#51 鰹節を作ろう。その2 と、鰹節削り器を作って貰おう

 さて、出来たなまり節を鰹節かつおぶしにするには、いぶし熱さねばならない。


 この村ではベーコンを作っていて、燻製くんせいが出来る施設はある。食堂では燻製が出来る器具が無いので、借りなければならない訳だが。


「牧場に燻製小屋があるカピよ。牧場にも調理師免許を持ってる村人がいるカピ。そこで屠殺とさつしてさばいて、燻製にしたり干し肉にしたりしているカピ。その燻製小屋を借りるカピ」


「なるほどなー。そっか、外だったら人の眼もあるだろうし、サユリの時間魔法は使って貰えないな。10日ぐらい、まめに燻製小屋に通わなきゃ」


「10日……そんなに掛かるカピか」


「うん。10日程、3時間ぐらい燻して、1日外に置いて、を繰り返すんだ」


 サユリは考える様に眸を閉じる。数秒後眼を開き、頷く。


「壱、卵を持って来るカピ。そうカピな、4つもあれば良いカピか」


「え、卵?」


 脈絡の無い話をされ、壱は間抜けな返しをしてしまう。


「良いから持って来るカピ」


「う、うん」


 問答無用に言われ、壱は厨房に降りて冷蔵庫から卵を4個出し、首を傾げながら2階に戻る。


「持って来たけど」


「では、それを茹で卵にするカピ。茹で加減はやはりやや半熟が好ましいカピ」


「わ、解った」


 壱は鍋に水を張ると卵を入れ、火に掛けた。


「何分茹でるカピ?」


「沸騰してから5分ぐらいってとこかな」


「ふむ」


 サユリが右前足を上げ、動かす。


「出来たカピ」


「ありがとう。これはからいちゃって良いの?」


「良いカピ」


 湯を零し、幾度か水を入れ替えて冷ますと、殻を剥いて行く。新鮮な卵なのでなかなか剥きにくい。殻に穴が開けられれば良かったのだが、器具も無かったので仕方が無い。


「出来たよ、茹で卵」


「うむ。ではその卵と鰹を持って、燻製小屋に行くカピよ」


「え、卵どうするの? 一緒に燻製にするの? 食べたいの?」


「良いから行くカピよ」


 茹で卵の意味が判らずやや狼狽うろたえる壱を余所よそに、サユリは下に降りようとする。壱はそれぞれのトレイに乗せたなまり節と茹で卵を手に、後を追った。




 さて、牧場に到着。敷地に入り、サユリが進む方に壱は大人しく付いて行く。


 奥の小屋の近くにいた村人に、サユリが声を掛ける。


「マゼラ、少し良いカピか?」


 女性だった。明るいブラウンのロングヘアを、耳の下から緩い三つ編みにしている。やや目尻が下がった温和そうな表情。声を掛けられ、柔らかな笑顔を浮かべた。


「あら、サユリさん。どうしました?」


「燻製小屋を借りたいのだカピ。この時間なら動いていると思ったのだカピが。30分もあれば良いのだカピ」


「ええ。動いてますよ。使ってください。何を作られるんですか?」


「茹で卵カピ。急に食べたくなったカピ」


「ああ! 茹で卵の燻製美味しいですよねぇ!」


 マゼラは嬉しそうに両手を叩いて鳴らす。しかしすぐに真剣な表情になると。


「あ、ご承知でしょうが、ドアの開閉にはご注意くださいね」


「大丈夫だカピ。心配無いカピ」


 サユリが言うと、マゼラは小さく笑って言った。


「はい。実は全然心配してません」


 そう笑って言い残すと、マゼラはふわりと去って行った。


 しかし、マゼラ、マゼラ。どこかで聞き覚えのある名前なのだが。


 壱が首を傾げていると、サユリが口を開く。


「以前、シェムスとボニーのごたごたがあったのを覚えているカピか? マゼラはシェムスにちょっかいを掛けられて、ボニーに浮気相手と勘違いされた子カピ」


「あ、ああ!」


 そうだ。あの修羅場の時に、ボニーが口走っていた女性の名前である。もうひとりいたが、今は思い出せない。また会う機会もあるだろう。


 確かにマゼラのあのふんわりとした雰囲気は、男性に人気が出そうだ。


「では、行くカピよ」


 サユリが小屋の前で鼻を鳴らす。壱がそっとドアを開けると、熱気が顔にぶつかり、良い香りが鼻を突いた。


「早く入って早く閉めるカピ」


 サユリに言われ、壱は素早く中に入り、慌ててドアを閉める。


 咳き込みそうな煙と香りの中で、壱は涙が出そうになる。


「卵は適当に置きっ放しにするカピ。鰹に時間魔法を掛けるカピ。うむ、終わったカピ」


「もう!?」


「早く外に出るカピ」


 あまりにも一瞬にも近い事で、壱は慌てる。ドアを小さく開け、鰹のトレイを手に外に転がり出る。卵は手近な棚に置いて来た。


 外は澄んだ空気。壱は大きく深呼吸をする。


「で、鰹は1日普通の空気に置けば良いカピな?」


「う、うん、そう」


 サユリが右前足を上げる。


「終わったカピ。また中に入るカピよ」


「う、うん!」


 これを10日分繰り返す。時折咳き込みながら、だが燻製小屋内では我慢して、やっと終わった時には、壱は大きく深呼吸した。


「はー! 空気が綺麗だー!」


 目的は鰹節作成だったのだが、なかなかに過酷な環境に置かれて忘れそうになっていた。


 しかし一緒に動いていたサユリは平気な顔。


「サユリはあの煙の中にいて大丈夫だったの?」


「我には魔法があるカピ。煙たくならないし、匂いも付かないカピ」


「なら俺も守ってよ〜」


 壱は肩を落とす。しかし手元の鰹を見ると、濃く色付き、そして指で弾くとしっかりと固く乾いた音がする。これは鰹節の完成なのでは無いか。


 ちゃんと中心まで乾燥していると良いのだが。それは外から見ても判らない。


「サユリ、これ中まで乾燥してるかどうかって判る?」


 一か八かで訊いてみる。するとサユリは眼を細め、頷いた。


「大丈夫カピ。しっかり中まで堅いカピよ」


 そんな事まで判るのか。本当にサユリの魔法は凄い。


「じゃあ、鰹節の完成だ! やった!」


 壱は嬉しくなって声を上げた。これで昆布と鰹の出汁で味噌汁が飲める。和食ももっと作れる。


 問題は鰹節の削り方だが、これは木製工房に道具作成を頼もうと思っていた。それしか手が無かった。


「ありがとうサユリ。じゃあ、あ、卵。もう出来てるかな」


「良いのでは無いカピ? 取って来るカピよ。あ、鰹は見られない様に袋に入れるカピ」


 鰹は言われた通りにして、壱はまた燻製小屋に入り、茹で卵のトレイを取って来る。煙で眼が痛いのを我慢して。


 良い色になっていた。美味しそうである。


「何で4つも?」


 サユリに聞くと、しれっと答えられる。


「アリバイ作りみたいなものカピ」


 どういう事かと思っていると。


「あ、サユリさん、そちらはイチさんですよね? さっきはご挨拶出来なくてごめんなさい。卵は出来ました?」


 マゼラが姿を現した。


「出来たカピ。まぁ、マゼラもひとつ食べるカピよ」


「ええっ? 良いんですか? わぁっ! ありがとうございます! いただきます!」


 マゼラは嬉しそうに笑みを浮かべると、燻製卵を手にし、躊躇いなく口にした。


「あああ〜美味しいですねぇ〜。なかなか食べられないですから〜。しかも半熟〜」


 元から下がり気味だった目尻を更に下げて喜ぶマゼラ。


「なら良かったカピ。では我らは帰るカピ。助かったカピ」


「いいえいえー。こちらこそご馳走様でした」


 マゼラに見送られながら、燻製小屋を離れ、牧場を出る。


「そっか。卵は注意を引きつける為か。卵の燻製をしに来たって言う」


「そうカピ。鰹に時間魔法を使う為の偽装工作カピ」


「なるほどな。あ、木製工房に寄りたいんだけど」


「良いカピよ」


 壱たちは木製工房に到着する。ドアをノックすると、中から「あいよっ」と野太い声が返って来る。


「こんにちは」


「おう、店長んとこの坊主とサユリさんか! 今日はどうした?」


 ドワーフのロビンは、相変わらず豪快である。


「作って欲しいものがあって。ええっと、かんなを引っくり返した様な器具なんですけど」


「ふんふん」


 壱は鰹節削り器の形状を説明する。


「なるほどな! なら新品の鉋があっからよ、それで作れそうだな。ちょいとその辺に座って待ってろ、すぐに作ってやっからよ!」


 椅子はその辺にごろごろある。壱は作業の邪魔にならない様にと、壁際の椅子に掛け、サユリもその隣の椅子に上がった。


 鰹節を削る部分、鉋台かんなだいは刃の出方を調整する為、刃が本体に接着されていない。そしてメインの刃を固定する為に、もう1枚金属片が挟まれている。


 それは木を削る鉋と全く同じ構造である。なので弄る必要は無さそうだ。


「作るのは下の箱だな」


 ロビンは棚から幾つかの木の板材を取り出すと、サイズを測ってのこぎりで切って行く。端はやすりを掛ける。


 それぞれの板材に溝を掘り、その溝が上部に来る様に箱型に組んで行く。接着はボンドで。


「食いもん入れんだろ? なら錆びちまう釘よりボンドだな!」


 そうして、短辺の1辺が少し低い箱が完成する。溝に鉋を差し込んで、出来上がりである。


「おう坊主、こんなもんでどうだ?」


 手渡され、四方八方から見てみると、壱の見覚えがある鰹節削り器そっくりのものだった。


「ロビンさん凄い! ありがとうございます!」


「良いって事よ。しかしこんなの何に使うんだ?」


 用途は説明していなかった。


「食堂でもその内使う予定なんです。俺らの世界の料理に必要で」


「へぇ? いろんなもんがあるんだなぁ」


 ロビンは感心した様に声を上げた。

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