#57 豚の味噌炒めと澄まし汁の朝ご飯

 夜営業が終わり、まかないも食べ、風呂を浴び、寝支度をする。


 いつもの様にサユリも壱に付いて来て、ベッドに掛ける壱の横でくつろいでいる。眠たそうに欠伸あくびをして、すぐにでも寝落ちてしまいそうだ。


「サユリ、そう言えば今日、マユリの様子がおかしかった気がするんだけど。何かあったのかな」


「ふあ、そうカピな。うむ、壱はそのままでいてくれた方が、この村は平和だカピ」


「ん? 良く判らないけど、サユリがそう言うなら」


 壱は首を傾げながらも、マリルに貰った紙袋を手にする。


「マリル、何くれたんだろ」


 言いながら中身を出すと、それは洋服だった。ネイビーとマスタードイエローの細い縦ストライプで7分袖、ブイネックのトップスだった。


「あ、結構可愛い」


 壱が前方に手を掲げ、シャツを広げる。


「へぇ、誰のデザインだろ。あそこはシャノさんのデザインが多いんだっけ?」


「そうカピな。けど、マリルがくれたのだカピ。マリルのデザインなのでは無いカピか? 確かシャノの指導を受けている筈カピ」


「そうなんだ。じゃあ明日早速着てみようかな。似合うかなぁ。あ、マリルに何かお返ししなきゃな。ここの服の価格相場が判らないけど、結構なものなんじゃ無いの?」


 少なくとも壱たちの世界では、ブランドなどにもよるが、話を聞いただけの礼にぽんと贈る様な価格帯の物では無い。


「基本1点物カピからな。同じ布を使う事があっても、違う型紙を使ったりしているカピ。しかし壱、お返しは気を付けなければ、マリルの性格上、お返し合戦になる可能性があるカピよ」


「確かにそうかも。何かちょっとした甘い物とか作ろうかな。クッキーとかどうだろう。休憩時間なら厨房のオーブン使えるよね」


「ほう、クッキーが作れるのだカピ? この村では作れる者がおらず、街で買う嗜好品だカピ。村の贅沢品のひとつだカピな」


「そうなんだ。ベーシックなやつなら材料は村で揃う筈だし、明日作ってみようかな」


 紅茶の葉があるから、紅茶味のものも作れるだろう。


「謹んで我の分も焼くが良いカピ」


「食堂のメンバー分焼いてみるよ」


 サユリの言い方がおかしくて、壱は小さく噴き出してしまう。


 さて、そろそろ寝ようか。シャツを丁寧に畳み、目覚し時計のスイッチを入れる。


「ところで壱、明日の朝ご飯は何カピか?」


「そうだなぁ、何にしようかな。豚肉で何かしようかな、豚汁以外で」


「そうカピか。それは楽しみカピ。ふわぁ」


 また大きな欠伸をひとつ。


「眠いだろ? 俺ももう寝るから、サユリも寝よう。お休みー」


 言いながら布団に潜り込むと、サユリは定位置、壱の腰の辺りへ、のそりと動く。


「お休みカピ」


 壱も眼を閉じると、直ぐにうとうとし始めた。




 さて、今朝も朝ご飯を作ろう。


 昨夜サユリに聞かれた時に、漠然ばくぜんと豚肉を使おうかと思い付いたが、そのまま採用する事にする。


 厨房に降り、冷蔵庫から豚肉と卵、棚からブロッコリと玉ねぎを出すと、抱えて上に戻る。


 まずは米を炊く。そして鍋に水を張り、昆布を入れる。


 別の鍋に水を入れて火に掛けると、ブロッコリを小房にして行く。湯が沸いたら塩を入れ、ブロッコリを茹でる。


 その間に玉ねぎをざく切りに。


 茹で上がったブロッコリは、ザルに丘上げにしておく。


 鰹節かつおぶしを引き削りして。


 米の鍋の火加減を調整して。


 昆布の鍋を火に掛ける。


 合わせ調味料を作る。ボウルに味噌と砂糖を入れて擦り合わせ、水少量で伸ばしておく。


 昆布の鍋が沸騰寸前になったので、昆布を引き上げ、火を止めて鰹節を入れて、沈むまで待つ。


 その間に豚肉をスライスし、塩胡椒で下味を付けておく。


 さて、出来上がった昆布鰹出汁だしを別の鍋に移し、火に掛けて玉ねぎを入れる。


 昆布と鰹の出汁殻だしがらも当然有効活用。昆布は千切りにして、鰹はそのまま、合わせ調味料に加える。


 米が炊き上がったので火を止めて、ふたを開けて解し、また蓋をして蒸らす。


 出汁の中の玉ねぎがしんなりして来たら、砂糖少々と塩で味を整え、解いた卵を回し入れる。ふんわりと出来たら弱火に。


 さて。後は仕上げだけなのだが。洗い物をしながら、サユリと茂造が起きて来るのを待つ。


 終わる頃に、茂造が姿を現した。


「おはようの。今朝もありがとうの」


「じいちゃんおはよう。サユリよろしくね」


「ほいほい」


 茂造が行くと、壱は最後の1品に取り掛かる。


 フライパンを火に掛け、温まったらオリーブオイルを引く。そこでまずは豚肉をしっかり焼いて行く。


 そこに塩茹でしたブロッコリを加えてさっと炒めたら、合わせ調味料を入れる。


 中華だとスピード勝負な場面だが、これは中華では無いので、慌てる必要は無い。


 味噌の香ばしさを出したいのと、ブロッコリも温めたいので、強火でフライパンを前後に細かく動かしながら、中身を木べらで返して行く。


 仕上げにごま油などで風味付けをしたい所だが、無いので諦めるしか無い。


 さて、豚肉とブロッコリの味噌炒めの出来上がりだ。


 皿に盛り、玉ねぎと卵の澄まし汁と米をそれぞれスープボウルに、サユリの分はサラダボウルに注ぎ、テーブルに並べたら、朝ご飯の出来上がりである。


 今朝は仕上げに少し時間を使ったので、サユリと茂造は既にダイニングテーブルで待っていた。


「はい、出来上がり。どうぞ」


「ありがとうの。いただきます」


「いただくカピ」


「はい。いただきます」


 手を合わせて、まず口にしたのは澄まし汁。やや味が物足りない気もするが、醤油が無いので仕方が無い。だが出汁は良く出ている。膨よかな味わいだ。


「ふむ、出汁の味が強いのだカピな。良いカピ」


 サユリが言いながら澄まし汁のサラダボウルに顔を埋めている。気に入って貰えた様だ。


「うむ、出汁の味わいが良いのう」


 茂造も満足そうに啜っていた。


 では次に、豚肉とブロッコリの味噌炒め。味付けは完全に和に寄った訳だが、さて。


 ……うん。良い味が出ている。味噌がベースではあるが、出汁殻の昆布と鰹が良い味を醸し出している。やはり入れて良かった。


 合わせ調味料を入れてからもしっかり炒めたからか、香ばしさも出ている。これは、今回はブロッコリにしたが、きゃべつに変えたら和風回鍋肉ホイコーローなどが出来るかも知れない。今度作ってみよう。


「成る程カピ。やはり豚と味噌はとても合うカピな。豚汁も旨かったカピが、これもなかなか良いカピ」


 サユリが言いながら、炒め物にがっついでいた。


「うむ、これは美味しいのう。味噌にはこんな使い方もあるんじゃのう。成る程のう」


 茂造も笑みを浮かべながら、炒め物を口に運んでいた。


 良かった。サユリにも茂造にも気に入って貰えた様だ。


 白米を食べながらの味噌炒め、そして汁物。素晴らしきループ。


 今日の朝ご飯も成功した様だ。壱は満足の笑みを浮かべながら、白米を口に運んだ。


「あ、じいちゃん、昼と夜の間の休憩時間、厨房のオーブン使って良い?」


「構わんぞい。何か作るのかの?」


「クッキー焼こうと思って。昨日マリルに服、今着てるやつ、貰ったからお礼に。勿論食堂のみんなにも」


「おお、それは嬉しいのう」


 茂造がほっほっほっと笑った。




 朝食が終わり、まずは米の種籾たねもみの確認。まだ少し掛かるだろうか。


 解散して、壱は食堂の厨房へ。昼営業の仕込みに入る。


 そのまま昼営業が始まり、慌ただしく時間は過ぎる。賄いはバジルソースパスタをかっ込んだ。


 そうしてようやく休憩時間に。木製工房では箸と串が出来ていると思うが、取りに行くのは後で。まずはクッキーを作ろう。


 壱は部屋に入り、スマートフォンでレシピを調べる。型と冷凍庫が無いので、ドロップクッキーが良いだろう。


 幾つかあるレシピから、材料も作り方もシンプルなものを選んで、紙に写して行った。

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