昆布の鍋が沸いたら、出来た鰹節を入れて火を止める。


 鰹節が沈むまでの間に、じゃがいもの下拵したごしらえ。皮をいて、太めの短冊に切り、水にさらす。


 鰹節が沈んだので、出た出汁だしを別の鍋に移す。それを弱火に掛け、じゃがいもを入れる。


 そろそろ米の鍋が沸いて来たので、弱火に落とす。


 次に人参を千切りにし、玉ねぎは薄切りに。人参の葉も同じくらいの長さに切っておく。


 出汁殻だしがら昆布こんぶをカットし、鰹節と味噌、砂糖を入れて煮詰めて行く。水分が少なくなったら火を切っておく。


 さて、鮭を焼き始めよう。少し出ている水分を丁寧ていねいに拭き取り、薄くオリーブオイルを敷いたフライパンでじっくり焼いて行く。


 その横でもうひとつフライパンを出し、オリーブオイルで人参を炒めて行く。根菜なので火通りが遅いので、適度に返しながら。


 その間にじゃがいもの鍋に味噌を溶く。


 米が炊き上がったので、解し、ふたをして蒸らしておく。


 時計を見ると、そろそろサユリと茂造が起きて来る時間だ。壱は鮭を返し、人参のフライパンに玉ねぎを加え、更に炒める。


 玉ねぎがしんなりとして来たら人参の葉を入れ、塩で味付けする。仕上げに鰹節を入れ、さっと火を通す。


 その頃に、サユリと茂造が起きて来た。


「おはようの」


「おはようカピ」


「おはよう。今朝は一緒なんだね」


「うむ、壱が先に起きて朝ご飯の準備をしてくれているからの、直接サユリさんを起こしに行くのが早いと学習したんじゃ」


「ああ、それはそうかも」


 壱が笑うと、茂造もほっほっほっと笑みを返した。


「まずは壱に挨拶せんと、と思っていたんじゃが、この方が効率が良いからのう」


「そうだね」


 壱は言いながら人参と玉ねぎと人参葉のフライパンを返す。横では鮭がじわじわと焼けている。


「では儂は支度をして来るからの」


「はーい」


 では仕上げに入ろう。昆布と鰹の佃煮を小皿に。


 じゃがいもの鍋に人参葉の一部を入れてさっと火を通し、スープボウルに注ぐ。


 白米もスープボウルによそう。


 鮭の塩焼きと、人参と玉ねぎのおかか炒めは、1枚の大きな皿に一緒に盛り、テーブルに置く。


 鮭の塩焼き定食の出来上がりである。


 かなり鰹節の味に頼った定食になったが、まぁ良いだろう。


 昨日お預けを食らった分、是非ぜひ味噌を堪能たんのうしたかった。となると、やはり味噌汁がマストだと壱は考える。


 しかし料理をしていてつくづく思った。やはり赤味噌が早く欲しい。今日の昼休憩に作れるだろうか。他にしかければならない事は無かったか。


 ……裏庭にわら焼き用のスペースを作りたかった事を思い出す。しかし壱の中の優先順位は赤味噌がダントツにトップだ。


 さて、茂造が戻って来たので、食事を始める。


「いただきます」


「いただくかの」


「いただくカピ」


 さて、まずは味噌汁から。スープボウルのふちに口を付け、熱いのを耐えながら一口すする。ああ、うん、やはり味噌は良い。壱は眼を閉じ、その旨味をじっくりと味わう。


 懐かしい。たった1日食べられなかっただけなのに。


「ほっほっほ、やはり味噌汁は旨いのう。壱のお陰でまた味噌が食べられる様になって、本当に感謝じゃな」


「そう言って貰えると嬉しいよ。俺も助かった、この世界に大豆、と言うか枝豆があって。じいちゃんの前の代の人に感謝だね」


「それは勿論もちろんそうじゃが、壱がおらんかったら、味噌の材料が大豆じゃと言う事も、枝豆の種が大豆じゃと言う事も判らんかったからのう。儂も色々と出来る様になったつもりでおったが、まだまだ知らない事が沢山あるのう」


 ……おや、以前にも同じ様な話をした様な気がするが。まぁ良いか。


 じゃがいももほっくりと煮えている。出汁も染みていて美味しい。


 次に、人参と玉ねぎのおかか炒め。鰹節の味に助けられ、風味が良い。歯応えもシャキシャキしていて美味しい。


 続けて鮭の塩焼き。箸を入れると、ほろりと身が解れる。口に入れると程良い塩加減。そしてしっとりと焼きあがっていた。


 弱火でじっくりと焼いたのが良かった様だ。パサついてしまった魚は美味しく無くなってしまう。それは悲しい出来事である。


 最後に白米。まずは何も付けずに白いまま口に運ぶ。ふっくらと艶やか、味わい深い。


 次に佃煮を乗せて。甘くて香りの強い白米と味噌味の佃煮の相性は素晴らしい。


 やはり米と味噌は毎日食べなければならないと、昨日食べなかったからこそしみじみ思う。


 日本人だからでは無い。単に壱が好きなだけである。


「我もお前たちの味覚にすっかりと慣れたカピよ。日本のご飯カピ? 米だ味噌だのと、習慣になって来たカピ」


「これからもいろいろ作るよ。でさ、今日の昼休憩に赤味噌作れないかなと思ってるんだけど。材料は大豆と麹菌きくきんと塩。豆味噌だから米とか麦はいらないんだ。大豆で豆麹まめこうじを作るんだよ」


「おお、味噌の種類が増えるのは嬉しいのう。構わんぞい」


「うむ、ではまた我の時間魔法の出番カピか」


 茂造が嬉しそうに眼を細め、サユリが鼻を鳴らす。


「サユリの魔法には本当に助けられてるよ。あれが無かったら、味噌なんて年単位だからね。またよろしくね」


「構わないカピ」


 サユリは得意げに言い、また鼻を鳴らした。


「ありがとう」


 壱が言うと、サユリは心なしか嬉しそうに眼を伏せた。




 朝食の洗い物を茂造に任せ、壱とサユリは裏庭へ。


 ガイたちとともに、育成中である米の種籾たねもみの植木鉢に水をく。まだ芽は出ていない。


 それが終わると、以前の職場の手伝いに向かうガイたちを見送り、昼営業の仕込みに加わる。


 先日から昼限定でフレンチトーストがメニューに加わったので、パンの量が増え、サントは少し大変そうである。


 壱が持ち込んだメニューなので、汗を拭きながらパンを捏ねるサントに詫びると、サントは笑みを浮かべて言ってくれる。


「構わない。あれは旨いから。俺もまた食べたいと思っている」


「そう言ってくれたら嬉しいよ。夜の賄いの時で良かったら、また作るね」


 サントは嬉しそうに小さく笑みを浮かべると、またパン作りに集中する。


 壱も仕込みを続けなければ。


 先日陶製工房で作って貰ったり鉢を出す。そこにパジルを入れ、擂り粉木すりこぎつぶして行く。


「やっぱりそれ凄いな! 便利だよな擂り鉢!」


「うん。作って貰って良かったよ」


 擂り鉢を受け取った翌日、壱は早速厨房に持ち込んで、バジルソース作りに使ってみた。


 その日の朝に使い心地は試していたので不安は無かったが、肝心のバジルソース作りに役立てなければ意味が無い。


 しかしそんな心配も何のその。擂り粉木を動かして行けば、バジルは底からあっという間に細かくなって行った。


 カリルとサントは歓喜の声を上げた。


「すげー! これだったらすんげー楽になるじゃん! イチありがとうな!」


「……凄いな」


 そうして細かくなったバジルをボウルに移し、それを何回か繰り返す。そこにオリーブオイルとにんにくの微塵みじん切り、塩胡椒こしょうで調味をし、バジルソースの完成である。


 包丁で叩いて作るより余程早い。これは小さな革命である。




 さて、昼営業も終わり、休憩に入る。


「じゃあ俺、大豆貰って来る!」


 壱は威勢良く言うと、畑に向かって食堂を飛び出して行った。

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