#62 お米の育て方(その2、苗作り)

 昼営業の仕込みに入る前に、川に米の種籾たねもみを確認しに行く。


 もうすぐ1週間。そろそろ発芽しているのでは無いだろうか。


 種籾の元に到着すると、全員揃っていた。


「おはようございます」


「おはようっす!」


「おはようございまーす」


「……おはようございます」


 ミサトの一件から、リオンの口数が増えた気がする。元々無口なのもあるだろうが、もしかしたら人見知りされていたのかも知れない。


「おはようございます」


「おはようカピ」


「さて、そろそろ種籾から芽が出てる事だと思うんですよね」


 壱は言うと、川に浸けてある種籾の袋を引き上げる。巾着きんちゃく状の口を開け、中身をそっと掴んでてのひらに広げる。


 すると種籾は浸水前よりもぷっくらと膨らんで、白い芽も出て来ていた。


「やった! 発芽してる!」


「どれどれー」


 ナイルたちが覗き込んで来て、おお、と声を上げる。


「こんな風になるんですね」


「何か凄いっすね」


 初めて見る物を前に、みんな眼を輝かせている。物が物だけに、男性特有なのかも知れない。


「これを1粒ずつ植えて、苗を作ります。食堂の裏庭に行きましょう。ここも次の種籾浸けるまでに何とかしたいですね。石を固定させて。大丈夫だと思っても、流されやしないかと結構冷や冷やして」


「確かにそうっすね! 落ち着いたら埋めてみるっすか?」


「やっぱりそれがベストですかねぇ。じゃあ今置いてあるのの倍の長さはある石を探さないと」


「それか、木製工房で加工して貰っても良いかもですよー。石削ってくれますよー」


 ナイルの台詞に、壱は眼を丸くした。


「え? ロビンさんってそんな事も出来るんですか?」


「出来るっすよ。ロビンのおやっさんだけじゃ無くて、ドワーフの人たちはみんな出来るっすよ。凄いっすよね!」


 ジェンが言い、楽しそうに笑った。壱はただただ感心するばかり。


「じゃあ後で相談してみよう。じゃ、食堂に行きましょう」


 壱とサユリが並んで先頭に立ち、食堂へと向かう。着いたら表からは入らず、そのまま裏庭に回る。厨房へと繋がる裏口を開け、顔を出した。


「じいちゃん、米の種籾から芽が出たから、今から植えるね。仕込み入るのそれが終わってからになるけどごめん」


「おお、やっとじゃの。大丈夫じゃぞい。実るのが楽しみじゃのう」


「まだまだ先だけどね。ありがとう」


 壱は裏庭に戻ると、ガイたちに指示を出し始める。サユリは隅でのんびりとくつろいでいる。


「ええと、うちにあるありったけの植木鉢がいると思います。それに植えて行きますね。土の高さは5センチもあれば充分です」


「そんなもので良いんですか?」


「はい。それなりに根張りはしますけど、苗作りですからね。その後田んぼに植えます」


「じゃ、植木鉢の準備をしますかー」


 ナイルがのんびりと言い、積んである植木鉢に手を伸ばした。壱たちもそれに続く。


 底の穴を石で埋め、土を入れる。それを何鉢も作って行く。ここにある植木鉢だけで足りたら良いのだが。


「よしっ、これでラストっす!」


 ジェンが最後の鉢に土を入れ終えた。


「では、種籾を植えて行きます。2センチほどの間隔を開けて植えて行ってください」


「解りました」


「はーい」


「はいっす!」


「……はい」


 種籾の数も多いので、根気の要る作業になる。みんなは黙々と作業を進めて行った。


 袋から種籾を掴み出し、植え、無くなれば補充する。そうして漸く、袋の中の種籾は無くなった。


「終わりました! みなさんお疲れさまでした!」


 壱が言うと、みんなは一様に息を吐いた。


「なかなか大変な作業でしたね」


「そうっすね! でも達成感あるっす!」


「そうだねー」


 各々汗を拭ったりしながら言い、リオンも同意だと言う様に頷いた。


「じゃあ、しっかりと水をきます。土が乾いちゃ駄目なんですよ」


 如雨露じょうろに水を入れて、たっぷりと撒いて行く。


「このままここで苗にするので、土の具合は俺が見ますね」


「朝はこれまで通り集まりますから、その時にみんなで水を撒いたら良いですね」


「そうですね」


 水を撒きながらのガイの台詞に、壱は頷いた。


 その時、壱は思い出してしまった。つい「あっ!」と声を上げる。


「イチさん、どうしたっすか?」


「い、いえ、何でも無いです」


 ここまで来ておいて、何と言う事。米を育てる事だけに焦ってしまったか、すっかりと忘れてしまっていた。


 種籾は給水させる前に、60度程度の湯に浸けて消毒しなければならなかったのだ。それを抜かしてしまった。


 これは一大事。壱は如雨露を手にしたままサユリの元に駆け寄り、耳元で小声で言う。


「種籾の消毒忘れてた」


「うむ、言おうかどうしようか迷ったカピが、壱の世界の食べ物だカピ、我が口を出すのはどうかと思って黙っていたカピ。今思い出したカピか」


「大丈夫かな、ちゃんと育つかな」


「大丈夫カピ。種籾を浸水させる前に、我が魔法で消毒しておいたカピ」


 サユリは言い、鼻を鳴らした。


流石さすがサユリ! ありがとう!」


 壱は笑顔になると、如雨露を放り出してサユリに抱き付いた。


「感謝するカピよ」


「本当に感謝だよ。俺、みんなに言って来る。サユリの魔法で何とかなるって言っても大丈夫かな」


「これぐらいなら大丈夫カピ」


「ありがとう」


 壱は言うと如雨露を拾い上げ、みんなの元に駆け寄る。


「みなさん、すいません。行程が抜けてました」


 そう言って頭を下げる。


「実は、種籾を水に浸ける前に、お湯で消毒しなきゃならなかったんです。今回はサユリが魔法で何とかしてくれる事になったので、大丈夫なんですが、本当にごめんなさい」


「そうなんですね。大丈夫なら、問題無いですよ」


 ガイが笑みを浮かべてくれる。


「そうですねー。次植える分からやれば良いですしー」


 ナイルものんびりと言う。


「言い訳になっちゃうんですけど、俺も米を育てるのって初めてで。この世界に来る前に調べたりしてみての中途半端な知識しか無いんです」


 実際はサユリが壱たちの世界からきっちり持ち込んでくれているのだが、種籾をこの世界に持ち込んだのは壱と言う事になっており、サユリの関与は無い事になっている。


 なので、この言い分が妥当なのだ。


「そんな状態の俺が仕切る時点でどうかとは思うんですが、みなさん凄く協力してくれて、本当に助かってます」


 言うと、ジェンたちは声を上げて笑う。


「何言ってんすかイチくん! オレらの方が米の事全く何も知らないっすし、むしろイチくんに知識がある方が凄いんじゃ無いっすか? だって育てた事無いんすよね?」


「そうですよ。俺は元々麦農家だったんで、例えばいきなり家畜とか育ててみろって言われても、知識も経験も無いですから無理ですよ。みんな初めてなんですから、手探りでやって行きましょう」


 いつも感じているが、この村はどうしてこんなにも良い人たちばかりなのか。壱は有り難くて仕方が無い。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


「こちらこそー」


 ナイルたちはそう言って、笑みを浮かべてくれた。




 植木鉢に水を撒き終え、如雨露を片付け、以前の職場の手伝いに向かうガイたちを見送りながら、壱はサユリにポツリと言う。


「凄いよね。あの人たち余りにも良い人過ぎて、恐縮するレベルだよ」


「当然カピ。耐火煉瓦れんが作りの手伝いの時点で、そういう人間が集まる様に根回しいていたカピ」


「そうなの!?」


 壱は驚いてサユリを見る。


「我も茂造も、当たり前カピが村人全員を把握しているカピ。あの4人をセレクトしたのは我たちカピ。特に性格が良く、好奇心が強めで、責任感がある働き者。煉瓦作りの時はそれぞれの職場のおさにガイたちが来る様にして貰っていたのだカピ。そのまま米農家にスライドするであろう事も織り込み済みだったカピ」


「それって、長の人たちに拒まれなかったの? 凄い貴重な戦力だろうに」


「だから従業員が多い職場から選んだカピよ。それだとそういう人間も多いカピから然程さほど痛手では無いカピ。そこはちゃんと考えているカピ」


「そっかぁ」


 成る程、それもそうか。そうだ、サユリは聡明なカピバラだった。壱が及ばない事もきちんと配慮したりしている筈だ。


 先程の米の種籾も消毒の件についてもそうだった。


「さて壱、のんびりしている場合では無いカピよ。厨房に入るカピ。もうすぐ昼営業も始まるカピ」


「そうだった! 結局仕込み時間殆ど使っちゃったなぁ」


 壱は慌てて厨房へのドアを開けた。

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