#52 鰹節の味見と、新メニューの算段

 壱とサユリは食堂に戻る。


「じいちゃんただいまー。鰹節かつおぶし出来たー!」


 ボルテージ高めに2階に上がると、茂造は食堂でゆったりと紅茶を飲んでいた。


 が、鰹節と聞いたからか、カップを手にしたまま咄嗟とっさに立ち上がる。


「何と! それは凄いのう!」


「サユリに時間魔法使って貰って、作って来た! これで朝は昆布と鰹の出汁で味噌汁とか和食とか作れるよ! で、サユリ、早速でごめんなんだけど、この鰹節、腐敗とかを止めてくれたら嬉しい!」


「解っているカピよ」


 サユリは右前足を上げ、振る。


「これで大丈夫カピ。だが壱、食堂で出すのであれば、きちんと作らねばならないカピよ。味噌も昆布も鰹節も」


「うん、解ってる。問題は味噌だよな。出来るまで1年掛かるから」


 壱が考え込むと、サユリも眼を閉じる。


「そうカピな……なら、初めは壱がこの世界に持って来たものを少しずつ我が増やして使うという形にするカピ。少量なら複製出来る事にしているカピからな」


「結構アバウトだな。それで大丈夫なの?」


 壱が首を傾げて訊くと、サユリはふんと鼻を鳴らす。


「問題無いカピ。とりあえず壱がこの世界に来た時に、昆布、鰹節、味噌を持っていた事にしておけば、何の問題も無いカピ。あ、米もカピな」


「そっか。だったらそうだな、豚汁が良いかな、具沢山の。昼にスープ出してるだろ? 村人の人たちの味覚に合えば、ローテーションに入れられると思うんだよね」


 壱が頷きながら言うと、サユリも頷いた。


「それは今朝壱が作ってくれたものカピな。うむ、なら大丈夫カピな」


「うん。今朝のにきゃべつも入れると、充分ボリューム出ると思う」


「うむ、ならまずは食堂のまかないで、従業員に味見して貰うカピ。それで満場一致なら、お試しで食堂で出してみて、評判が良かったらローテーションに加えるカピ」


「そうだな、うん。じいちゃん、良いかな」


「勿論じゃ。豚汁は旨いからのう。それとの、フレンチトースト、じゃったかの? あれも昼のメニューに入れたいんじゃが」


「あ、うっかりしてた」


 壱がこの世界に来て間も無くボニーたちに出して好評で、昼のメニューにしようとしていたのだった。


「明日の昼からかの。わしとカリルに作り方を教えてくれの」


「解った。簡単だから、すぐに出来ると思う。ボニーさんたちに出した時にマユリにも教えたけど、すぐに作れたし」


「おお、そう言えばそうじゃったの」


「でもフレンチトーストをメニューに入れると、パンを焼いてるサントの負担増えない? 大丈夫?」


「大丈夫じゃ。そんなには増やさんしの。どのメニューもそうじゃが、限りはあるからの。ホットケーキは注文が入ってから種を作るから、小麦粉と卵が無くならない限りは無限とも言えるがの」


「そりゃそうか」


 当たり前の事である。


「後、ロビンさんに鰹節削るやつ作ってもらった。早速少し削ってみようか」


 となると、まずは洗わなければならない。刃を外す事になるが、巧く入れられるだろうか。


「じいちゃん、かんなの刃の調整って出来る?」


「やった事はあるぞい。どれ、木槌きづちを持って来ようかの」


 茂造が物置部屋に向かうと、壱は鉋台かんなだいから刃と金属片を外し、箱ともども洗って行く。水分を布で丁寧に拭き取って。


 茂造が木槌を持って戻って来たので、任せる。


「うむ、どれぐらい刃を出せば良いのかの?」


「鰹節ってかなり薄いよね。0.1ミリとかそんな感じ?」


「少し出せば良い感じかの。うむ」


 茂造は鉋台に刃を入れ木槌で軽く叩いてめ込むと、刃の出方を確認し、鉋台の前や後ろを細かく叩きながら調整して行く。


「うむ、こんなもんでどうじゃろうかの」


「ありがとう。削ってみる」


 壱は鉋台を受け取り、箱に嵌める。鰹節の表面を軽く布で拭き、さぁ、削ってみよう。


 鰹節は頭側から削る。押す削り方と引く削り方があるが、壱は引いて削る方がやり易いと感じたので、尾の方を手前にして利き手の右で握る。


 刃が奥に向かう様に削り器を置き、思い切って削ってみる。


 鉋台の上で手前に引く様に動かすと、シュッシュッと乾いた音がする。何度か往復させて、鉋台を外すと、箱の中に薄く削られた鰹節がふんわりと積もっていた。


「わぁ、出来た……!」


「おお、鰹節じゃあ……!」


 壱と茂造が箱を覗き込み、感嘆かんたんの声を上げる。


「良い香りだ……」


 軽く鼻で息を吸い込むと、ほんのりと甘く香ばしい香りを感じる事が出来た。


「食べてみよう。サユリも食べてみる?」


「当然カピ」


 壱が箱に手を入れ、壊さない様に軽い力で鰹節を取り上げる。3枚の小振りの皿に等分に置く。1枚をサユリの前に置き、1枚を茂造に。


 サユリは興味深げに香りを嗅ぐ。


「ふむ、今までいだ事の無い香りだカピ。だが良い香りカピ」


「良かった。じゃあ食べてみてよ。口の中の水分持ってかれるから、少しずつ、気を付けて食べてね」


「解ったカピ」


 サユリは鰹節にそっと口を付ける。もごもごと口を動かし、やがてのどが上下する。


「風味が豊かだカピな。面白い味がするカピ。これが出汁になるのだカピな?」


「勿論他の食べ方もあるけどね。食堂では豚汁の出汁に使う。出汁殻だしがらでご飯のふりかけとか作れるよ」


「ほう、それは楽しみだカピな。あの昆布の佃煮とやらも旨かったカピ」


 サユリは言って鼻を鳴らす。どうやらサユリが鼻を鳴らすのは、得意がっている時や、嬉しい、楽しいと思っている時らしい。


 なかなか表情が読めないカピバラのサユリだが、そう思うと解りやすいかも知れない。


 壱も鰹節を摘んで口に運び、ゆっくりと口内で舐める様に。広がる風味に頬が緩む。これは大成功だ。


「おお、鰹節じゃ。良いのう、嬉しいのう」


 茂造も満足そうである。


「じゃ、明日の朝から早速これでご飯作るね。後は食堂用の味噌も仕込まなきゃ。昆布は漁師さんにお願いしたら良いのかな。鰹節も鰹を漁師さんにお願いして、調理師免許持ってる人に捌いて貰って、茹でた後は牧場に頼んで燻製くんせい……うわ、思った以上に豚汁をメニューに加えるの大変かも!」


 壱は頭を抱える。今までサユリの魔法に頼っていたから軽く考えがちだったが、時間魔法や複製魔法を一切使わずに、この世界に無かった材料を使った料理を取り入れるのは、大変な事だった。


「焦らんと、ゆっくりやれば良いぞい。そうじゃの、時間的にはまずは味噌かの。鰹節と昆布はそれから考えれば良いぞい。まずは畑に頼んで、枝豆と言うか大豆の栽培量を増やしてもらうかの」


 茂造ののんびりした口調に、壱は次第に落ち着く。そうだ。焦る事は無い。ゆっくりと整えて行けば良いのだ。


「さて、そろそろ夜営業の仕込みじゃぞ。晩の賄いには、また鰹のたたきが食べられるんじゃろ? 楽しみじゃのう」


 そう言いながら茂造が立ち上がる。壱も行かなければ。鰹節削り器は刃などに付いてしまった粉を丁寧に落とし、袋に入れて棚に。


 鰹節は冷蔵庫での保存が良いとの事なので、袋に入れて厨房に持って降りた。




 さて、夜営業も終わり、賄いの準備をする。


 壱は冷蔵庫から、昼にさばいて置いておいた鰹の腹身を取り出す。これはサユリの魔法には頼っていないので、少し出てしまっていた透明度のあるドリップを紙で拭き取る。


 フライパンを強めの中火に掛け、オリーブオイルを引く。


「お、鰹か。焼くのか?」


 隣でホワイトソースのパスタの準備をしているカリルが覗き込んで来る。


「うん。表面だけね」


「へぇ、面白いな!」


 しっかりと熱くなったフライパンに、鰹を乗せる。ジュウと大きな音かする。少し置いてフライパンを軽く揺すると、鍋肌から身が離れて動く鰹の腹身。表面が焼けている合図である。


 そうなると返して別の面を焼く。それを全面分繰り返して、鰹のたたきの出来上がりである。


 水を張ったボウルに入れ、何度か水を入れ替えて冷まして行く。


 そして表面の水分をしっかりと拭き取って、トレイに置いておく。


「よし、終わり。カリル、俺、肉とか焼いて行ったら良いかな」


「おお、頼む」


 そうして賄いの準備は続く。

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