#64 スープパスタで朝ご飯

 さて、一夜明けて朝になる。壱はまた起きて、朝ご飯を作る為にキッチンに立つ。


 今日はこの世界の客人もいるので、味噌と米のメニューは封印である。口に合うかどうかが判らないからだ。


 壱は厨房に降り、冷蔵庫を開ける。


 卵、鶏肉を取り出し、棚からは玉ねぎ、人参、きゃべつ、小麦粉を。


 上に戻り食材を下ろすと、今度は鍋を持って再び厨房へ。ブイヨンを頂く。


 まずはボウルに小麦粉と塩少々を入れ、真ん中に開けた穴に卵とオリーブオイルを加え、ねて行く。


 そうして出来た生地を寝かせている間に、人参を半月切りに。それをブイヨンの鍋に入れて火に掛ける。


 続けて玉ねぎときゃべつをざく切りに。沸いたブイヨンに加えて煮て行く。


 鶏肉は1口大にカットして、これも鍋に入れて行き、灰汁あくが出たら丁寧ていねいに取る。


 出来ればどの材料もしっかりと柔らかくしておきたい。何せ客人は病人とも言える身だ。少しでも消化の良い、身体に優しいものが良いと思う。


 起きて来てくれれば、の話なのだが。


 さて、野菜が柔らかくなった。壱はレードルで野菜だけを器用にすくうと、り鉢に入れる。擂り鉢は昨夜の内に洗っておいた。


 正直、ここで擂り鉢を使う必要は無いのだ。だが使ってみたかった。好奇心とも言えるかも知れない。


 本来作りたかったメニューだと、確かに使う事が良かったのだが、さて、今回はどうか。


 擂り粉木代わりの麺棒を使い、野菜を荒く砕いて行く。


 要は使い心地である。これは良い感じだ。とても滑らかに擂り粉木すりこぎが動く。野菜は順調に適度に細かくなっていた。


 しかし目的は野菜の粉砕では無い。


 適当な所で止めて、鍋に戻す。ああ、しかしこれで更に良い出汁だしが出るかも知れない。


 擂り鉢の出来は、壱が元の世界で使っていたものと、然程さほど変わらない様に感じた。


 この世界に無いものだから、シルルにお願いする時に出来る限りの細かい説明はした。シルルはそれをんでくれたと言う事だ。やはり職人は凄い。


 さて、寝かせておいた生地を加工する。ショートパスタにする予定だ。その前に湯を沸かしておこう。


 生地を綿棒で伸ばし、一口大の正方形に切って行く。こんな形のパスタは壱たちの世界でも見た事が無いが、壱にはマカロニなどにする技術は無い。


 腹に入ってしまえば何でも同じ! そう開き直る事にする。


 いて言えば、蝶々もしくはリボンの形であるファルファッレに似たものなら壱でも作れそうだが、何せひとつひとつの手作業では時間が掛かってしまうので、止めておこう。


 湯が沸いたので、火を弱火に落とす。パスタはサユリたちが起きて来てからでるつもりだ。でなければ伸びてしまうからだ。


 柔らかくとは言え、パスタなどは伸びてしまうと美味しく無くなってしまう。薄めに作ってあるし、茹でただけで充分だろう。


 洗い物をしていると、茂造が起きて来た。


「おはようのう。おや、この匂い。今日は米と味噌じゃ無いのじゃな」


 茂造が鼻をひくつかせる。


「おはよう。ノルドさんがいるからね。口に合うか判らないし」


「おお、確かにそうじゃの。米は大丈夫じゃと思うんじゃがのう」


「俺も思うし、病み上がりって言えるだろうから、雑炊とかの方が身体には優しそうだけど、念の為にね」


「そうじゃの。うむ、ではサユリさんを起こして、ノルドの様子を見て来るかのう。そうじゃ、着替えも用意してやらんと。わしの服で大丈夫かのう」


 茂造は言うと、まずは洗面所に向かった様だ。


 さて、壱は仕上げに入る。湯の鍋の火を強め、再び沸いたところにパスタを入れる。生パスタなので、ものの数分で茹で上がる。


 ザルに上げてしっかりと湯切りをし、ブイヨンの鍋に。


 スープパスタである。スプーンだけで食べられる様にと、パスタをショートタイプにしたのだ。


 念の為、パスタは1人分を別に分けておいた。ノルドの食事が後になる様なら、このパスタは冷蔵庫に入れておけば、少しはつ筈だ。


 最後に塩と胡椒こしょうで味を整えて。


 その頃にはサユリと茂造、そしてノルドが姿を現した。


「おはようカピ」


「おはようございます。昨日はすみませんでした。結局泊めて頂いて、服まで貸して頂いて」


 茂造の服に着替えたノルドは、壱に何度も頭を下げる。


「頭を上げてください。起きられたんですね。良かった。しんどいとか痛いとか無いですか?」


「大丈夫です。昨日は疲れと空腹で、いつの間にか寝てしまったみたいで……本当に申し訳無い」


「いえいえ」


 実際はサユリの仕業なのだが。しかし当のサユリはどこ吹く風。照れて恐縮するノルドを前に、壱は隠れて苦笑してしまう。


「じゃあ朝ご飯食べられますか? スープパスタなんですけど」


 壱は分けておいたパスタも鍋に追加した。


「いえ、そんな本当にそこまでは。この村に食堂とかありませんか? ああ、この時間には流石さすがに開いて無いでしょうか。宿屋などは如何いかがでしょう」


「この村に宿は無いんじゃ。観光客などは来んからのう。食堂はの、ここの1階が食堂なんじゃ。営業は昼からじゃぞ」


「え!」


 茂造の言葉にノルドは眼を見開く。


「ではその朝食に是非ぜひお金を払わせてください。良い言葉では無いのですが、お金は持っています」


「え!」


 今度は壱が驚く番だった。


「ノルドさんはうちのお客さんです。食堂じゃ無くてうちの。お金なんて頂けませんよ! 遠慮えんりょ無しに食べてください」


「でも」


「そうしてくれんかのう。でないと儂らの目覚めが悪くなるからのう」


「ですが」


 茂造に言われても、ノルドは歯切れが悪い。昨日も感じたが、人が良いのだろう。


 しかしこうしてこの村に辿り着くと言う事は、何か訳有りなのでは無かろうか。


 壱がそう考えていると、サユリが口を開いた。


「気にする事は無いカピよ。ここは甘えておくと良いカピ」


「でも、え、ええ!?」


 ノルドがここに来て1番の驚きを見せた。


「カピバラが喋ってる!?」


 先程もサユリは朝の挨拶で口を開いた訳だが、それは認識出来ていなかった様だ。


「我はこの村の魔法使いカピ。喋れるのは当然だカピ。ま、とりあえず座るカピよ。朝食を食べながらお前の話を聞くカピ」


「は、はい!」


 ノルドは驚いたまま、反射の様にサユリの言う事を聞き、ドアに近い席に慌てて掛けた。


 サユリはテーブルに上がり、壱と茂造も椅子に座った。


「では、いただくとするかのう」


「いただくカピ」


「はい、いただきます」


「い、いただきます!」


 各々スプーンを手にし、具材を掬う。口に入れた茂造が頬を緩めた。


「うんうん、優しい味じゃのう。野菜からも鶏肉からも、良い味が出ておるの」


「胡椒控えめにしてるしね。ノルドさんの体調が判らなかったから、多少悪くても食べて貰えるぐらいの味付けが良いかなって」


「ああ、申し訳無い。お気遣いありがとうございます」


「いえいえ。簡単なものになってしまったんですが。俺の持ってるレパートリーも多く無くて」


「とんでも無い。スープパスタと言うんですよね? 初めて食べました。この様な形のパスタも」


 パスタの形に関しては、手間を省いた産物なので、むしろ申し訳無い。


「ベースはブイヨンなのでしょうか。ああ、良いですねぇ。私は独身なもので、親元を離れてからこういった優しい味の食事にはなかなかありつけなくて。嬉しいですねぇ。身も心も温まり、癒されます」


 ノルドはそう言いながら、嬉しそうにスープパスタを口に運んでいる。そこまで言って貰えると、作った甲斐があったと言うものだ。


「さてノルド、食事を味わうのも良いカピが、話を聞かせてもらうカピ。食べながらで良いカピよ」


「あ、はい」


 食事の間に、喋るカピバラについては飲み込んでくれた様だ。ノルドは落ち着いた表情で顔を上げると、スプーンを動かす手を止めると、ゆっくりと口を開いた。

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