#66 米の苗育成、ノルドの新居、そして家事

 仕込みに入る前に、壱とサユリは裏庭に出る。米の苗作りの最中だ。


 土の湿り気などは、昨日の夜の時点では大丈夫だった。しかし翌朝まで数時間あったので、軽く水遣りをしてやっていた。


 ガイたちは既に来ている。


「おはようございます」


「おはようカピ」


 壱たちが挨拶をすると、ガイたちもにこやかに返してくれる。


「おはようございます」


「おはようっす!」


「おはようございますー」


「……おはようございます」


「イチくん、昨日の夕方か夜に水をってくれました?」


 ガイが植木鉢を覗き込みながら言う。ガイたちと水遣みずやりをしたのは昨日の朝。土の湿り気を見て感付いた様だ。


「あ、はい。夜に軽く」


「ありがとうございます。やはり朝だけで無く、夕方にでも集まった方が良いでしょうね。夕飯の前にでも」


「でも時間合わせにくく無いですか? 仕事が終わる時間、職場に寄って違うんでしょう?」


 食堂に夕飯を食べに来る時間が村人によって違うので、壱はそう思っていたのだが。


「そうでも無いですよー。確かに差はありますが、実はそんなに変わらないんですよー。仕事の後、銭湯に行ってから食事に行く人が遅めになると言いますかー」


「そうなんですか?」


「そうっすよ。それに今、俺らの本職は米なんすから、どうにでもなるっすよ。イチくんだけに負担を掛ける訳にはいかないっす」


「夕方でしたら、イチくんは食堂がありますね。水遣りだけなら俺たちだけで大丈夫ですね」


「そうだねー」


「そうっすね!」


 ナイルも頷く。


「裏から声を掛けますから」


 気付けば話が進んでしまっていた。しかしこれは確かに壱には助かる事である。有り難く甘える事にしよう。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 壱が小さく頭を下げると、ガイたちは微笑んだ。


「では、今朝の水遣りをしましょう」


 壱は如雨露じょうろを取り、みんなに渡すと、各々おのおの水を入れに行った。


流石さすがにまだ芽は出ないですねぇ」


 壱が言うと、ジェンが可笑おかしそうに笑った。


「昨日植えたばっかじゃ無いっすかイチくん」


「待ち遠しくて」


 壱が照れた様に笑うと、ナイルも笑う。


「解りますー。僕も楽しみですもんねー新しい食べ物!」


「ナイルは本当に食いしん坊っすねぇ!」


「えー? みんなは楽しみじゃ無ーい?」


 ナイルが唇を尖らすと、ガイが可笑しそうに笑う。


「気持ちは解りますけどね。俺も楽しみですよ」


 そんな話をしながら、みんなは水をいて行った。




「と言う訳で、昼営業の仕込みにじいちゃんはいません。特にカリルの負担が大きくなるかも知れないけど、よろしくお願いします」


 昼営業の仕込みの時間になり、出勤して来たカリルとサントに言う。


「オッケー。じゃ、オレはまずは肉と魚に集中かな。つっても昼はあんまり無いけどな。ブイヨンはイチに仕込んでもらって、灰汁あく取りはその時に出来る奴がやるって事で。サントは何時いつもの通り、パンとパスタな。大丈夫、いけるいける!」


 カリルの軽い口調ながらも頼もしい台詞に、サントも頷く。


「イチも大分ここの仕事に慣れて来たもんな。手際も良いし。じゃ、始めるか!」


 カリルが景気良く両手を打ち鳴らし、壱たちは仕込みに入って行った。




 茂造が戻って来たのは、昼営業が始まった頃だった。


「抜けてしまって済まんかったのう。さてさて、わしも入るぞい」


 割烹着かっぽうぎを着けながら茂造は言う。


「ノルドさんは? 大丈夫なの?」


「うむ。家を決めて来たからの。今、村人何人かが手伝ってくれて、掃除中じゃ。その後はロビンと診療所改装の相談じゃの。その頃にはまた顔を出すんじゃが、とりあえずは大丈夫じゃ」


「そっか。診療所の開店、楽しみだなぁ」


「診療所出来たら助かるよな! 病気とか怪我とか滅多に無いけど、だからたまに熱とか出た時、怖いな! て思う事があるんだよな。酷くならねーだろうって解っててもさ」


「そうなんだ。あーでも確かに、俺もこの前熱出した時には不安になったかなぁ。俺たちの世界では病気になったら大体医者に診てもらうから。熱って言っても、ただの風邪だったら良いけど、インフルエンザとかだったら大変だし」


 壱の場合は知恵熱と思われた訳だが。


「い、いんふる?」


 カリルが首を傾げる。そうか、この世界にインフルエンザは無いのか。それは良い事だ。


「俺らの世界の病名。高熱が出てしんどいんだ、あれ」


 壱も罹患りかんした事がある。数日寝込み、熱が下がっても感染防止の為に家に引きこもっていた時は、本当に退屈だった。


「そこまでの熱が出た事は無いなー。そこはやっぱりサユリさんの加護のお陰か?」


「そうだね」


 そのサユリは今、食堂が営業中なので、フロアにいる。今頃客席をせわしなく渡り歩いているのだろう。


「店長さぁん」


 マーガレットが空いた皿を両手に厨房に入って来る。


「ノルドさんが来られててぇ〜、お家のお掃除終わったんですってぇ〜。ランチ終わったらロビンさんと合流するからってぇ〜」


「おお、そうかのそうかの。では儂は昼営業が終わったら行こうかの。ノルドの新居に行ったら良いのかの?」


「そうして欲しいって言っていたわよぉ〜」


「解ったぞい。ありがとうの」


「はぁ〜い」


 マーガレットは笑顔で返事をすると、皿をサントに渡してフロアに戻って行った。


「ふむ、もしかしたら夜営業の仕込みに間に合わんかも知れんが、済まんのう」


「大丈夫っすよ! 昼の準備も行けましたからね!」


「俺も大分慣れて来たしね」


 サントも皿を洗いながら頷く。


「頼もしいのう。よろしくの」


 茂造がほっほっほっと笑いながら言った。




 さて昼営業が終わると、従業員は一時的に家に戻り、茂造もノルドの新居に向かう。


 サユリとふたりになった壱。とは言えゆっくりはしていられない。


 洗濯物がそこそこまっていた筈だ。壱がやれはしり鉢だクッキーだと外出している間に、茂造が数日に1度、洗濯してくれていたのだ。


 今日は茂造が出ているので、壱がする事になる。


 洗濯場は2階にある。物干し場のあるバルコニーの横だ。


 そこには大型の洗濯機が置かれている。壱たちの世界のものの様に高性能では無いが。


 タイマーは付いているものの、ただ中のドラムが回るだけである。洗う用に低速、脱水用に高速。乾燥機は無い。


 しかし1枚1枚手洗いをするよりは、余程手間が省かれる。


 こうした機械は、街で開発されている。この村では、自宅用に持っているのはこの食堂だけである。購入はともかく搬入が大変なのである。重量があるので、1往復で1台運ぶのがやっとなのだ。


 村の集会所に、共用の冷蔵庫と並んで洗濯機が並んでいる。それを村人が交代で使用しているのだ。


 故障などがあれば、ロビンたちドワーフの腕が光る。


 この世界の洗濯も、洗剤を使用する。液体洗剤である。汚れは普通に落ちるが、色物と白いものは分けて洗わなければならない。


 茂造はそれが面倒だと言って、はなから下着も含めて白いものは購入しない。いつでも色の濃い洋服を着ているのはそれが理由だった。


 そう言われてみれば、茂造が壱の為に村人から譲り受けた数枚の服なども、色物ばかりだった。


 壱も新しく服を買う時は気を付けなければ。やはり分けて洗うのは面倒だ。


 さて、洗濯物を1枚ずつ洗濯機に入れて行く。脱水後に少しでも服同士が絡み合うのを防ぐ為だ。


 そして洗剤を直接入れて、まずは洗浄である。ちなみに柔軟剤などという贅沢なものはこの世界には無い。


 さて、その間に掃除である。これも今まで茂造が数日に1度、してくれていた。


 朝食の洗い物と言い、そう思うと壱は結構家事を茂造に任せてしまっていた。


 しまった、それはこの村の掟に沿っていないでは無いか。いくら遊びでは無い外出が多かったと言っても。これは反省である。


 茂造が老体で掃除をするのが大変だからと、サユリがあまり汚れない様にしてくれているらしいので、壱もその恩恵おんけいを受ける。大変助かる。


 実は食堂の厨房に勤める者は、この村の中では仕事の拘束時間が長いのである。なので独り暮らしのカリルもサユリの掃除の加護があるらしい。サントは妹と暮らしているので、協力している様だ。


 壱は時計を見る。洗濯機にタイマーは付いているが、アラームなどは無いので、ある程度時間を見て、戻って来なければ。


 そして脱水して、流水濯ぎである。その後、脱水。全て手動で設定する。


 そう思うと、壱たちの世界の全自動洗濯機の、何と優秀な事か。


「さ、掃除掃除っと」


 掃除機などは無いので、叩きと箒での掃除である。壱は鼻歌を歌いながら、道具を取りに行った。

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