#48 昆布出汁の豚汁と、昆布の味噌佃煮で朝ご飯

 怒涛の夜営業が終わり、ゆったりと銭湯に浸かり、食堂に戻る。


 壱は部屋に戻る前に、2階のキッチンに寄る。


 昼にサユリに協力して貰って出来た昆布こんぶ。早速明日の朝に使いたいので、はさみで適当なサイズに切って行く。


「サユリ、これ、また悪いんだけど、劣化を止めたりとか、増やしたりとか、お願い出来るかな」


 茂造は既に自室に入っているが、サユリは壱に付いて来ていた。訊くと、サユリは鼻を鳴らす。


「そうカピな。我にとってもそれが楽カピ」


「ありがとう。助かるよ!」


 これで昆布出汁だしがいつでも頂ける。


 さて、明日の朝の準備である。と言っても、鍋に水を張り、昆布を浸けておくだけなのだが。


 昆布出汁を取る為には、火に掛ける30分前から水に浸けるのが良いとされる。それは明日の朝に取り掛かっても間に合いそうかとは思うが、念の為前夜から浸けておく事にする。


 昆布出汁の抽出には、水出しの方法もあると聞いた事がある。ならそれを兼ねさせて貰おう。


 米も水に浸けておく。


 し終えると、壱は部屋に戻る。後は寝るだけである。


「楽しみだなー昆布出汁の味噌汁!」


 明日の昼にはかつおも届く筈なので、ちゃんとした和風出汁を取る事が出来る日までもうすぐだ。


 壱はベッドに潜り込む。サユリは壱の腰の辺りで丸まった。


「サユリ、お休み」


「お休みカピ」


 眼を閉じると、すぐに眠気が訪れた。素晴らしきかな快眠。




 さて、お待ちかねの朝である。壱はスキップでもしたくなる機嫌の良さで、キッチンに向かう。


 昆布を浸けておいた鍋の蓋を開けると、水が薄っすらと色付いていた。


 このままでも良い出汁が出ていそうだが、もっと濃く出す為に火に掛ける。鰹節かつおぶしが無いので、その分をカバーしたい。昆布の量も多めにしてある。


 出汁が沸いて来たので、このタイミングで昆布を引き上げた。


 そこに具を入れたい訳だが、今日は何にしようか。壱は一旦火を止め、厨房に降りる。


 冷蔵庫を開けると、豚肉が眼に付いた。そうだ、豚汁にしよう。では他の具材は何にしようか。


 棚を見て、玉ねぎ、じゃがいも、人参を取る。


 2階に上がり、まずは米を炊く。


 次に野菜をき始める。じゃがいもは皮を向いて適当に切り、人参は皮を剥かずにじゃがいもより少し小さなサイズに。


 昆布出汁の鍋に入れて火を点ける。冷めてはいないので直ぐに沸いて来る。続けてざく切りにした玉ねぎを入れる。


 次に豚肉を薄切りにして行き、鍋に入れて行く。灰汁あくを取り、少し煮込んで行く。


 さて、お次は出汁を取った昆布である。捨てるなんてとんでも無い。今日は少し少なめだが、作ってみよう。


 昆布をさいの目に切ると、フライパンへ。そこに味噌と砂糖、水を入れて、時折混ぜながら煮詰めて行く。


 米が炊き上がったので、蓋を開けて解して蒸らす。


 さて、豚汁の仕上げに入る。味噌を溶いて行く。緑のものは人参の葉を使うので、ざく切りにしておく。茂造が起きて来たら入れよう。


 しかしその時、茂造が起きて来た。ナイスタイミング。


「じいちゃん、おはよう」


「おはようさんじゃのう、壱。今日もありがとうの。サユリさん起こして来るからの」


「うん。もう出来るよ」


 茂造が洗面所に行くと、壱は豚汁に人参の葉を入れる。良く混ぜて、少し味を見てみる事にする。


 壱は破顔する。ああ、久しぶりのこの味。ブイヨン出汁の味噌汁も確かに美味しかった。だがやはり昆布出汁には叶わない。


 お揚げなどがあればもっと良かったのだが、無いので仕方が無い。今度豆腐作りなどに挑戦出来ないだろうか。


 さて、昆布も良い感じに煮詰まって来た。昆布の味噌佃煮の完成である。これは小さな器に盛る。


 豚汁をスープボウルに注ぎ、ご飯もスープボウルに。テーブルに置いて、朝食の完成である。


 茂造がサユリとともに戻って来た。


「待たせたの。おや、何じゃろうかの、懐かしい香りがするぞい」


 茂造が鼻をひくつかせた。


「サユリが採って来てくれた昆布を、サユリの魔法を借りて干したんだよ。今朝は昆布出汁で豚汁作ったよ!」


「おお!」


 茂造が驚きで眼を見開き、次には嬉しそうに目尻を下げた。


「それは嬉しいのう。和風出汁なんて何年振りかのう。壱に来て貰ってから、いろいろと懐かしいものが食べられて嬉しいのう」


「鰹節がまだ無いから、昆布からしっかり出汁を取ってみた。小皿のはその昆布を使った佃煮。味噌味だけど」


「おお、佃煮まで……! ありがとうじゃのう、嬉しいのう」


 茂造が嬉しそうに笑みを浮かべ、何度も何度も首を振る。


「そんなに嬉しいものなのだカピ?」


 サユリが不思議そうに首を傾げる。


「そりゃあのう。何せ10年振りの和風出汁じゃ。嬉しく無い訳が無いのう。では早速いただくとしようかの」


 茂造が豚汁を手にし、一口啜る。既に下げられていた目尻が更に下げられる。


「旨いのう。やはり和風出汁の味噌汁は旨いのう。おお、これは豚汁じゃったか。旨いのう」


「喜んで貰えて良かったよ」


 壱も豚汁を口に含む。先程味見はしたが、さてどうだろうか。


 うん、口に広がる昆布の風味。味噌に豚肉や玉ねぎなどからも旨味が溶け出して、とても美味しく出来ている。具も巧く煮えている。


 控えめに言ってもとても旨い。壱も満足で目尻を下げた。


「サユリ、どうかな、昆布出汁」


「うむ、成る程カピ。これまでの味噌汁も旨かったカピが、やはり和のものには和と言う事カピか。これは旨いカピ」


 サユリが豚汁のサラダボウルから顔を離さず言う。夢中になって食べてくれている。


「ふう」


 ようやく顔を上げ、次は佃煮に鼻を寄せる。


「これは何カピか?」


「出汁を取った後の昆布で作った佃煮っていうやつ。いつも俺らが食べてるのとは味付け違うけど。少し塩辛いから、ご飯と一緒に食べたら美味しいよ。はい」


 壱はサユリのご飯に、佃煮を一切れ乗せてやる。サユリはまた鼻を近付けると、齧り付いた。


「成る程カピ。このかすかな塩辛さが米の甘みを引き立たせるのだカピな。これは幾らでも米が食べられてしまうカピ。ほら壱、もっと佃煮とやらを米に乗せるカピ」


「はいはい。でもあんまり量が無いから、配分気を付けてな」


 壱は笑って言うと、ご飯にサユリの分の佃煮を全部乗せてやった。


「うむ。この佃煮も良く出来るおるのう。ご飯が旨いのう」


 茂造も佃煮でご飯を掻っ込んでいた。では、壱も一口。


 成る程、これも我ながら良く出来ている。甘辛い味付けが絶妙である。何とも白米が進む一品だ。


「旨く出来てる! 良かったー」


「うむ、旨いのう」


「なかなかやるカピな、壱」


「ありがとう! 豚汁はお代わりあるから、どんどん食べてね」


「それは嬉しいのう」


「我も食べるカピ。もっと寄越すカピ」


「はいはい」


 壱は笑うと、また目の前の食事に夢中になった。




「ところで壱よ、ずっと言いたかったんじゃが」


 食事がひと段落した頃、茂造が口を開いた。


「ロビンに頼んで、はしを作ってもらわんかの」


「あ、箸、あー、箸か!」


 フォークで食べるのに慣れてしまい、すっかり忘れていた。


 確かに木製工房のロビンなら、箸の1膳や2膳、作れるだろう。


「そうだな。そうして貰えたら嬉しいな。今度頼んでみようかな。設計図とかいるかな。実際の太さ調べておかなきゃ。ちゃんと使いやすいものじゃ無いと」


「箸とは何カピか?」


「俺らの世界、と言うかアジア圏で主に使うカトラリー、テーブルウエアだよ。2本の棒みたいなのを使って食べるんだ」


「ふうん? 難しそうカピな」


「大体は小さい頃に親に躾けられるからね。大人になってもちゃんと箸持てない人もいるけど、大概は大丈夫。この世界は基本ナイフとフォークだし、じいちゃんと俺が使う分あれば良いよな」


「そうじゃの。今度作ってもらうとするかの」


 茂造は言い、ほっほっほ、と笑った。

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