#59 マリルへの贈り物と、ロビンの職人技

 さて、ドロップクッキーを作った当初の目的は、マリルに贈る為である。壱はその分はしっかりとキープしていた。


 従業員はみんなクッキーに満足し、夜営業の仕込みまでの休憩に入っている。


 壱はマリルへのクッキーを乗せた皿を手に、サユリと茂造とともに2階のダイニングへ。


 そのクッキーを前に、ラッピングをどうしようかと思案する。茂造に聞いてみると、新しい紙の袋があって、食品をそのまま入れても問題無いと言う事なので、それを分けて貰う事にする。


 バターの油分が染み出してしまうと大変なので、2重にする。


 しかしこのままだと余りに味気無い。かと言ってってしまうとまた気をつかわせてしまう可能性がある。


 リボンの1本でもあると話は早いのだが。壱はサユリと茂造に訊いてみる。


「ふむ、リボンは無いのう。ひもなら白いのと、生成り色と言うのかの? 薄い茶色いのがあるぞい」


「生成りの方、リボン代わりに出来るかも。どこにあるの?」


「物置部屋にあるぞい。どれ、持って来ようかの」


「じいちゃん、俺が行くよ。どこに置いてある?」


「ええと確かの……」


 壱は物置部屋に行き、茂造に言われた棚を見る。すると白い紐玉ひもだまと生成りの紐玉が並べて置かれていた。壱は生成りの紐玉を取り、ダイニングへ戻る。


 クッキーの袋に合わせてみると、クラフトの袋に生成り色は悪く無い。壱は封筒の封が開かない様に縦方向に3回巻き付け、袋の表側に蝶々結びで留める。


「こんなもんかな」


 所詮しょせんは男性がやるものである。これ以上の可愛いさは求められない。とりあえずこれで体裁は整ったと思う。


 壱は部屋に戻ると、布製の大きめなバッグを用意し、ダイニングへ。クッキーをバッグに入れる。


「袋が大き過ぎないのでは無いカピか?」


「マリルにクッキーあげる帰りに、はしと串を取って来ようかと思って。り鉢は明日かな」


「ああ、昨日ロビンにいろいろ頼んでいたカピな。壱の世界の道具だったカピか」


「箸はそうだけど、串はどうなのかな。こっちでバーベキューとかってする?」


「バーベキューカピか?」


 サユリが首を傾げる。


「ざっくり言うと、外で火を起こして、肉焼いたり料理したりして食べる事」


「そんなのはこの世界では、旅の最中では当たり前の事カピ」


「あ、そうなのか。俺らの世界ではイベントと言うか、結構特別な事だったからさ」


「儂は向こうの世界でも、あまりした事は無いのう。こっちに来てからは1度も無いのう」


 壱は学生時代などに何度かした事がある。炭火で焼いた肉は本当に美味しかった。炭はどんな安い肉でも美味しくしてくれる。


 この村に炭はあるのだろうか。あるのならまた食べたい所ではあるが。


 今度裏庭に、かつおのたたき調理用に、耐火煉瓦でわくを組む予定だ。それに網などを乗せたら肉ぐらい焼けそうではあるが。


「この村に炭ってあるの?」


「村では作ってはいないカピが、街で買えるカピよ。正直使い道が我には良く判らないカピが」


「儂も燃やすぐらいしか思い浮かばんからのう」


「燃やして食べ物焼いたり、浄水効果があったり、他にもあると思う。街の人たちの使い方は判らないけど」


「成る程カピ。なら今度街に行った時に、要るのなら買うが良いカピ」


「うん。肉焼きたい肉」


 壱は楽しそうに言いながら、バッグを持って立ち上がる。


「さ、俺は製糸工房と木製工房に行くけど、サユリはどうする?」


「……行くカピ」


 サユリは応えると、のそりと立ち上がった。




 さて、まずは製糸工房である。開け放たれているドアから覗くと、中では従業員が忙しなく作業をしていた。


 壱は中に入り、声を掛ける。


「こんにちは!」


 すると、声に気付いた何人かが振り向いてくれて、「こんにちは!」と挨拶を返してくれる。


 傍にいたひとりの女性がこちらに来てくれた。


「仕事中にすいません。あの、マリルさんに用なんですが」


 壱が言うと、女性は笑って「ちょっと待ってね」と言い、奥に向かう。


 やがて、奥からマリルが掛けて来た。


「こ、こんにちは、イチさん。どうしたんですか? あ、その洋服」


 やや頬が赤いだろうか。少し息を荒くして、マリルは嬉しそうな笑顔で言う。


「うん、早速着させて貰ってるよ。ありがとう。で、これ」


 壱は袋からクッキーの袋を出し、マリルに差し出す。するとマリルは驚いた様子で眼を見開き、壱を見上げた。


「え?」


「服のお礼。クッキー焼いたんだ。食堂の人たちの分も焼いたから、お裾分けみたいでごめんなんだけど、よかったら」


「え、ええっ!? 手作り!」


 マリルは叫ぶ様に言うと、眸を潤ませて頬を紅潮こうちょうさせる。一体何事か。壱こそ狼狽うろたえそうになる。


「い、良いんですか!? え? 私に!?」


「う、うん。良かったら食べてやって。口に合ったら良いんだけど。ラッピングとか可愛く無くてごめんね」


 壱が笑みを浮かべて言うと、マリルは震える手を差し出し、壱の手から包みを受け取った。


「あ、ありがとうございます……! 大切に食べます!」


「明日中には食べて貰った方が良いかな。悪くなるからね。食堂のみんなが食べて、喜んでくれたみたいだから、多分味は悪く無いと思うんだけど」


「い、イチさんが作ってくださったものですから、絶対美味しい筈です! 本当にありがとうございます……!」


 マリルはそう言い、満面の笑みを浮かべる。喜んでくれて良かった。


「じゃ、じゃあ、お礼をしないといけないですね! 何か欲しいものありますか?」


 ああ! サユリの予感的中! 壱は一瞬頭を抱えたくなるが、堪える。横ではサユリが呆れ顔。


「ううん、これでおあいこだよ。服なんて良いもの貰って、本来ならこっちがもっとお返ししなきゃならないぐらいだよ。だからさ、本当にこれで終わり」


「で、でも」


「本当にね。で無いとエンドレスになっちゃったら大変だから。ね」


 マリルは何か言いたそうと口を開き掛けるが、少し思案して、小さく頷いた。


「わ、解りました。イチさんがそうおっしゃるのでしたら」


「うん。良かった」


 壱が安堵あんどして笑みを浮かべると、マリルも小さく笑った。


「仕事中に邪魔してごめんね。食べ物だから早く渡したくて。じゃ、俺はこれで」


「あ、はい。ありがとうございました」


「ううん、こちらこそ」


 壱は言うと、製糸工房を出る。サユリも足元に付いて来ていた。


「喜んで貰えたみたいで良かったよ」


「そうカピな。マリルは普段は大人しいカピが、激情的な部分もあるのだカピ。後はそうカピな、親の愛情不足のせいの依存症。それは自業自得な部分があるのだカピが。幼い頃から家に殆どいなかったらしいカピからな。そこを注意して付き合って行けば良いカピ」


「うん、気を付けてみるよ。実際どうしたら良いのか良く判らないけど」


「過度な親切とか、特別扱いとか、誤解される様な事が無ければ大丈夫カピ」


「そっか。成る程な」


 壱は小さく何度か頷いた。


 さて、木製工房に向かう。串もだが、箸が特に楽しみだ。明日の朝から早速使いたい。


「こんにちは、ロビンさん」


「邪魔するカピ」


 ドアをノックをして入り、声を掛ける。すると作業をしていたロビンが快活な笑顔で振り返る。


「おう坊主! サユリさん! ちょっと待っててくれな! 適当に座っててくれ!」


 壱はドアに近い壁際の椅子を借りる。サユリもその隣に上がる。


 待つと言っても数分だった。キリの良い所になったのか、ロビンは手を止めると立ち上がり、棚から幾つかの製品を手に壱とサユリの元へ。


「昨日頼んでたやつ取りに来たんだろ。ほら、こいつでどうだ?」


 壱は立ち上がって、ロビンから串と箸を受け取り、その出来栄えを確認する。


 まずは2本の串から。とりあえず箸を椅子に置いて。


 串の部分は先端部分のみが細くなっている。その先端には適度な丸みがあり、下手に怪我はしつらい設計。しかし鰹の身は通るだろう。


 持ち手の部分は、適度な太さの木で覆われている。凹凸おうとつもあり、握り易くなっている。


 鰹を想像し、串に刺して藁焼わらやきにするイメージで串を持つ。適度な長さがあるので、炎が高く上がっても然程さほど危険では無さそうだ。


 さて、次は椅子に置いてあった箸を串と入れ替えて。


 壱は、早速箸を持って動かしてみる。使い心地はどうか。


「ほう、その箸とやらはそうやって使うのか!」


 ロビンが興味深げに壱の手元を凝視して来る。


「俺の世界の一部の国で使われているものなんです。持ち方は、小さい頃に親に教えて貰って練習するんですよ」


「何やら難しそうだな!」


 ロビンは言うと、ガハハと豪快に笑った。きっと細かい事は気にしないたちなのだ。


 うん、使い心地は問題無い。表面や角は丁寧にやすりが掛けられていて滑らかで、持ち易い。


 どちらも素晴らしい出来栄え。流石だ。


「ありがとうございます。どちらも完璧です!」


「そりゃあ良かった! はっはっはっ!」


 壱が礼を言うと、ロビンは嬉しそうに笑った。


「で、重ねてで申し訳無いんですが、ペンキとかってありますか? 木に色塗れて、乾いたら耐水になると良いんですけど。2色」


「お、顔料があるぞ! 色は多く無いがな。何色が良いんだ?」


「出来たら、黒と緑で」


「どっちもあるぞ、ちょっと待ってろ! ところで何に使うんだ?」


「この箸は2本で1セットなので、分かりやすい様に印みたいなのを付けておきたくて」


「そんなの言ってくれりゃ、やっといたのによ!」


「出来たら自分でやりたくて」


 壱は言うと、照れ臭そうに笑う。


 初めから自分で作れたら良かったのだが、壱にその技術は無い。だからそこは職人に委ねた訳だが、少しぐらいは自分で手を加えたいと思っていた。


「そっか」


 ロビンは笑顔で応えると、顔料を持って来て、蓋を開けてくれた。


「どう塗るんだ? ほらよ、筆だ」


 ロビンが細い筆を手渡してくれる。既に何回も使っているものの様で、きちんと洗われているが、毛の部分がグレイや草色で染まっている。


 まずは黒。壱はグレイに染まっている筆の先に黒の顔料を付け、持ち手の上の方に、ぐるりと回す様に1センチ程の幅で塗って行く。それを2本、1膳分。


 もう2本は緑の顔料で、黒と同じ様に。


 そうして、箸が完成である。壱は小さく息を吐いた。


 壱は顔料を乾かす様に、箸を何度か振る。


「まぁそれぐらいの範囲なら、すぐに乾くだろうよ! 他のもんに触れない様にして、明日の朝には使える様になってると思うぞ!」


「明日の朝から使いたかったので、助かります」


 壱は箸を、顔料の箇所に触れない様に椅子に起き、バッグに串2本を入れ、箸は顔料部分が当たらない様に器用に手に持った。


「ありがとうございました! また何かあったらよろしくお願いします」


「おう! いつでも来い!」


 壱とサユリは笑うロビンに見送られ、木製工房を後にした。

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