#47 昆布干しと、カレーソースの作り方

 掘り出した土を穴に戻し終え、懐中時計を見ると11時を少し過ぎた所だった。


「よっし、イチさん、次は何をしたら良いっすか?」


 ジェンの問いに、壱は困ってしまう。


「中に大量の水を加えて泥にするんですが、今しても苗を植えるまでに乾いてしまったりするかも知れません。なのでそれはまた後日。となると、実は、もう出来る事が今は無くて。本当に段取りが悪くてごめんなさい」


 壱が焦って詫びると、「そっすかー」とジェンの明るい声。


「種ももっと水に浸けなきゃっすもんね。じゃ、次の作業まで、前の職場の手伝いに行くっすかね?」


「そうですねー」


 ガイとリオンも頷く。


「その前に飯っすかね? まだ早いっすかね?」


「いいんじゃないー? お腹空いたしー」


 壱が焦ったまま、話は進む。


「あ、あの」


「イチさーん、本当に気にしなくて良いですからねー」


「そうですよ。空き時間が無い様にしていたら、俺たち種の水浸けから関われなかったかも知れませんでしたからね。これで良かったんだと思いますよ」


 ナイルのあっけらかんとした物言いと、ガイの穏やかな口調に救われる思いがする。


「ありがとうございます」


 壱は安堵の息を吐き、笑みを浮かべた。


「では、少し早いですが昼食にしますか? 食堂はもう開いてますよね?」


「あ、はい、開いてます」


 食堂は11時から。もう既に過ぎている。


「では行きましょうか」


「あ、その前にオレ、種見ておきたいっす」


「そうですね。川に寄りましょうか」


 土戻しに使ったシャベルなどを荷車に戻し、当然の様にサユリが乗り、ナイルが引いて、移動を始めた。




 早めの昼食を摂った後、米農家の面々は一旦解散となった。


 ここから種籾たねもみの準備が終わるまで、毎日朝に集合して種籾が無事である事を確認し、その後は各々おのおの前の職場に手伝いに行く段取り。


 田んぼに水を張るのは、種籾を植えて、出来た苗を植える直前の予定だ。


 さて、壱はガイたちを見送った後、食堂に戻る。しかしまだ昼営業で忙しい時間帯。


 途中で加わってもペースを乱すかも知れない。


 壱は落ち着くであろうタイミングまで2階で待機し、頃合いを見計らって厨房に降りた。


「畑の方は種籾の準備が終わるまでやれる事無いから、ここの仕事に戻るね。ええと、これまで有難う」


 壱が言い頭を下げると、茂造もカリルもサントも、穏やかに笑った。


「お疲れさまじゃの、壱。宜しく頼むぞい」


「頼むぜ、イチ! あ、勿論米の方があったら行ってくれな。オレ、食べられるの結構楽しみにしてるんだぜ!」


 そう言ってくれると有難い。サントも笑みのまま頷いた。


「ひとまず休んでの、夜営業の仕込みから頼むぞい。そうじゃの、カリル、壱にカレーソースの作り方を教えてやってくれんかのう。肉と魚は儂がやるからの」


「あ、そういやまだ教えて無かったですね。解りました! イチ、よろしくな!」


 カリルが笑顔を寄越した。


「うん、よろしく。やっとカレーだよー。俺カレーも好きなんだー」


 カレーを嫌いな日本人はあまりいないと思う。香辛料のアレルギーはともかく。


 壱は好きな方だった。家のルーを使ったカレーもそうだし、洋食屋やインド料理屋に食べに行く事もあった。


「カレーと米の組み合わせって最高なんだよ。だから米出来るの余計に楽しみなんだよね」


「へー! それは待ち遠しいな!」


 カリルは眼を輝かせた。




 さて、この休憩時間を使って、昆布を干してしまおう。今日は良い天気で、太陽の陽射しも強めだ。


 まずは部屋に上がり、既に調べておいた昆布の干し方メモを見る。採った昆布を洗って、干場かんばに干す。


 この場合の干場とは、砂利などを敷き詰めた、昆布を干す場。


 ではまず、砂利を集めなければ。裏庭に積んである石の中から、小さいものを選べば行けるか。


「サユリ、昆布干すよ。また時間魔法使ってもらえたら助かるんだけど」


「良いカピよ。行くカピか」


 裏庭に出ると、壱はまず石を見る。砂利サイズのものを選り分けて、桶に入れて行く。


 それを水道で砂利同士を擦り合わせる様に丁寧に洗うと、日当たりの良い地面に敷いて行く。簡易干場の完成である。


 次に時間魔法を掛けて貰って置いた昆布。まだ艶々と瑞々しいままである。それも水で洗い、表側を上にして干場に置いた。


「これで、適度に返しながら、半日は干して乾燥させるんだ。そこで時間魔法をお願い出来たらなって」


「解ったカピ。まずはどれぐらい進めたら良いカピ?」


「1時間毎に引っくり返したら良いかな? まずは1時間で」


「うむカピ」


 サユリが右前足を上げ、ふらりと動かす。


「終わったカピ」


「ありがとう。じゃあ裏返してっと」


 これを、6時間分繰り返す。そうすると天日に干された昆布は、綺麗に乾燥し、表面には所々、うっすらと旨味成分の白い粉が浮き出て来ていた。


「ありがとうサユリ! 昆布が出来た! 明日の朝は昆布出汁の味噌汁だ!」


 壱は嬉しくなって声を上げた。


「サユリも是非食べて、感想聞かせてね。本当は鰹出汁かつおだしも欲しいところだけど、まだ無いからなぁ。次の田んぼ作業までには作りたいな」


「今日納品に来る漁師に鰹を頼んでおくと良いカピ。明日入れて貰って、明後日の休憩中に作ると良いカピ」


「そうだな。それが最短だな。作り方調べておかなきゃ」


 壱は昆布を持ち上げると、サユリと連なって2階のキッチンに昆布を置きに上がった。干場は明日にでも解体するとしよう。




 さて、夜営業の仕込みが始まる。壱はポトフを作るカリルに教えられながら、カレーソースに取り掛かる。


 夜の賄いでほぼ毎晩食べているので、その味は勿論知っている。


 壱が元の世界で食べて来たカレーよりも、とろみが弱い。ソースとして扱っているのだから、わざとそう作っているのだろう。


「まず、スパイスの用意な。コリアンダー、クミン、カイエンペッパー、カルダモン、ガラムマサラを合わせておいて、と」


 スパイスは全て粉状になっている。それらを量りながら混ぜて行く。


「で、ターメリックはフライパンで乾煎からいり。茶色っぽい色になるまでな」


 量ったターメリックをフライパンで炒って行く。焦げない様に丁寧に木べらで掻き混ぜながら。


「良し、色はそんなもんだ。覚えておいてな。で、火から下ろして、さっき合わせたスパイスを加えて、余熱でなじませるっと」


 言われた通りにする。すると鼻に芳しいカレーの香りが届いた。


「これを冷まして、カレー粉の出来上がりだ。簡単だろ?」


「本当だ」


 壱はカレー粉を手作りするなんて初めてだった。元の世界で使う事があっても、既に出来上がったものを買っていた。


 それをカリルに言うと、へぇ、と眼を見開いた。


「やっぱり壱たちの世界って便利なんだなー。あ、この世界でも街にはあるかもだけど。よし、次は野菜な。にんにくと生姜は微塵切みじんぎりで、玉ねぎは薄切り、トマトも微塵切りにしてな」


 壱は作業台でにんにくを切り始める。その間にコンソメの大鍋にはポトフの材料が全て入れられ、カリルはブイヨン作りに取り掛かる。


 壱が生姜、玉ねぎ、トマトも切り終えると、またカリルが指示をくれる。


「よし、じゃあルー作りな。深めの鍋にバター溶かして玉ねぎを炒める。茶色くなるまでだから、少し時間掛かっかな? 頑張れ!」


 壱はまた言われた通りにして行く。壱たちの世界で言う所の「玉ねぎを飴色に炒める」だ。


 強めの中火に掛け、絶え間無く混ぜながら炒めて行く。しんなりとし始めるととろりとなるまで間も無く。少し色付いて来ると、飴色までそう時間は掛からなかった。


「炒まったな。じゃあそこににんにくと生姜とトマト入れて炒めるぜ」


 入れて、また炒める。するとトマトも煮詰まり、水分が飛んで来た。


「お、良い感じだな。じゃあそこに小麦粉とさっき作ったカレー粉入れて、またしっかり炒める!」


 粉を入れて炒め、次第に粉気が無くなってくると、動かす木べらが途端に重たくなる。壱はやや息を荒くしながら混ぜて行った。


「カリル、はぁ、どれくらい、はぁ、炒めたら、はぁ、良いかな」


「ははっ、なかなか重労働だろ。後5分くらい頑張れ!」


 言われ、壱はまた木べらを動かす。カリルは毎日これをやっていた訳だ。頭が下がる。


 さて、そろそろだろうか。


「カリル、はぁ、もういいかな」


「おう! ルー完成だ! お疲れ!」


 そう言われ、壱は大きな息を吐いた。なかなか大変だった。


「あ、火はそのままな。そのままカレーソース作って行くからよ。作ってる途中のブイヨンでルーを伸ばして行くんだ」


 壱はルーが焦げない様に弱火に落とし、大鍋からブイヨンを掬うと、少しずつ加えてルーを伸ばして行く。言われた量のブイヨンを入れ終わると、あまりの粘りの強くないカレーソースが出来上がった。


「まだだぜイチ。ここに具を入れるんだからな! 今日は何にしようか。昨日は牛にしたから、今日は豚で、野菜はえーと」


 カリルは入荷されたまま置かれている野菜箱を眺める。


「あ、ひよこ豆が沢山ある。店長、ひよこ豆カレーに使っても良いですか?」


「そうじゃの……」


 豚肉をカットしていた茂造が顔を上げて、野菜箱に顔を向けると、頷いた。


「構わんぞい。今日は豆が多めに来ておるの。他の豆も使ってくれて良いぞい。明日の昼のスープの分があったら良いからの」


「あざっす! じゃあ鶏と豆にしよう。イチ、鶏を切って、塩胡椒して、さっきカレー粉作る時に使ったフライパンで焼いて、ソースに加えてな。豆はそのまま入れちまってくれ」


「うん。じいちゃん、鶏肉貰ってくね」


 壱は茂造のさばいた鶏肉を持って来ると、1口大に切って行く。塩胡椒をしてじっくり焼いて、カレーソースの鍋へ。続けて豆も加えて行く。


 これで煮込み、塩胡椒などで味を整えればカレーソースの出来上がりである。鶏などから良い味が出て、更に美味しくなるだろう。ああ、良い香りだ。

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