#63 擂り鉢完成。と、村への訪問者

 食堂の昼営業が終わり、壱とサユリは陶製工房に向かう。り鉢が出来上がっているはずだ。


 着くと、ノックをしてドアを開ける。


「こんにちは」


「邪魔するカピ」


「あ、サユリさんイチくんこんにちは! 擂り鉢出来てるよ!」


 シルルは立ち上がり、棚に向かうと白いボウル状のものを取り出して来た。


「どうかな。貰ったイラスト通りに溝掘ったつもりなんだけど」


 壱はシルルから受け取ったそれを両手で包む様に持ち、上から溝を凝視する。その流れは壱の書いたイラストとほぼ相違無い様に思える。


 次に溝を指で触れてみると、壱が家で使っていた擂り鉢と変わらない感触だと思った。説明した通り、その部分だけ素焼きにしてくれている。


 これはいける。壱は大きく頷いた。


「素晴らしいですシルルさん! ありがとうございます」


 壱が笑顔で言うと、シルルは安堵したかの様に小さく息を吐き、笑みを浮かべた。


「本当? 良かったー! 初めて作るものだからさ、くし作って貰う時にもロビンとああだこうだ角度がー先端がーなんて言いながらさぁ。用途は聞いてたから、それに合う様にとは思って作ったけど」


「はい。これでバジルソースの仕込みが格段に楽になります」


「なら良かった。ユミヤ食堂にはこれからも美味しいご飯を作って貰わなきゃならないからねぇ。朝ご飯だけは自分で卵ぐらい焼くけど、どうやらさ、私料理不得意みたい。今朝も目玉焼きの目玉は潰れるわ塩っ辛いわで」


 シルルは言うと、可笑おかしそうに笑い声を上げた。


 それはなかなか。茂造でも綺麗な片面焼きの目玉焼きを作っていたのに。塩加減も良かった。


「……もしかしてシルルさん、目玉焼き作る時は両面焼きにしてます?」


 両面焼きならひっくり返す時に、力加減に寄っては黄身が割れてしまうかも知れない。


「え、うん。私生の卵って苦手でー」


「半熟でも?」


「作ろうとしたんだけど、時間が掛かるから苛々しちゃって。両面焼きだと早いでしょ? もうあれかな、洗い物増えるけど、スクランブルエッグとかにした方が良いのかな」


 シルルは腕を組むと、考える様に眉を顰めて首を傾げた。


「フライパンに直接卵を割って、き回しちゃう作り方もありですよ。白身と黄身が混ざり合わないのも、食べる度に味が変わって面白いですよ」


「あ、そうね。それ良いかもね! 今度やってみよう」


「そして塩は控え目に」


「はぁい。気を付けます」


 笑顔のシルルに見送られ、壱とサユリは陶製工房を出た。擂り鉢は持参して来た布の袋に大切に入れてある。


 これで明日の昼営業の仕込みから使用出来る。みんなが喜んでくれると嬉しいのだが。


 その前に明日の朝ご飯に使えないだろうか。使い心地も試してみたい。


 壱は持ち得るレシピを頭で開き、擂り鉢が使えそうなものを考えてみる。しかしそれらの中では思い浮かばなかった。


 それでも熟考じゅっこうしていると、かなり乱暴だがひとつ思い付いた。


 要は擂り鉢を使えれば良いのだ。


 味は悪く無い筈だ。よし、一か八かではあるが、これで行こう。壱は決めた。




 夜営業の仕込みが始まり、そして夜営業に入り、忙しなく過ぎる。


 何事も無く終わろうとしていた、その時。


 フロアで客の間を彷徨いていたサユリが厨房に顔を出した。


「茂造、壱、行くカピよ」


「おや、どこにじゃ?」


 茂造が聞くと、サユリは鼻をひくつかせた。


「村の外に客だカピ」


「おやおや、久しぶりじゃのう」


「え、え?」


 壱が訳が判らず挙動不審になると、カリルが壱の背中を豪快に叩いて言った。


「ほらイチ早く! どんな人だろうな!」


 壱がまだ慌てていると、サユリが口を開く。


「茂造、壱、パンと水を持っていってやるカピ。多分腹を空かせているカピよ」


「ほいほい。壱よ、済まんがカップと、フロアで使っているポットを用意してくれんかの」


「あ、う、うん」


 パンを袋に入れる茂造の言葉の通り、壱はフロアに出るとポットを持って来る。中を見ると水は半分程だったので、8分目くらいまで足す。


 そしてカップも手に。その頃には茂造もパンの準備を終えていた。


「では行くカピ」


 壱と茂造は割烹着かっぽうぎ三角巾さんかくきんを外すと、裏庭から出てサユリに付いて行く。そのペースに合わせて早足で歩くと、遠くに見えて来た。確かに村のすぐ外にひとりの若い男性が、木に仰向けに凭れて倒れていた。


 壱が駆け寄り、ポットとカップを地面に置いて、男性の肩を軽く揺する。


「大丈夫ですか?」


 そう声を掛けると、男性は小さく呻く。その頃にはサユリと茂造も追い付いて来ていた。


「どうじゃ?」


「気を失っているみたいだけど」


「どれカピ」


 サユリが右前足を上げ、投げ出されている男性の足に触れると、男性の眼がゆっくりと開いて行った。


「お、おや……ここ、は……」


 サユリは治癒魔法も使えると聞いていた。そのお陰か、男性は徐々に意識を取り戻して行った。


「良かった。ここは村です」


「村……?」


「コンシャリド村と言う村じゃよ。お前さん、どこから来たのかの?」


「ああ……着いたのだな……良かった……」


 男性は言うと眼を細め、緩く口角を上げた。


「あ、水飲みますか? パンもありますよ」


「おお、有難い……」


 壱の台詞に男性は眼を閉じる。壱はコップにポットから水を注ぎ、男性に差し出した。


「持てますか?」


「あ、ああ……」


 男性はかすかに震える両手を伸ばすとカップを受け取り、口から一気に流し込んだ。しかし途中でせてしまう。


「ゴホッゴホッ」


 少量の水が口から飛び出て、男性の服が少し濡れてしまった。


「ああ、済まない……! 君は汚れていないかい……?」


「俺は大丈夫です。水はたっぷりありますので、ゆっくり飲んでください」


「ありがとう……」


 壱がカップに水を足してやると、男性は今度はゆっくりとのどを鳴らす。


 すると漸く落ち着いたのか、男性は大きく息を吐いた。


「ありがとうございます。本当に助かりました」


「パンもあるぞい。腹は減っておらんかの?」


 茂造が言い袋を開けると、男性は申し訳無さそうに首を振った。


「いえそんな、そこまでして頂く訳には」


 そう言った途端、男性の腹の虫がぐううと鳴った。


「あ」


 男性が恥ずかしそうに眼を閉じると、茂造がほっほっほっと笑いながらパンを袋から出し、男性に差し出した。


遠慮えんりょなんて要らんぞい。もう少し身体に優しいもんを持ってこれたら良かったんじゃが、無くてのう」


 確かにポトフが1番良かったのだろうが、今日はここに来る直前に売り切れてしまっていた。


「いえ、充分です。本当にすいません。いただきます」


 男性は茂造からパンを受け取ると、大口でかじり付いた。余程お腹が空いてしたのか、ひとつ目はあっと言う間に無くなった。


「ほらほら、まだあるぞい。たんと食べての。その後うちでゆっくり休むと良いぞい。部屋はあるからの」


「ああ、本当にそんな、流石にそこまでは。この辺り暖かいですし、どこかその辺で夜明かししますから」


 男性がふたつ目のパンを食べながら、また首を振る。しかしいくら何でも。


「そんな事をされてしまったら、流石さすがに心配になります。本当に遠慮は要りませんから、うちに来てください。あ、俺はじいちゃん、この人の孫で壱と言います」


わしは茂造と言うんじゃ。よろしくの」


 サユリは沈黙を守る。代わりにふん、と鼻を鳴らす。


「あ、私はノルドと言います。あ、いえ、でも」


 そう言う頃には、ふたつ目のパンは無くなっていた。


 その時、サユリが右前足で男性の足を突いた。その途端とたん、男性、ノルドは気を失った。


「ノルドさん、ノルドさん!?」


 突然の事だったので、壱は慌てて声を掛ける。が、サユリはふんと鼻を鳴らす。


「壱、サントを呼んで来るカピ。この男を運ばせるカピよ」


 ああ、サユリのこの態度、ノルドがこうなった原因はサユリか。なら大丈夫か。


 壱は立ち上がると、食堂に向かって走り出した。

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